花好き・旅好き80代の北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だったが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり外国は見合わせている。

海外旅行「フィリピンの旅」(11)

2016年02月06日 | 海外旅行「東南アジアⅠ」フィリピン・インドネシア

6日目は、第二次世界大戦の激戦地「コレヒドール島」の観光だったが、残念ながら個人的に
不都合な事ができて、行くことができなかった。

参考図書「現代フィリピンを知るための61章」(明石書店)によると、第二次大戦末期の1944年10月20日に米軍が「レイテ島」に上陸してからは、日本と米比の戦闘が激化して、フィリピン全土は焦土となり、111万人の犠牲者と、1950年価格で60億ドルもの物的な損害が生じた。
同時に日本側には、50万人あまりの戦没者が生まれたと書かれている。
最後の日に「マニラ空港」ですれ違った天皇陛下は、この歴史的な事実に基づき、フィリピンと日本の戦没者を慰霊するために訪れたのだ。

最後の夕食には参加でき「フィリピン・ダンスショウ」を見ながら、「海鮮料理」を食べた。
海老、ムール貝、烏賊を焼いた料理は美味しかったが、オーブンで焼いたマグロの大きい切り身は、一層、油が少なくなってパサつき、美味しく感じられなかった。しかし、最後に食べ切れないほど出た数種類の果物は「フィリピン」ならではで、本当に美味しかった。


7日目は、ゆっくりとホテルを出て、東南アジア最大だというショッピングモール「モール オブ アジア」に行った。買い物の時間は2時間だったが、私は「ドライマンゴー」「パパイヤ石鹸」「ココナツオイル」など、買いたいものは決めてあったので素早く買うことができた。


              

マニラ発の飛行機は1時間遅れて離陸したが、羽田空港にはそれ程遅れずに到着した。
今回フィリピンを訪れた天皇陛下とは、マニラ空港ですれ違う形になったのだろう。
21時過ぎに羽田空港に帰国し、予約してあった第二ターミナルに直結する「羽田エクセルホテル東急」でゆっくり一泊し、翌日帰宅した。

最後になるが、前掲書によると、第二次世界大戦までは多くの貧しい日本人女性が「からゆきさん」として東南アジアに渡った歴史があるが、近年の日本とフィリピンの関係は、東南アジアにおける同じ自由主義国として共存共栄が計られて来ている。
日本の科学技術、工業製品がフィリピンへ多く輸出され、フィリピンからは果物や水産食品、電子部品、電気機器、輸送用機器の輸出が伸びている。
特に2009年の受け入れから日本の高齢者介護や病院の介護と看護の現場で、難しい日本語の試験にもかかわらず、フィリピンの介護師、看護師達の挑戦と就業が少しずつ進み出し、今後の貢献度と期待が高まって来ている。
また、その多くが高学歴で英語を理解する身近なアジア人である彼らは、日本の労働力不足を解決してくれる貴重な人材としても、今後ますます広い分野で活躍が期待されるのではないだろうか。

経済界は2006年9月に調印した「日本フィリピン経済連携協定」に大きく期待しつつあり、2006年の「国交樹立50周年」には「日比NGO協働」2008年には「対フィリピン援助計画」を策定して、現地の状況に応じた支援を行って来ている。
また、2008年の世論調査によれば、フィリピン人の93%が「日本は信頼できる」と答えているという。(「ボホール島」のガイドさんからは、日本の援助に対して私達に感謝の言葉が述べられた)

私は今回の旅行を通して、島によって異なる顔を持つ同じアジアの隣国である「フィリピン」、そして日本との歴史的な関係も決して忘れてはならない「フィリピン」との関係が今後一層深まることを期待し、いつかもう一度行きたいと思った。
これまで長くなった記事を読んで下さった方達に、お礼を申し上げます。
                             (完 成)


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6 コメント

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興味津々で・・・ (伊豆の花)
2016-02-06 10:32:28
こんにちわ~

