花好き・旅好き女性のセカンドライフ                    (ブログを書き始めて12年目)

幾つもの持病があるが伯母の介護をし、春~秋はガーデニング
と家庭菜園、合間に外国旅行を楽しむリタイヤ女性の生活日記

電気暖房をやめる工事をする

2015年08月30日 | 暮らしと住まい・耐久消費財
今朝6時の気温は15℃、最高気温も21~23℃程度に涼しくなって来たが、冬に備えて先日、我が家の暖房方式の改修工事を済ませた。

今の家の新築を計画した十二年前は、国を挙げて「オール電化」の「セントラルヒーティング」を宣伝し、北海道でも暖房の電化が新築住宅に多く採用される時代だった。
私も自分が年々年を重ねて行く内に認知症などになるかも知れないと考えて、熱源に炎が無く、管理もしやすい電気暖房が「一番安全」だと考えて採用したのだった。

ところが全く予想外の福島の原発事故が起こり、「原発の安全神話」が崩れ去って、全国の原発の運転がストップ。そして電力会社自らが「節電」を呼びかける状況に変わった。
(事故が起きて初めて私は、全国に多くの原発が作られ、稼動していることを知ったのだった。原発で大量に作られた電気は貯める事ができないから、国を挙げて「オール電化」を推奨したのだろう事も知った)
事故後、電気料金も事故後は徐々に高くなり、北国で電力に頼る暖房は高額になった。

また、今までは安い8時間の「深夜電力料金」で電気温水器を動かす代わりに、昼間の16時間の電気料金は一般家庭の1.6倍という高額なものだったので、私はできるだけ「深夜電力」を多く使うように、毎日努力を重ねて来た。
「深夜電力料金」で使える深夜0時から朝の8時までに、洗濯機、掃除機、オーブン、電子レンジ、アイロンなどをなるべく使うように努力した結果、平均するとほぼ深夜電力2に対して昼間電力1の使用量に抑えて来ていた。

最悪だったのは、「セントラルヒーティング」の稼動が、夕方4時からの電力需要が高くなる時間帯に計2時間に渡りカットされてしまうので、その時間は室温が下がり寒いというのも問題だった。

何よりも、使った原発燃料の最終処分場が決まらないまま、原発を再稼動させることは決して許されないと考え、思い切って電力に頼る暖房システムを改修する決心をしたのだ。

今後は灯油が良いかガスが良いか調べたが、結果的に今まで電気暖房で使って来た各部屋や玄関、廊下、トイレなどにある十数箇所の「パネル」をそのまま使うことができる「ガス暖房」を選んだ

そこで今まであった大型の「電気温水器」を撤去して、そこに「ガス湯沸かし器」を設置した。勿論「電気暖房機」も取り外した。
調理台だけはガスを使っていたので、ガス管はその配管から繋いだ。
改修工事は2日間で済んだ。

まだ暖房を入れていないので、今までの電気料金と比べて価格がどうなるかは判らない。
しかし、昼間、一般家庭よりも高額な電気料金でなくなったので、今までに比べて電気料金を気にしなくて良くなったのと、暖房が夕方から夜にかけて2時間切れる事が無くなった事は嬉しい。
これで今冬は気温が何時下がっても安心していられそうで、思い切ってこの時期に改修して良かったと思っている。


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伯母を畑に

2015年08月26日 | 日記
昨夕、伯母を眼科に連れて行って、薬を出してもらうように施設から電話があった。
それで少し早めの時刻に迎えに行き、医院に行く前に農園に連れて行った。
伯母が育てた南瓜「雪化粧」の苗を貰って育てたので、今の生育状況を見せたかったからだ。
3本の苗になった実は5個だった。ヘタに白いひび割れが沢山できたので何時頃収穫したら良いか聞いたら、「もう少し置いて置くと良いのでは。」と言われた。

 

8月15日に種蒔きをした「秋大根」が5cmほどに育って来た。1回間引いたが、もう少ししたら最後の間引きをして1本にする。

     

