goo blog サービス終了のお知らせ 

花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

おかしな鶏卵

2025年07月08日 | 日記

昨日、2個割った鶏卵の1つが、写真の様に白い糸状の物が入っていた状態だった。初めて見る様子に驚いた。

先日のTVで、猛暑のストレスから堅い卵殻を作れなかった鶏卵があることを知ったが、これも暑さのストレスだろうか。

白い筋は柔らかいタンパク質のようだったので、箸で除去して焼いた。食べてみたが普通だった。

他にも変わった卵を見た方はいないだろうか。

 


記事を書いてから、原因を知りたくて、鶏卵の製産会社に問い合わせをした。担当者が家に来て、この写真を見て「こんなの初めてだ。」と驚いた。

残っていた卵を「割ってみたら、他にもあるかも知れないから。」とケースごと全部渡した。

帰社後調べて、連絡してくれることになった。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今年も水芭蕉に出会えた

2025年04月26日 | 日記

このところ不順な天候が続いている。

昨日は朝から小雨が降り続いていて庭仕事はできなかったので、近隣の水芭蕉公園に行ってみた。

ここは原生林が残っている湿地帯で、古く縄文の頃から近くで人が定住していたらしい。水芭蕉はまだ6~7分咲きのようだったが、雪解け後の早春の季節を十分に味わうことができた。

        

 

  

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

阪神淡路大震災の30年目に当たって

2025年01月17日 | 日記

30年前の今日、「阪神淡路大震災」が起きた。TVのニュースにかじり付いた。この1年半前に起きた近場の「奥尻島震災」の被害も衝撃的だったが、人口が密集する大都市に起きた被害は、それまで起きた震災の比ではなかった。1年前には能登でも震災が起きた。

今朝の新聞を見ると、震災後叫ばれた「耐震住宅」への改修や建て替えは、まだまだ進んでいないという。

「南海トラフ地震」や「北海道太平洋岸」の地震津波被害がきっと近いうちに来るだろうと想像されているが、起きた時の備えはまだまだ不十分だとも。

災害列島日本に住む私たちは、いつ起きるかわからない災害に対しても防災の備えをしなければならないことは、つらいことだが、やはり必要なことだと思う。


今朝は強い風で小雪が飛ぶ中、除雪をした。

一昨日から昨日にかけて、最低気温はマイナス10度を下回り、最高気温はこのところ毎日氷点下だ。

1月も折り返し日に来たが、2月末までこうした気温の冬日が続きそうだ。

大雪に見舞われている地域の方々は、除雪や交通、通勤通学に大変な苦労をしていて、除雪中に亡くなった方もいるというニュースに心が痛む。

当地は今のところまだ大雪にはなっていないが、例年なら数回は40~50cm以上の大雪に見舞われ、除雪作業は年々大変になってくる。

こんな時は、何か楽しいことをしたくなるが、せいぜい図書館に行って、興味ある本を借り出し、読むこと位だ。


昨日借りてきた「中央公論12月号」の特集記事『「孤老」時代をどう生きるか』には、現代日本の最大課題を再確認させられた。

少子高齢化の諸問題が指摘されて久しいが、記事の一つである『老後一人難民急増の衝撃』(沢村香苗著)によると、今後「段階世代ジュニア」の人口と高齢化がますます増大するので、在宅一人暮らし高齢者は増え続け、彼らの生活問題、死を迎えた時の問題がどのようなものか、その対策が急がれると書かれていた。本当に他人ごとではないと思った。

また、『超高齢日本の未来年表』(河合雅司著)では、「高齢化によって内需が縮小する」「医療介護費の負担は増え続ける」「激増「孤老」世帯が買い物難民に」「就職氷河期世代が老いて貧困化」「高齢者でも労働が当たり前になる」そしてこうした現実を直視し、「戦略的に縮む」決断をすることが大切だと説く・

さしあたり私は、今年中に、少しばかりの遺産だが、その相続・処分について考え、まずは遺言書を書いてみること。遺言書は何度書いても、期日が一番新しいものが採用されるらしい。また、希望する葬儀の仕方と墓の場所や様式を家族と相談して決め、できれば書き残しておこうと思っている。

そして、社会的な行動として、自分が自立生活ができる間は、小さなことでも近隣地域に役立つことをしたいと思う。

先日、TV番組「人新生の地球に生きる」で出演していた斉藤幸平氏が、北欧の「エディブル(食べられる)ガーデン」を紹介していた。ある都市の市民の庭に栽培されているリンゴは、一家族10kgまで自由に収穫ができるのだという。貧しい人にも豊かな人にも野菜が提供される庭だ。日本にもそんな豊かな町を誕生させることができないだろうかと考えさせられた。

