錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

中村錦之助伝~映画界入り(その4)

2012-11-18 14:54:11 | 【錦之助伝】~映画デビュー
 錦之助はずっと映画に出てみたいと思っていた。だから、新芸プロから映画出演の話を聞いて喜び、その日のうちに自分一人で勝手に決めてしまった。もう二十歳になったし、自分のことは自分で決めたいと思ったのだろう。別に美空ひばりの相手役うんぬんということは、錦之助にとってそれほど重要なことではなかった。ひばりと共演すれば話題になるし、すぐに注目されスターになれるかもしれない――そんな思惑や打算は錦之助にはほとんどなかったと言ってよい。そして、「ひよどり草紙」のシノプシスを聞いて、自分の役が大変良い役であることに満足した。ひばりが主役だというが、相手役も主役みたいなものではないか。その役に自分を選んでくれた。そのことに錦之助は感激した。福島通人が言うように、「ケレンもカケヒキもない純真一途な青年」だったのである。

 福島通人は、興行界を渡り歩き、ひばりを見つけて大スターに育て上げただけあって、さすがにやり手だった。彼は明治四十二年生まれで、この時四十四歳、脂が乗って人生の最盛期にあった。人のいい田舎青年の本間を使って、二十歳の御曹司錦之助を単身呼び出し、一本釣りした。福島通人という人は、興行師に似合わず、身だしなみの良い貴公子然とした紳士で、しかも人当たりが良く、人望もあった。彼が錦之助のことをあまり気に入らなかったとしても、決断したのは彼である。福島は軽喜劇や歌謡界には通じていたが、歌舞伎には詳しくなかった。錦之助の舞台も見たことがなかった。そこで、旗一兵(彼は福島より二歳年上で、立教大学を出て新聞記者から吉本興業に引き抜かれ、その後新芸プロの製作に携わって脚本家になった)を頼り、歌舞伎ファンで若い本間の意見も入れて、錦之助に白羽の矢を立てたのだった。

 が、福島が決断する上で、何よりその後押しとなったのは、ひばりとその一家の錦之助に対する好感度であった。ひばりの妹の勢津子が語っているように、錦之助のブロマイドを見て、ひばりと母喜美枝が大変気に入ったことが最大のポイントで、錦之助の将来を左右する決め手となった。

 その日の夜遅く、家に帰って、映画出演を承諾してきたことを父と母に話した時、錦之助はひどく叱られたのではないかと思う。映画出演そのことより、そんな重要なことを親に相談もなく自分一人で勝手に決めてしまったことに時蔵もひなも大変腹を立てたにちがいない。しかし、いったんは怒った時蔵もひなも錦之助の決心の固さを知って、映画に出させてみようと思った。そこで、明日にでも松竹演劇部の幹部に話をして、了解だけ取っておかなければならないということになった。その役は、母のひなが引き受けることにした。日中は昼からずっと、時蔵と錦之助は歌舞伎座公演があって抜けられなかったからだ。伯父の吉右衛門には時蔵から話をすることになったのではなかろうか。錦之助は持ち帰ったシノプシスを母のひなに渡した。ひなはその晩、寝ながらそれを読んで、面白いと思った。錦之助が美空ひばりと映画で共演するかと思うと楽しみだった。

 翌日、ひなは松竹本社へ行って、幹部に面会を求め、錦之助の映画出演の話をした。舞台の方は当分休ませて、映画に専念させてやりたいと思っていることも話した。幹部はいい顔はしなかったが、渋々受け入れた。
 早速、ひなは新芸プロの社長福島通人に連絡して、出演料や契約のことについて話を聞いた。とりあえず一本、ひばりとの「ひよどり草紙」に出演してもらい、いずれ専属契約を結びましょうということになったと思われる。太っ腹の福島である。出演料は、扇雀や鶴之助の三十万円に、上乗せしてくれた。ひなは、歌昇と芝雀の襲名公演で出費が嵩んでいたので、ほっと一息ついた。
 時蔵の方は吉右衛門の了解を得た。吉右衛門は錦之助が映画に出たがっていたことは前から知っていたし、錦之助の性格もよく知っていたので、しばらく映画の方へ行ってもいいだろうと言ったのだと思う。吉右衛門は、なぜか不思議なのだが、美空ひばりの歌舞伎座公演(昭和二十七年四月二十八・二十九日)にも、賛成したという。ひばりが歌手で史上初めて歌舞伎座の舞台に出られたのも、松竹の大谷社長の鶴の一声があったからだが、大谷は、前もって吉右衛門にだけは相談した。その時、吉右衛門は「いいじゃないですか」と言ったそうである。ひばりの歌舞伎座公演は児童福祉のチャリティーショーであった。これは福島通人の発案で、歌舞伎座公演を実現するための遠謀深慮であった。それはともかく、大谷社長も吉右衛門も美空ひばりに偏見を持っていなかった。

 さて、その二、三日後、歌舞伎界の名女形時蔵の四男錦之助がひばりの「ひよどり草紙」に出演して銀幕入りするという記事が各新聞紙上に載った。新芸プロの福島の方から発表があって、それがすぐに記事になったのだった。
 すると、歌舞伎界内部のあちこちから非難の声が上がったのである。



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