「早生大豆」の実が大分膨らんで来た。
伯母に聞くと、「枝豆として食べるのは、もっと実が入ってからの方が良い。」と教えてくれた。
伯母は農業の大先輩で、今は私の顧問なのだ。

 

眼科を受診して施設に送り届けた。
食事の味付けが薄過ぎて美味しく無いとこぼすので、「高血圧症の薬を幾つも飲んでいる伯母のことを考えてくれているんだから、徐々に慣れて行く必要があるね。」となだめた。
今朝は庭で採れた「トマト」と買った「キウイフルーツ」の皮を剥いて小さく切り、タッパーに入れて持参した。
食事の後で冷蔵庫から出して食べ、口直しして欲しい。

施設出てから再度途中の農園に行き、「えんどう豆」を片付けた場所に秋の「ホウレン草」の種を蒔いた。
また、いよいよ「手無し隠元豆」が枯れたので、抜いて残渣の捨て場所に置いて来た。

庭に植えてある「モロッコ」も、ここに来て数が少ししか取れなくなった。
これからは遅く庭に種を蒔いた「手無し隠元豆」に期待したい。
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芙蓉が開花

2015年08月24日 | ガーデニング
一昨日から道路沿いの塀の上に植えてある「芙蓉」が、開花を始めた。
花が大きいので、通る人の人目を引く。
しかしこの花は一日花なので、翌日になればしぼんでしまう。
でも待機している沢山の蕾が、順番に次々と咲くので、花が終るまでには暫くかかるのだ。

何時の間にか立派な葉がなくなったと思っていたら、「リコリス」が開花した。葉が無い長い茎の先に百合に似た花だけが咲く面白い姿の秋の花だ。

  

6年前の種から苗を育てて庭に移植した「ミニトマト」は、古い種なのでどうかなと不安だったが、6本が立派な木に成長した。
先日から次々赤くなり、もうボール2~3杯は収穫した。写真は4段目になった実である。

苗を買った大玉の「桃太郎」も3本育てて来た。元肥をやり過ぎたのか茎が太くなり過ぎたので、脇目を欠かずに伸ばしていたら茎が良い太さになった。その実もやっと赤くなって来て、今朝は3個収穫した。
今年のトマトは、豊作だ。

  
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草取り、種蒔きなど

2015年08月21日 | 家庭菜園・市民農園
一昨日までの3日間、雨が断続的に降り続いたお陰で雑草が一気に伸びて来た。
そこで昨日の午前中は庭中の草取りに汗を流した。
また、紫陽花の花殻を摘んで、古い枝を剪定した。
全部で2時間かかった。

涼しくなった夕方4時には、市民農園に出かけた。
じゃが芋を収穫した場所に、先日「秋大根」の種を蒔いたが、昨日は開けてあった場所に「聖護院大根」の種を蒔いた。
「手無し平さや隠元豆」を見たら、先週の強い豪雨で跳ね返った土のためか、または既に沢山収穫をしたためか、茎が真っ黒くなって葉を落してしまっていた。これではもう片付けるしかないのかな。

先日片付けた「エンドウ豆」の後をスコップで起していたら、少し離れた場所の畑で仕事をしていた男性がやって来た。
何でも昨日、収穫が近い「トウモロコシ」をあらい熊に20本も食べられてしまったという。それでまた入られないようにネットを高く張ったのだそうだ。
さらに、ラジオを鳴らすと、人がいると思って近づかないと聞いたとかで、今夜は「ラジオをかけておく。」と話していた。
効果があったかどうかは、次回に会えたら聞くことにしよう。

市民農園は二方向を原生林に囲まれていて、あらい熊、キタ狐、蝦夷鹿が生息している。また高い樹林は、山鳩やカラス、その他の鳥類の住処になっているらしい。
それで農作物に、こうした動物や鳥類の被害が出やすい場所なのだ。
管理者は、昨年、周囲を電気柵で覆ったのだが、入ろうとすれば隙間があるのだろう。
私も一昨年はトウモロコシをエゾ鹿に食べられたが、今年はまだ被害が無い。