(札幌市平岸の一部の道路中央分離帯に植えられているリンゴは、秋に収穫されて、高齢者施設などに寄贈されていることが、毎年ニュースになる)

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2025年新年を迎えて

2025年01月01日 | 日記

新年おめでとうございます。

            2025/1/1     ソナタ

昨年も世界のあちこちで、強国が弱小国に武力で侵攻し続けました。

21世紀の今、人類史の進歩に逆行する侵略戦争で、

多くの死者や負傷者、家族や家、財産、住む場所を失った人達が出ています。

世界はこの惨事に対して、有効な解決手段を打ち出せていない中、

長年にわたって多大な辛苦を受けながら、

核の使用反対、核廃絶を訴えて長年活動を続けてきた「日本被団協」が、

昨年末、ノーベル賞を受賞したことは、大きな感動と一筋の光を世界に与えました。

今年こそ、世界中に平和が訪れますようにと願って止みませんが、どうなることでしょうか。

私は、昨秋、不覚にも庭仕事で痛めた左手首の「腱鞘炎」は、

4ヶ月が経って徐々に良くなりつつあります。

82歳になる今年も、元気で無理せずに花や野菜を育てて楽しみ、

癒やされながら、周りの多くの人達と自然の恵みに感謝し、

収穫の喜びを分かち合いつつ、交流したいと願っています。

年末には帰省できない家族もいて、例年よりも静かでしたが、

食卓には、まだまだ自分の力でできるお節料理をいくつも供することができ

良かったです。

皆様には、くれぐれも健康には留意して、

今年が平穏な良い1年になりますように願っています。

※ 今朝も新たに5~6cmの積雪があった。

地面は凍結していて、残した野菜はもう掘り出せない。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一日一つで「来年のカレンダーを買う」

2024年11月02日 | 日記

昨日は晴れて、最高気温は15度と少し肌寒かったが、来年用のカレンダーを買いに「セリア百均店」に行った。我が市には百均店が数店あるが、ここは少し遠いので滅多に行かない。しかし、今回行ってみてここの品数の多さを再確認した。

目当てのカレンダー売り場に行き、カレンダーを4個買ってきた。

私にとって一番のカレンダーは、「3ヶ月カレンダー」だ。大きさは2~3種類あったが、掛ける場所に合うのは中くらいの大きさなのでそれを求めた。(ついでに高齢の友人に差し上げるために、字が大きいサイズが大のも2個買った)

この下から月が印刷されているカレンダーを使い出してかれこれ数年になるが、その月が終ってち切ると、下から翌月のが現れて、常に3ヶ月先まで通院の予定などを記録でき、日々確認もできるという優れものなので気に入っている。固定電話の傍に掛けて使っている。

傍に「世界遺産カレンダー」があったので、それも「寝室用」と「トイレ用」に求めた。私が旅行して見て来た世界の絶景や観光地の写真が見られるので、その時の感動を思い出せるのが嬉しいのだ。「花畑」のは「ダイニング用」だ。

こんなに実用的だったり、美しい写真付きのが、税込みで110円とは価値があるとずっと思っている。

   

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

5年ぶりの墓参り

2024年09月21日 | 日記

今月の23日は私の母の命日で、亡くなってから53年になった。私が最後の面倒を見た伯母も入っている墓だ。

コロナ禍で外出や人との接触を避けて来たため、5年ぶりの墓参りだ。

妹を誘ったが、体調が思わしくないということで、昨日、庭にさいているダリア、秋明菊、菊、アルストロメリアなどの花を沢山摘んで、私一人で午後12時半に故郷に向かった。

自宅からの距離は42km。車で50分だ。

国道は混み合うので農道を走った。両側に続く田んぼは、まだ刈り取られずに残っている稲もあったが、気温が高かった今夏だったからか、または米不足で先月から米が史上最高値になっているせいか、既に収穫を終えた田んぼが多かった。

