ガラガラと、この店の引戸を開けたのは二度目である。
熟年夫婦が笑顔で迎えてくれる小さな飲み屋さんがランチをやっている。
お父さんが厨房を、お母さんがホールを担当…だと思っていた、前回までは。
それが「オムレツ定食」をオーダーすると、いきなりお母さんがチャッチャッチャッチャッと卵を勢いよくかき混ぜ始めた。
どうやら「オムレツ」だけは、お母さんの担当のようだ。
思わずニンマリしてしまった。
「オムレツ(肉入り)」というどことなく懐かしい響きにひかれて頼んだメニューだ。それを、お母さんが作ってくれる。なんとステキなことだろう。
果たして目の前に現れた「オムレツ」は、まさに子供の頃から食べつけていたあの母親お手製の「オムレツ」そのままだった。
表面はこげめがあるのに、中はトロリが十分残っている。そして、甘い。これは玉ねぎの甘味もかなり影響していそう。さらに、時折舌の表面で挽き肉を感じるところも嬉しい。
あぁ、普通にうまい。でも、それが幸せ。
この夫婦の子供さんも、普通に食べていたに違いないんだよね。
さて、ふと壁を見ると色紙(寄せ書き)が飾られていた。
「わかります?」
と、お母さん。
「田代でしょ、屋敷、中塚、加藤、高木由…」
スラスラ言えちゃうオレって。
「ゴルフの福島晃子のお父さんも」とお母さん。
「確か10番!」
色紙は、このお店のオープン祝いにもらったのだそうだ。贈り主は、東大卒のプロ野球選手第一号だった新治伸治さん。ここのお父さんが少年野球の世話をしていた縁で懇意にしていたという。東大というところが、本郷ならではである。
「ただ、選手は一人も来てくれたことはないんですけどね」「ハッハッハッ」
みんなで大笑い。
新治さんがロッカールームでみんなにサインをしてもらったその日、たぶん僕はスタンドで球場係員のアルバイトとして働いていた。
懐かしい横浜大洋ホエールズのラインナップ、そして懐かしい味に再会した昼休みになった。