この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

『空のない街』/第七話

2017-06-21 20:47:17 | 空のない街
 その年のチャリティーバザーはいつになく上手くいった。
 バザーの行われた二日間、太陽はひどく上機嫌で、人々の心を戸外へと誘い出した。例えば風が気持ちよい丘の上へ、例えば穏やかな陽光が降り注ぐ公園へ、例えば救護院のバザーへ。ともかく、天候はきわめて良好だった。当然のようにバザーは客足、売上ともに例年以上に好調だった。
「物を売ることがこんなに楽しいなんて、想像もしてなかったわ」
 売り子に扮したティルダが、世紀の大発見でもしたようにジョシュアに言った。売り子の衣装は救護院で用意したものだが、それでもティルダが着るとどことなく品のよいものに見えた。
 ジョシュアは、バザーが好調なのは天気のせいだけではないことを知っていた。たぶん、極大のハリケーンが直撃しても売上げは新記録を達成したに違いなかった。
 そうだね、とティルダに笑みを返しながら、バザーに出品される品物を各家庭に引き取りに行った時のことを彼は思い出していた。品物を引き取る際、ほとんどの家ではジョシュアたちに対して好意的に接してくれたが、中には蔑むように、もしくは哀れむように見下す人々もいた。不思議なことにそういう家に限って銀食器やブランド物のアクセサリーなど、高価な品物をバザーに出した。タウンゼント神父の運転する小型トラックにそれらは積まれていった。
 そういった品々が、市場では考えられぬほどの安値で売られるのだから、人々がこぞって救護院のチャリティバザーへと足を伸ばすのは当然だった。赤子が泣いていても放ってバザーに出向くのではないか、そんな皮肉めいた思いをジョシュアは抱いた。
 タウンゼント神父などは寄付された品々が純然たる善意の証だと信じて疑ってない様子だったが、ジョシュアはティルダが何らかの手回しをしたのではないかと思えてならなかった。
 そうとでも考えなければ、これほど高価な品ばかりが集まるのは不自然だった。無論例えそうであっても、感謝の意を述べこそすれ、文句を言う筋合いなどないはずだったが、それでもジョシュアの胸の内には釈然としないものがあった。物乞いでも見るような彼らの目付き。自分たちが礼を述べようとしているのを、まるで追い払うかのように会話を打ち切る態度。
 それでいて渡される品は、素人目にも高級なものだとわかる。
 これが善意だとすれば、善意とはすなわち金だということなるのではないか、そうジョシュアは疑問に思わずにはいられなかった。
「ジョシュア、ジョシュアったら」
 ティルダに呼びかけられ、バザーの喧噪の中、ジョシュアは我に返った。
「ジョシュア、お客様よ」
 気がつくと、彼の目の前に自分の背丈とさほど変わらぬ大きさの熊のぬいぐるみを抱えた、五、六歳ぐらいの女の子が立っていた。
「これ、くたさぁい」
 ありがとうございます、そう丁寧に礼を述べて、ジョシュアは女の子の手から代金を受け取った。
「ぬいぐるみ、大事にして、くれるかな…」
 母親と思しき女性に手を引かれた女の子の後ろ姿を見つめながら、ティルダがつぶやいた。
 ジョシュアは今のぬいぐるみが彼女の寄付したものだということを思い出した。
「あの熊のぬいぐるみ、君が持ってきたものだよね…」
 ジョシュアの言葉にティルダは小さく頷いた。
「うん…。私がまだうんと小さいころ、ママが買ってくれたものなの…」
「え…。君のママって…」
「本当は家にあるもの、適当に見繕って持ってっていいって、パパは言ったんだけど、それは私が嫌だったから」
「どうして…?」
「あのね、うまく言えないんだけど、チャリティに出す物は私の持っている物から出したかったの。私の持ち物なんて、大したものなくて、ボビーしか思いつかなかった」
「ボビー?」
「ぬいぐるみの名前。ボビー・ブラウン」
「そんな大切なぬいぐるみ…」
「いいの。もうぬいぐるみを抱いて寝る年齢でもないし」
 ジョシュアは恥じていた。もしかしたらティルダがチャリティの出品に際し、何か手回しをしたのではないかと邪推したことを。そしてもしそれが本当だったら、彼女のことを軽蔑しようとしていた自分を。何だか自分がひどく小さな人間に思えて仕方がなかった。
 夕方近くになって、バザー会場のめぼしい品はあらかた売れてしまった。
「さあ、少し早いけど、片付けに入りましょうか」
 シスター・テレジアが、会場のみんなに声を掛けて回る。
「さてと、私たちも片付けよっか」
 ティルダがそう言って腕まくりする素振りをした。
「ありがとう」
 ジョシュアに突然礼を言われてもティルダにはわけが分からず、首をかしげた。
「どうしたの。片付けも終わってないのよ」
「今、言いたかったんだ。今度のことでは、すごく世話になったから。僕一人じゃこんなに上手くはいかなかったと思う」
「何だか、照れるなぁ。私の方こそ、ありがとう。一ヵ月間とても楽しかった」
 そう言ってすっと右手を差し出したティルダだったが、すぐに戻した。
「まだ、だよね、握手なんて。早すぎるよね、片付けもすんでないんだし」
 ティルダは机を抱えた。ジョシュアの方を見ずにつぶやくように言った。
「私、来週、誕生日なの」
「そうなんだ?それはおめでとう、ティルダ」
「それでね、ジョシュア。家の方でパーティを開くの。よかったら、貴方にも来てほしいんだけど…」
 最後の方はほとんど囁き声に近かったので、ジョシュアはえっと聞き返した。
「まあまあ、お誕生日ですって?おめでとう、アティルディア!」
 耳聡いシスター・アンジェラが、離れた場所にいたはずなのに、そう言って二人の会話に割り込んできた。
 ティルダが耳を真っ赤にさせた。
「あ、ありがとうございます、シスター・アンジェラ」
「ぜひ、伺わせてもらうわよ。ねぇ、ジョシュア」
 シスター・アンジェラが、ジョシュアの代わりに勝手に返答して、彼の方を見た。ジョシュアが、戸惑いながらもええと頷くと、それじゃあね、お二人さん、とそれだけを言って、シスター・アンジェラは二人の元を離れた。その時彼女はジョシュアにだけわかるようにウィンクした。彼には一瞬その意味がわからなかったが、シスターが、気を利かせてくれたのだと思い至った。自分だけなら、たぶん適当に理由をつけて、招待を断っていたかもしれなかった。
「来週の日曜日の夕方の六時からよ。プレゼントなんて何もいらないわ。服装も気にしないで。ただ来てくれたら、それだけでうれしいの」
 少女は、頬を赤らめて、早口でそれだけのことを言った。
 ジョシュアは少女の申し出に戸惑いつつも、半ばパーティに行く気になっている自分に驚いていた。 





                              *『空のない街』/第八話 に続く
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