問題なく墓に着いた。私の祖父になる人が大正時代に建てた古い墓なので、5年の間に傾いたり崩れたりしなかったかと心配だったが、大丈夫だった。

また、管理者の市が敷地全面に芝を張っていて、それが綺麗に刈られて整備されていたのには感激した。

持参した果物、菓子、ビールや花を供え、線香を焚いて手を合わせた。

伯母が建てた墓碑には、全部で6人の戒名と母の俗名が刻まれている。(私の母だけは、戒名はあるが刻まなかった。戒名は仏の弟子になるための名だというが、大抵は亡くなってから付けられるので、もしもあの世があったとして、そこで戒名で呼ばれても、母は自分だと分からないに違いないと思ったから、俗名だけを刻印して貰ったのだ)

昨日は特に、ご先祖が私達子孫を見守ってくれているように感じた。

帰りにお供え物の一部を管理棟にいた管理人に差し上げた。

途中の町の農産物直売所に立ち寄り、友人にもお裾分けしようと大きな「カボチャ」1個と「紫玉葱」2kgを買い求めた。

昨日は午後から気温が徐々に下がり、行きは19度程度だったが、帰りは17度と寒いほどで、もう25度以上の夏日は来ないだろうと思った。

とにかく墓参りができてホッとした。

   

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大雪後、車での外出は危険だった

2024年01月28日 | 日記

大雪後、初めて買い物に車で出た。

JRの踏切を渡ろうとした時、踏切内の異常な状況に驚いた。2日間で60cm程降った雪が、通る車に踏まれて15cm近い圧雪状態になっていたのだが、電車が通るレールには雪が無いので、まるで太いかまぼこが横に並んでいる様な状況だったのだ。果たして私の小型車で渡りきれるのか不安になった。

もしも踏切内で立ち往生してしまったらと思うと恐ろしかったし、急な段差で車体が雪山にこすれるのも嫌だった。しかし、ゆっくりと発進して進んだら、何とか渡れた。ホッとした。

おそらくJRの保線の人は、大雪後の作業が追いついていないのだろうと思った。

買い物を済ませた後、帰りは別の踏切を通ることにした。回り道になるが安全第一だからだ。

交通量が多いためか凸凹の段差は低くなっていたが、轍ができていた。丁度大型車とすれ違った。その際、大型車が私の方に傾いた。瞬間的に車体がこすれるのではないかと思った。危なかった。

踏切をやっと抜けて町中に出たが、道路の両側にうず高く雪が積もっている結果、道路が狭い。そんな町中をゆっくり走ったが、突然、深い轍に嵌まり、何と車が反対車線に向かって行ったのだ。幸いなことに対向車が来なかったので事故にはならなかったが、肝を冷やした。

運転歴49年になるが初めての体験だった。やはり、大雪の後は3~4日運転を控えるべきだと思った。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024年の新年を迎えて

2024年01月01日 | 日記

  新年 おめでとうございます

                     2024年元日

            今年も宜しくお願い致します

 昨年は新型コロナの世界的な感染は終息せず、ウクライナに続き、ガザでも愚かな武力侵攻が起きました。今年は世界の人々の知恵と行動で、一日も早く多くの人々が意味なく命が奪われる事がなくなり、平和が訪れる事を切に願いたいです。

 私自身は、思いがけず八十路を迎え、目や膝の衰えを痛感しています。

 哺乳類の中でも人間だけに訪れたという老後だそうですが、今年も身近な所で何らかの役に立てたり、新たな楽しみを見つけられたら嬉しいです。

 また種から苗作りをして育てる家庭菜園は、コロナ下でも毎日、結構やることがあり、退屈する事がなくて有り難かったです。今年も育てる楽しみと共に収穫の喜びを味わうために、苗作りから工夫しつつ続けたいと思います。

                         ソ ナ タ

      

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

公園の紅葉

2023年11月02日 | 日記

今秋は例年よりも気温が下がらなくて、木々は何時紅葉するかなと思っていたが、近くの住宅街の外れにある公園に、今朝行ってみた。

狭いながらも原始時代そのままの植生を残してあるといわれる数少ない場所だ。

既に木々の葉は大量に散ってしまい、地面が黄色い落ち葉で埋まっていた。それでもまだ綺麗な「紅葉」が残っていたので鑑賞できて良かった。


4日前に下漬けした「大根」を見たら、水が上がって来ていた。「白菜」も今日干し終えたら、明日下漬けする予定だ。

庭の片付けは、「薔薇」「小菊」「ダリア」の花がまだまだ沢山咲いているので、枝の剪定ができずにいる。気温は、来週には平年並みに下がるだろうか。

今日はこれから、「小菊」数種類を花をつけたまま根分けして、友人に渡したい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

