錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『ゆうれい船』

2006-04-18 00:12:14 | 美剣士・侍

 前にも書いたが、私は物心つくかつかない頃からずっと東映の映画ばかり観ていた。が、いつ何を観たのかがもうはっきり分からなくなっている。先日『笛吹童子』の第一部だけを半世紀ぶりに見直してみたのだが、幾つかのシーンで「ここ、憶えている。あっ、ここも見たことがある」と感じ、不思議な気持ちになった。『笛吹童子』第一部は昭和29年4月公開、私は二歳になったばかりで、封切りのとき観たのではないことだけは確かである。リバイバル上映をどこかで観たにちがいない。情けない話だが、幼ないのころ観た東映の映画はそんな感じの映画ばかりである。
 
 『ゆうれい船』(昭和32年)も昔観た覚えがあった。が、錦之助が犬を連れていたことと、船に乗って海に出ることだけが、記憶の網に引っかかっている程度だった。ビデオを観る前に、子供だましの安っぽい冒険映画ならイヤだなと思っていた。前篇と後篇があって全部で3時間近くになる。前篇がつまらなければ、途中でやめようと思っていた。ただ、原作が大佛次郎、監督が娯楽映画の巨匠松田定次なので、ちょっとは期待していたが…。ところが、見始めて10分もしないうちに面白くなり、寝転んで眺めているどころではなくなった。起き上がり、画面の前に座って私はこの映画を見続けた。前篇を見終わると、すぐに後篇のカセットを入れた。そして3時間一気に観てしまった。

 『ゆうれい船』は、少年の夢と冒険心を十二分に満たしてくれる楽しい映画だった。何を隠そう、初老の私がこの映画を観て「少年」の気持ちに帰ることができたのだから、嬉しかった。もちろん、純粋な「少年」ではないので、ハラハラ・ドキドキ、手に汗握って見たわけではないが、それに近いものがあった。当時封切りでこの映画を観た少年たちの感動は推して知るべし、だと思った。『ゆうれい船』は、昭和32年9月公開作品だが、総天然色でしかもシネマスコープである。シネスコが初登場するのは同じ昭和32年の初めだから(松田定次監督、大友柳太朗主演の『鳳城の花嫁』がその記念碑的映画)、シネスコがまだ珍しい頃のことである。この映画にリアル・タイムで接した人たちはその迫力に圧倒されたにちがいない。とくに『ゆうれい船』後篇は、海でのロケ・シーンも多く、東映が製作費を相当つぎ込んで作った映画でもあった。
 主人公は、次郎丸という剣士まがいの美少年である。剣士まがいと言うのも、実は次郎丸は船乗りの息子だからで、武士になりたくて京都にやって来たのだった。白い着物にモンペのような朱色の袴、刀を一本差して登場、これが錦之助である。次郎丸は一匹の白い犬を連れている。中型の紀州犬(?)で、名前はシロ。この犬がなかなか良い。時代は、戦国乱世の初期。松永弾正が権勢をふるい、京都は荒れている。主家を滅ぼされた残党が跋扈し、貧民は暴動を起こしている。京都に出て、次郎丸は、悪人・善人、さまざまな人たちに出会い、いろいろな体験をする。


 『ゆうれい船』前篇は、世間知らずの次郎丸が京都で雪姫をめぐる争いに巻き込まれ、善悪の分別に目覚めていくストーリーである。次郎丸は15歳という設定で、錦之助は実際の年齢(25歳)よりずっと若い役をやっている。『笛吹童子』の菊丸、『紅孔雀』の小四郎といったキャラクターの踏襲である。私は錦之助の少年美剣士役を今ではあまり買っていない。個性のない操り人形のようで、頼りなさを感じるからである。ただし、この映画の錦之助は、ちょっと違っていた。成長の跡が明らかに見られ、主人公次郎丸を意識的に演技していた。そこに好感を持った。この映画には当時新人の桜町弘子が女中役で出演していたが、この娘を救う次郎丸の錦之助の演技がなかなか良かった。美しい雪姫が長谷川裕見子、次郎丸の面倒を見る武将の左馬之助が大友柳太朗だった。大友柳太朗は、大根役者と呼ばれることが多いが、そんなことはない。東映のスターの中ではむしろ芸達者な方で、私の好きな男優の一人である。ほかに、いつもは悪役ばかりの三島雅夫が百姓くずれの善良な浮浪児役(若作りだった)、山形勲も味方の武士役で(後篇では悪い海賊)、これにはいささか面食らった。

 さて、後篇は、船に乗って海に出る話だ。次郎丸は武士になることを諦め、父の後を継いで立派な船乗りになろうと決心している。そして、沈没したとばかり思っていた父の船を海で目撃したことから話が展開していく。この「ゆうれい船」を追いかけるうちに、海賊が現れたり、雪姫がさらわれたり、奇想天外な冒険ストーリーが始まる。琉球の離れ小島で、竜宮城のような平和のユートピアが現れたのには驚いた。そこに遭難して死んだはずの父(大河内伝次郎)が生きていたのだ。この島の王様が仙人みたいな老人(薄田研二)で、海賊がこの島にもぐり込んだあたりからは、予想もつかない展開になる。いったいこの話の結末がどこにたどり着くのか、私はむしろ作品自体の方が心配になり、ハラハラしてしまった。が、さすが、娯楽大作のプロ、松田定次が監督した映画である。最後は、このユートピアの王様が海賊もろとも島を爆破し、次郎丸は父に再会して、めでたし、めでたし。父を連れ、仲間や島民とともに島を脱出し、ゆうれい船に乗って海へ出て行く。海のどこかに平和の国を再建する新たな島を求めて……。




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