「フィリッピン」の旅を、興味津々で、お供出来ました。
アジア(のみならず、雑然とした場所)は、私的には、心地よい場所です。
数千の島々の生活(インフラ)に興味を感じます。
まだ発展途上の国ですから、不便もあるでしょうし、島々の持つ特異性・独立性などはどんなだろうかとか、訪れてみないと分からない事があるでしょうね。
また、長年、多民族から受けた侵略の傷は、どう、影響を残しているのかも気になる一つです。

ソナタさんのご報告を拝見しながら、私がもう少し行動力があるなら、じっくりと訪ねて見たい場所だと感じました。
ありがとうございました。
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伊豆の花さんへ (ソナタ)
2016-02-06 12:32:35
こんにちは♪♪
早速コメントを頂き、有難うございました。
長い報告に付き合っていただき、大変ありがたく思います。

兎に角友好的で、笑顔が素敵な人達でしたね。
私達以外の旅行している日本人には会わなかったです。
今回はほんの僅かな島だけにしか行けませんでしたから、身近な国だし、機会があれば次回はまだ残る沢山の島に行きたいです。鯨が見られる場所もあるらしいですから。 
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扇子! (ガチャピン)
2016-02-07 23:46:20
こんばんは。
「フィリピンの旅」大変興味深く読ませていただきました。レイテ島の激戦等、歴史的な事は学んでいますが、現在のフィリピンについてはあまり知る機会がなく…“ターシャ”の事は初めて知りました。
可愛いけど繊細な動物なんですね…
いつもソナタさんの旅行記で、現在のその国々の素顔を少しだけ垣間見させてもらい、少しずつ見聞を広げています。
フィリピンの民族舞踊はサークルで踊られていたのは
ほんの数曲でしたが、その中に扇子を使う踊りがあり…ソナタさんの写真を見て、現地ではこういう大きな扇子だったのかなぁ~と、懐かしく踊りを思い出しました(*^^*)
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ガチャピンさんへ (ソナタ)
2016-02-08 00:28:18
今晩は!
いつもコメントを頂き、有難うございます。

私の旅行記がガチャピンさんの見聞を少し広げるのに役立っているのかなと思うと、嬉しくなりました。
カンボジャやタイの古舞踊は、神に捧げるものとして踊られるようですが、フィリピンでは生活の中から自然発生的に出て来た様な感じを受けました。詳しい事はあまり分かりません。
「ターシャ」を見たのは初めてで、自然の中でしか生きられないということを知りました。 
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こんにちは (Pione)
2016-02-09 14:10:12
こんにちは。
ターシャとチョコレートヒルはとても興味深く拝見しました。また、日本に対する国民感情で、90%以上が信頼できる国と思っていることも驚きでした。
 人生いつかは外国の一つくらい行けるだろう思っていましたが、外国はもちろん岩手より北へ行ったこともなく、BS放送とソナタさんの旅行記で楽しませてもらっています。これからも楽しい旅行記お願いします。
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Pioneさんへ (ソナタ)
2016-02-10 08:45:24
こんにちは♪♪
いつもコメントを頂き、有難うございます。
時々Pioneさんのブログを見に行きますが、お忙しいようですね。

実は私も「90%以上」の「信頼者」には戸惑いました。
ODAの援助の多さとか確かな商品作り、現地での工場建設とフィリピン人雇用などが影響しているのかなと思いました。
(日本人男性のかっての「買春」観光は影を潜め、近年は「国際結婚」で農村などに迎え入れ、日本に根付く人が増えましたが)
それなのに私達は、近隣国フィリピンを余りにも知りませんね。
明治大正時代の「からゆきさん」はインドネシアが知られていますが、実はフィリピンにも多く行っていたらしいですし、古くからの交流があったのに…
BSの海外旅番組は多くなりましたね。私も見ます。
そして私の場合は、心惹かれる場所には行って見たくなりますよ。
旅行程「刺激的」な事はありませんから、これからもできるだけと思っています。
また、宜しくお願い致します。 
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