母の命日に

2023年09月22日 | 日記

明日は「秋分の日」だが、私の母の52回目の命日でもある。

私は両親の養子だが、私が8歳の時に父が39歳で亡くなった。父亡き後、女性が働く職場が限られていた時代だったので、母が女手一つで苦労しながら私と妹を育ててくれた。

しかし、定職に就いた私が間もなく母を引き取って共に暮らし始めたが、僅か2年、母は54歳の若さで急に病死してしまった。

苦労ばかりの人生だった母には、もっともっと親孝行をしたいと思っていた矢先の全く思いがけない逝去だったので、可哀想で、悔しくて、私の中の喪失感は言い表せない程大きかった。

それからの私は、母が生きられなかった分まで精一杯生きたいと思ってきた。それが母への恩返しになるのではと考えたからだ。母へは、今でも感謝しても仕切れない思いが続いている。

ここ数日、驚くほど気温が急激に下がりだし、朝夕は長袖で無ければ過ごせない。同時に、庭の花の色が濃くなって来た。

今朝は、庭で今咲いている「ダリア」「秋明菊」「秋菊」などを切って来てお供えした。私が庭仕事ができる家を持ちたいと思ったのも、自分が育てた花を仏前に供えたいと願ったからでもある。「ダリア」が綺麗だ。母や伯母達は、遠くからそっと見てくれているだろうか。

        

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

このゴールデンウイーク一番の私のできごと

2023年05月07日 | 日記

それは一番ハラハラした出来事で、海外から夜遅く帰着した娘を「新千歳空港」に迎えに行ったことだ。行く前に「JRもバスもない時刻なので、迎えに来て欲しい。」と頼まれ、一度も車で行った事のない空港の駐車場に行くことになったのだ。

普段ならベッドに入っている時刻だ。コーヒーで眠気を避けながら何とか家を出る時刻まで目を開けていた。

もしも居眠りをしたらと不安に成り、目覚まし時計を2個セット。この時、壊れているので捨てようかと考えていた目覚まし時計2個が、単なる電池切れだったことが分かったというハプニングもあった。

夜に運転することがなくなってもう20年近くになるが、今回は距離が少し短くなる真っ暗な寂しい農道も走った。空港方向に入る時、苫小牧行きとの分かれ道に注意した。

駐車場は空港の奥だが、夜の標識が今少し見えにくい。白内障が進んでいるのかも知れないと思った。娘と約束していたA駐車場の「空港連絡橋」に近い場所に停めようとしたが、連休中のためか空きがほとんどない。やっと奥の方で空きを見つけて停められた。

緊張したためかおなかが痛くなったので、連絡橋のエスカレーターを登って空港内に行き、トイレを探して使った。

成田空港にいる娘から『『航空機は、10分ほど遅れて新千歳に着くから』というメールがあったので、そのまま連絡橋の途中で待っていた。娘が現れたので迎えて、車に案内した。それから家まで夜道をまた運転。本当に疲れた。

翌朝、和食が食べたいだろうと思い、「炊き込みご飯」「焼き塩鮭」「ホウレン草のひたし」「トマトを添えたポテトサラダ」を作って朝食を食べさせた。

土産はないかと聞くと、沢山買ったチョコレートは行き先が決まっているらしく、「『ベトナム』ではコーヒーを生産しているので買って来たから…」という。一袋くれるのかなと思ったのに、娘がくれたのは小さなドリップ用の小袋たった4個だった。数万円渡した餞別に対しては余りにも情けない土産だ。経済学部を出た娘らしいとも思ったが、一方で、そもそも土産を私には考えなかったのかもと思った。それなら迎えまでさせて酷すぎる。

疲れが取れるまで2日ほどかかった。

※ 「遅咲きチューリップ」が今朝開花した。

    

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新年に思う事

2023年01月01日 | 日記

2023年1月元旦

比較的穏やかな気候の新年を迎えている。

今世界は、ロシアのウクライナへの軍事介入、新型コロナ感染の蔓延、エネルギー不足、物価高、不景気、貧富の拡大などが深刻だが、これからも新たに何が起き、どうなるか、先があまり見通せない状況になっている。

国内を見れば、軍事費の急増が打ち出され、その財源を後期高齢者の医療費と介護保険料、そして働く人々の所得税などの増税によってまかなう案が突如出された。マイナンバーカードの「健康保険証」を取り込んで、全国民へのカードの製作押しつけも何やら胡散臭い。