昨日は、時期が決まっているので気になっていた大根類の種蒔きを、全て終らせることができて良かった。
新たな空き地には、何を植えようか。


気温が低くなるこの時期から咲く薔薇は、色が濃くなり、春の薔薇とは全く違う花を見せてくれるので楽しみだ。
 
 (名無しツル薔薇)                (「ビビリアンピンク・アイスバーグ」)
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伯母を社会見学に

2015年08月17日 | 高齢期の生活
伯母が新しい老健施設に入ってから、食事、入浴、掃除は勿論、目薬すら看護婦さんがやって来て注してくれる(洗濯物は私が自宅に持ち帰ってしている)ので、自分でする事がほとんど無く退屈している。
また、施設の中だけにいると歩行距離も少ないのだ。

そこで昨日は、施設に外出許可を得て、近くのモール形式の大型スーパーマーケットに連れて行った。
スーパーの「買い物カート」が、一人では歩けない伯母の歩行を丁度支えてくれて都合が良かった。
広いスーパーを、2時間、休み々々巡り歩いた。
私の市に来てから初めての外出だったので、店が物珍しい様だった。
特に興味深そうだったのは、100円ショップに並ぶ品物の多さだ。
その店は、海外でも出店していることを教えると驚いていた。

食料品のスーパーで、伯母は「おはぎ」1個と「ベビーチーズ」3個を買った。
施設に戻ると、直ぐに「おはぎ」を食べた。美味しそうだった。
次回は、衣料品も扱っている大型スーパーマーケットに案内しようかなと思っている。

私が持って行った15、16日の新聞を見ながら、敗戦記念日の事について色々話し合った。
8年前に94歳で亡くなった伯父は、3度も出征したが、何とか無事に帰って来た人だ。
その内の1回は、中国の「北京」に近い「大同」に駐留していたことを聞いていた。
内部での階級差と暴力が酷かったらしい。家族労働で農業をしていた伯父には、耐え難かったと聞いていた。
それでも遺骨さえ戻っていない120万人(朝日新聞による)の戦没者に比べると、生還して伯母と一緒に農作業をする事ができ、自宅で最後まで伯母の介護を得て過せたことは幸いだったね、と1時間ほど話し合ったりして帰宅した。

  
 (「ボーダーローズ」)               (星状の黄色い小花が咲く「ヒペリカム」)
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秋大根の種蒔きをする

2015年08月15日 | 家庭菜園・市民農園
昨日は5時に起き、支度をして農園に向かった。
じゃが芋を収穫した後の8畳程の広さに石灰を撒いてから、端からスコップで起していった。
3日前の土砂降りの雨がまだ土に残っていて、起す土が重たかった。
それでも休み休み起すこと1時間半、完了した。
疲れたので、最後に手無し隠元豆を収穫して帰宅した。

今朝も5時起きをして出かけようと外に出たら雨が降りだした。
仕方が無いので、種蒔きの支度をして一端家に戻り、止むのを待って7時前に畑に向かった。

昨日スコップで起してあった所を今朝は鍬でもう一度起こし直した。
「大根十耕」といって良く起こさないと、又根になったりするからだ。
次に溝を付けて、化成肥料「2・6・2」、ホウ酸を施し、土を掛けてから、秋蒔き大根の種を30cm間隔で5粒ずつ蒔いた。土を掛けて終った。

まだ残っていた「夏大根」と「エンドウ」を引き抜いて片付けた。
白菜の移植が成功したのを確認して周りを除草し、「人参」を間引いた。
「トウモロコシ」と「大豆」「小豆」、新しい実を付けた「カボチャ」に追肥して作業を終えた。
今朝は、これだけで2時間かかった。

私が農園に着いた7時にはまだ車が2台しかなかったが、9時までには10台以上が並んでいた。
他の人たちも、私と似たような作業をするために来たのだろうと思いながら、先に帰宅した。