2023年はどこへ行くのだろうか。実に不安な年明けである。

しかし、個人的には、先ず今まで新型コロナに感染しなかった事を喜び、まだ普通の生活が送られていることに感謝したい。もし6回目のワクチン接種が通知されれば、率先して打とうと思っているが、暫くは遠出をする気持ちにはなれず、TV番組を見て、私が訪れた国々の文化や歴史、暮らしを楽しく懐かしんで行きたい。良い時期に色々な国への海外旅行をして良かったと思っている。

また、子供達の人生に手助けが必要なら、随分細くなった我が手を差し出そうと思っている。昨年から孫に、一定の教育費を負担することにした。

庭仕事、畑仕事も、身体に無理がないやり方で続けたい。

昨年同様、若い人達と一緒に仕事ができたら実に幸いだ。そして天候に恵まれて沢山の無農薬野菜が収穫できたら、また友人、知人にお裾分けしたい。

沢山植えてある「薔薇」や「牡丹」の花を、今年も見事に咲かせ、通る人達に見て貰いたい。

また、「漬物」などの保存食作りの種類を一層増やして、食生活の楽しみを広げたいと思う。

年末の食事作りのために数日台所に立ち続けた事で、また膝の痛みがぶり返したが、湿布で養生している。来年年末のおせち作りは、家族にも手伝わせようかなと思った。

「年賀状」の宛名書きでは、昨年届いた賀状の差出人の小さな郵便番号が拡大鏡を使っても読めず、凄く目が悪くなったことも自覚したので、白内障の進行にも気を付けたいと思う。

そして、自動車の安全な運転には、特に注意したい。

以上が、70歳代最後となった私が、新年に当たり思う事である。

今年も生活記録のブログを続ける予定なので、どうか宜しくお願いします。

 ※ 昨年の薔薇

         

 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

千歳川「鮭のふるさと館」を訪ねる

2022年11月12日 | 日記

数日前、例年よりも多くの鮭が遡上しているというニュースがあった。

明日は天候が崩れるという予報だったので、今日午前中、花友さんを誘って「鮭のふるさと水族館」を訪ねた。

駐車場は一杯で、多くの人が来ていた。団体の観光客のためか、アイヌの民族衣装を着た人達が歓迎のイベントをしていた。

川にかかる橋に行き、上から流れの中を覗くが、水面で光が反射して上手く写真が撮れなかった。

「インディアン水車」が回り続けていた。仕切りには1~数匹づつ捕獲された鮭が入っていて、右側の空色の箱に移されていた。

この「千歳川」で捕獲された鮭は、板の下の網の中に集められ、右上に並ぶトラックで10kmほど上流の「孵化場」に運ばれる。そこで雌から採卵し、受精後に孵化した稚魚が育てられ、春にまたこの場所に放流されるのだ。ここまで遡上してきた鮭の成魚は、二度と海に戻ることはなく、一生を終える。

※「ふるさと館」に電話して私の疑問点を伺った。

 ①「千歳川」の水源は「支笏湖」である。千歳市から北上し、恵庭市、長沼町、江別市を経由して、最終的には「石狩川」と合流して日本海に流れている。この間約70kmあり、鮭の稚魚は1週間で水に流されて海に出る。

 ②孵化場で人工授精された鮭の魚体は、海で捕獲される鮭よりも脂肪分が少ないために油焼けしにくい魚肉として「フレイク」や「乾燥ミール」に加工する加工業者に引き取られて行くという。

育てられた稚魚は春に「千歳川」を下り、その後オホーツク海からアラスカ沖まで遡上し、太平洋を3~4年かけて回遊した後、成魚になって、また生れたこの場所に帰って来るのだと言う。(日本が孵化作業と放流をしているため、ロシアはオホーツク海での日本の鮭の捕獲を認めているのだ)

橋の上で出会った館の職員氏の話では、「今年は既に例年の捕獲量に達しているが、まだまだ遡上してきている。」のだという。3~4年前に放流された時の海の状況が鮭の生育に適していたからだと想像できる。

橋の下に高い堰堤と網が張られているが、それを飛び越えて上流に行く元気な鮭も多いらしい。

目を凝らして水中を見ると、体長60cm前後の鮭が沢山いた。川の段差の所には卵が溜まってピンク色になっていた。

また卵を産んで力尽き、一生を終えた雌が、何匹も白くなって川底に沈んでいた。雌の身体は水に溶け、やがて新しい命の糧になるのだろう。

帰り際に一仕事終えたアイヌ衣装の方達が広場にいたので、写真を撮って良いかと声を掛けたら了解してくれたので、写真を撮った。

鮭の一生に触れ、生命の神秘を知ることができるこの場所は、とても貴重な場所に思えた。

 