今度は4~5日後に「聖護院大根」の種蒔きをする予定だ。

  
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伯母を連れて墓参り

2015年08月12日 | 高齢期の生活
昨日は札幌の妹も来て、伯母と3人で岩見沢の墓参りに行く事にしていた。
12時少し前に妹をJR駅前で待っていると、南西の空に一気に真っ黒い雲が広がり、あっという間に町を覆った。
妹が来て、一緒に車で伯母の施設に向かっていると、雷が立て続けに鳴り出した。
そしてたたき付ける様な豪雨が降って来た。

伯母の昼食が済んで出かけようと2階から1階に降りると、事務員さんがスマホの天気図を見せてくれた。
地図の上のわが町が真っ赤になっていた。
「今出たら危険だから、雨がもう少し落ち着くまで待った方が良い。」とのアドヴァイスを得て椅子に座った。

振り出して40分、ようやく小降りになったので車を出発させた。
私の市だけの集中豪雨だった様で、道路に溜まった水が車の屋根まで跳ね返る凄い量。
タイヤが滑ったら大変なので、ゆっくりと走った。

市を出たら雨は完全に止み、青空が広がっていた。何とこちらは全く雨が降らなかったらしい。
順調に岩見沢に着き、母方の先祖代々の墓に行った。
昨日は、墓参りに来ている人はまだまばらだったので、車を墓の傍の駐車場に停めることができて、一人では歩けない伯母には良かった。

庭から切った「白いカサブランカ」「赤紫のリアトリス」「ピンク薔薇のアイスバーグ」「白いジギタリス」で花束を作ったのを飾った。ビール、お菓子などのお供えを供したが、残念ながら風が強くて、ろうそくにも線香にも火を点けることができなかった。

伯母はお経を唱え、その墓で眠っている人達の戒名を読み上げた。流石だ。
そして墓前で「この度引越しをし、姪に世話になっている。」ことを報告していた。
また、私達の母の命日でもある9月の彼岸に来ようと言って、墓参りを終えた。

それから伯母の用を足しに2軒の場所に立ち寄り、最後に伯母が2週間前まで過した「高専賃」に行った。
伯母と仲良くしていた友人Sさんが部屋にいたので、玄関まで来てもらった。2人はお互いに「毎日、思い出しているよ。」と、まるで抱き合うようにしながら、話をしていた。
私は「退去届け」に印鑑を押して、退去の事務的処理を全て済ませた。

伯母と友人の話を終らせるのは酷に感じたが、「又、来ようね。」といって席を立たせた。
伯母は少し前まで自分で作り、今はSさんに引き継いだ畑を見たいというので、車でその前をゆっくりと通った。
ミニトマトが色づき、私が植えた薔薇「アンジェラ」が二番花を咲かせていた。

また1時間弱走って、伯母の施設に戻ったが、伯母は「今までなかったほど、腰が痛い。」という。久し振りに長距離を車で往復したためだろう。
もう伯母を墓参りに連れて行くのは、無理かも知れない。やはり95歳なのだと思った。

札幌に帰る妹をJRの駅まで送り、朝採って車に積んでおいた野菜類の「ミニトマト」「モロッコ」「じゃが芋」を渡した。

帰路農園に寄った。
手無し隠元は豪雨の泥はねで泥だらけ、トウモロコシは斜めに傾いていた。そのままにしたら受粉ができないので、立て直した。
隠元豆を沢山収穫したが、木が倒れた物は豆が土に付いたためか虫に食べられていた。やはりこんな事があると、手が必要な隠元豆の方が良いことが分かった。
今朝、庭を見たら、トマトが倒れていた。またモロッコの竹も傾いていた。土砂降りで土面が柔らかくなったので作物の重みで傾いてしまったのだろう。直さなければ…


  
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じゃが芋を収穫

2015年08月09日 | 家庭菜園・市民農園
昨日は「一日中曇り」と言う予報だったので、朝の涼しい内に作業をしてしまいたいと考えて6時に市民農園に向かった。
何と既に2~3人が作業をしていた。
早速、じゃが芋の盛り上げた土を崩し、中からじゃが芋を取り出していく。
今年は6月が低温で、7月に入ると「テントウムシダマシ」が葉にびっしりと付き、瞬く間に葉を枯らしてしまった。そのためだと思うが、例年に比べて小さな芋が多い。これからという飴玉ほどの大きさの芋が多くて残念だった。

しかし、2時間ほどで全て堀り上げ、そのまま乾燥させた。
その間に、「手なし隠元豆」を75本と大根を3本収穫した。

そこへ傍の畑に小さな子ども2人を連れた母子と祖父がやって来て、じゃが芋の枯れた茎を引っ張り、上から手を入れて大きい芋だけ取り出し始めた。
その畑は、祖父である男性の畑なのだが、今年初めて取り組むと言っていたのを思い出した。
そこでお節介ながら傍に行って、「土に小芋を残しておくと、来春芽を出して大変になるので、綺麗に採った方が良いですよ。」と話し、少し綺麗に掘ってあげた。見ていた男性の娘さんが私と同じように掘り出したので、自分の畑に戻った。

微風に吹かれて芋が乾いたので、収穫袋に拾って詰めた。5月9日に「北アカリ」1kgと「男爵」3kgの種芋を植え付けたのだが、「北アカリ」1.5袋と「男爵」4袋になった。
最後に、飴玉程度の大きさの小芋を拾って残渣廃棄場に捨てた。
気になっていたじゃが芋堀が一度に片付いて安堵した。
収穫袋が1枚余ったので、傍の家族に「良かったら使って下さい。」と言って差し上げてから車で帰宅。

早速、共同購入の仲間たちに少しずつ差し上げた。
他に娘や従姉など、数人にも収穫の喜びを分けて上げたいと思っている。

 
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伯母の洗濯物はどっさり

2015年08月06日 | 高齢期の生活
この所北海道も高温多湿の日が続いている。
伯母の施設にクーラーは無く、網戸を通して自然な通風を入れているが、昨日今日は風が無い。
北海道では珍しく寝苦しい夜にもなっている。
それで伯母も汗だくになるらしく、パジャマや下着、上着、ズボンなどの洗濯物が、毎日結構な量出て来る
私はそれを持ち帰りせっせと洗濯をして、綺麗にした衣類を運ぶ。

伯母は繊維の特徴についての知識が弱く、持っているパジャマや靴下、衣類の素材は合成繊維の含有率が多いのだ。
それらは涼しい季節なら良いが、汗を吸収しにくい素材だから最近の気候では着ていて暑苦しく不潔になり易い。
それで昨日は、スーパーで見つけた「綿100%」のパジャマとパンティを伯母のために買って、今日プレゼントした。

伯母は「ここでは上げ膳、据え膳で、自分でする事が何もないから、頭が馬鹿になる。」と言うので、私が持参した洗濯物をそれぞれの場所に収納する手間を伯母に頼む事にした。

また昨日は、サイズがきついズボンがあったので、それを捨てるように話したのだが、今日見たらそのズボンを穿いていたので笑ってしまった。

さらに部屋のTVのリモコン操作を何度も教えたが、違うボタンを押したらしく、今日も「TVが壊れて入らない。」と言うのだ。
高齢になると、新しい製品の操作をなかなか覚えられないのだろう。
(「高専賃」にいた時、入所時に買った新しい洗濯機の使い方が分からず、8年間も洗濯物は手洗いしていたらしい事を最近知った。今更聞けないと思って黙っていたのだろう。だから伯母の大きい寝具や衣類が汚かったのだと知り、本当に驚いた)
伯母が施設に入ってから8日経ったが、まだまだ慣れるには時間がかかりそうだ。

薔薇の二番花が咲き出した。また、家の北西側の日陰に植えてある「紫陽花」が、ようやく開花した。
この「紫陽花」は、2年前に自分で挿し木して育てたものだ。


 (「ラジオタイムズ」イングリッシュローズ) 

        
        (「レディ・エマ・ハミルトン」イングリッシュローズ)

 
 (「ピンクアイスバーグ」)  


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伯母の転居通知を作る

2015年08月04日 | 高齢期の生活
昨日、急を要する当面の最後の仕事「伯母の転居通知」をパソコンで作り、伯母の了解を得に施設に行った。
伯母に「「転居通知」よりは、時期的に「暑中見舞い」の方が良いかなと思ってして見たけど、どう?」と聞き、転居の経過を綴った文章を読み上げると、「文句の付けようが無い文だね。これで十分だよ」と言ってくれた。
出す人を誰にするかを聞いた。
引越しで世話になった友人たち、親戚、亡父や自分の友人、自宅で暮らしていた時の近所の人、世話になったケアマネージャー、グループホームのスタッフなどに出す事にした。
帰宅してから葉書の宛名面を作り、プリントして郵便局に行って投函した。
この仕事は細心の注意が必要なので、思いの他疲れた。
お陰で昨夜はぐっすり寝た。



今朝は6時に庭に出て、花殻摘みと新しく出て来た伸びた新芽を摘んだ。これは秋の開花が少し遅れるが、花数を増やすためにしている。
一昨日は収穫が終った「エンドウ」を片付けたが、今朝は春に植えた「春菊」と「二十日大根」を片付け、「トマト」の茎を10箇所ほど紐で固定した。

それから赤くなった「ミニトマト」と、やっと実が付き出した「モロッコ」、「茎ブロッコリー」も収穫した。
また「ブルーベリー」が熟したのでビニール袋一杯収穫した。

そんな事をしていたら、花友さんが「胡瓜」を作っていない私に、大きい「胡瓜」を4本と夫君のパチンコの景品で貰った「チョコレート」を届けてくれた。
朝の2時間は、今日も結構忙しかった。

 
 (ブルーベリー)                   (ヒペリカム)

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伯母の部屋の明け渡し費用

2015年08月02日 | 高齢期の生活
一昨日、気温30度の中、「高専賃」の最後の片付けと掃除をするために出かけた。
施設の3人の友人が手伝いに来てくれて、掃除やゴミの搬出を手伝ってくれたので本当にあり難かった。

まず、市の係りの指示通り、「電子レンジ」を大きい「燃えないゴミ」の袋に入れて、ゴミステーションに運んだ。
頼んで置いた業者が来て、「ソファーベッド」と「冷蔵庫」は、引き取ってくれる人の部屋に運んだ。その運搬費用はその人が出した。
また最後に残った「冷蔵庫」を持って行ってもらう代金は10.900円かかった。

一時間半程で全て終ったので、管理人に連絡して部屋の状態を確認してもらった。
管理人は「綺麗に使って貰ったので、修理等の代金は発生しないようです。」と言ってくれたのでホッとした。
しかし、清掃業者を入れる費用21.600円はかかると言われた。それは敷金から引かれる様だ。

とに角、最初の業者に片づけを見積もって貰った時は、「20万円はかからないでしょうけど、それに近い費用になります。」という話だったのに驚いた。
しかし、「高専賃」の人達がそれぞれ必要な家具を引き取ってくれたり、伯母と私で衣類や生活用品を必要なものとそうでないものに分け、大量のゴミを自分で出した。
そのお陰で、結果的に市の有料ゴミ袋代1.500円分、衣装ケースを処分する大型ゴミ代が1.200円分、それと冷蔵庫の業者委託処分代10.900円の合計13.600円で部屋の明け渡しを済ませることができたのだった

とに角、伯母も予想以上に毎日頑張ったが、私も何度も車で通って疲れ果て、腰痛にもなった。
伯母には、私の貢献した労賃を請求しようと思っている。

 
 (桔梗)                     (薔薇「センチメンタル」)
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