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お帰り!大白鳥

2022年10月15日 | 日記

今秋、上空に大白鳥が群れ飛ぶ80羽ほどの姿を初めて見たのは、3日前の午前10時近かった。少し前から飛んで来た群れもあったのかも知れないが、かなり上空を飛ぶ一団なら、外にいなかったら気づけなかったかも知れない。

冬を過ごした日本から、春にシベリアに北帰行して子育てした大白鳥が、成長した子供達を伴って帰って来たのだ。何千キロも羽根を休めずに飛来したのだと思いながら見ると、歓迎の気持ちと畏敬の念さえ沸いてくる。

昨夜10時近く、また特徴のある鳴き声が窓際にいた私の耳に聞こえて来た。急いでガラス戸を開けて見た。当然、空は真っ暗で、姿を確認することはできなかった。こんな夜にも飛び続ける群れもあることを知った。

今朝6時40分頃、今までよりも大きい鳴き声が聞こえた。窓を開けると我が家の上を北から南へと向かう100羽近い一団が、珍しく横1列で飛んで行った。低い位置だったので、大白鳥の姿をはっきりと確認できた。先頭は経験を積んだ雌だとか。感動的だった。

今度は先程パソコンに向かっていたら、また鳴き交わす声が聞こえた。とっさにカメラを取ってONにし、ズームを効かせて写してみた。窓越しに写したのがこれだ。飛行スピードが速いので、姿を追うのが難しい。写真で数えたら30羽の群れだった。今朝の群れより、結構高い所を飛んで行った。

彼らはまず、苫小牧の野鳥の湖「ウトナイ湖」を目指しているのだろう。その後多くは、冬でも凍り付かない本州の湖にさらに渡るそうだ。

まだ暫く回帰行は続く筈だから、私は出会う度に感激しながら自然の中でたくましく生きる大白鳥の姿を見送れそうだ。

(首が長い白鳥が、写真の右上から左下方向に飛んでいる。)

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

友人と水芭蕉鑑賞に行く

2022年05月01日 | 日記

花友さんと毎年、石狩圏南部の恵庭市にある国指定の「カリンバ遺跡」に「水芭蕉」の見学と撮影に出かけて来たが、今年は記録的な大雪に見舞われたので、「水芭蕉」がどのような状況になっているかが気になりつつも、お互いの都合が上手く合わず、やっと鑑賞に出かけたのは5月の初日の今朝だった。

 ※「カリンバ史跡」の概要 

カリンバ遺跡は、JR恵庭駅と国道36号線に挟まれた市街地にある。平成11(1999)年の市道建設の前に恵庭市教育委員会が行った発掘調査で、約3000年前(縄文時代後期)の「土抗墓群」「大型合葬墓」が発見された。中には赤色に漆塗りされた櫛、腕輪、腰飾り帯の他、土器397点が見つかり、2005年、国の指定遺跡に登録され、遺物は翌年、国の重要文化財に指定された。(恵庭市のホームページより)

この寒冷な場所に、3000年前に縄文人達の集落があったのだ。どのように寒い風雪を凌ぎ、どのような生活を営んでいたのかを想像するだけで不思議な気持ちになる。

午前中から雨が降るという予報なので、その前に「水芭蕉」の写真をと2人で急いで出かけた。どうやら「水芭蕉」は、最盛期を2日程過ぎてしまっていたように見えた。また、昨年よりも花数も少なく、公園が荒れて来ているように見えたが、今年も「水芭蕉」を観賞して撮影できた。

「水芭蕉」は湿原に自生する植物で、後部の花を包み込む苞は「仏炎苞」であり、花は、黄色い「内穂花序」の部分に数え切れない数がある。

ここの湿原は、油性の成分を含む水だが、その水の量が今年は少なくなっていた。

   

       

  

「座禅草」は、特に数が少なくなっていた。「座禅草」は僧侶が仏炎を背に座禅して祈っている姿に見えるのでこの名がついたらしい。「水芭蕉」と違って、水が流れない場所に繁殖するという。

帰りに桜が満開の公園に立ち寄った。満開を過ぎて葉が出始めていたが、北国にもようやく春が来たことが実感できた。

帰宅したら予報通りの雨天になり、気温も下がった。

 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする