ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 今井むつみ著 「学びとは何か―探究人になるために」 (岩波新書2016年3月)

2017年06月07日 | 書評
教育学・言語学・脳科学より、認知科学の視点から生きた知識創造を考える 第1回



 初めて今井むつみ氏の著作を読むので、まず今井氏のプロフィールをみてみよう。今井 むつみ(1957年生まれ)は、日本の心理学者で専門は言語発達、認知発達、言語心理学。1989年慶應義塾大学博士課程を卒業後、1994年ノースウエスタン大学心理学部にてPh.Dを取得した。現在は環境情報学部教授である。著書には「ことばの学習のパラドックス」(共立出版 1997 )、「ことばと思考」(岩波新書 2010)、「ことばの発達の謎を解く」(ちくまプリマー新書、2013)がある。慶応大学今井むつみ研究室のホームページに、今井氏の研究の関心事についてこう記されている。「研究を始めてからずっと言語の研究を続けています。人はどのように言語(母語)を学習しているのか。 その前提・基盤となる認知的能力は何なのか。そもそも人の心(脳)の中にある辞書はどのような性質のもので、どのような構造で語の意味が書き込まれ、それぞれの語のつながりはどのように表されているのか。言語を学ぶことによってわれわれの概念・思考はどのような影響を受けるのか。  私はこれらの問題に対し、乳幼児と大人の双方を研究対象にし、アメリカ、中国、ドイツなどの研究者チームを組んで発達・異言語比較の視点から取り組んでいます。 研究に用いるパラダイムは多岐にわたります。例えば赤ちゃんを対象にした研究では選好注視法、馴化・脱馴化法、馴化スイッチ法など赤ちゃんの視線、注意を利用した方法を用いています。今後は脳も使っていく予定です。 大人を対象にした研究では認知心理学の標準的なパラダイム(反応時間の測定や記憶、類似性の評価、ソーティングなど)の他、脳波の測定やfMRIを使ったイメージング手法なども使っています。 もうひとつの研究のコアになっているのは、人の学習の認知プロセスを明らかにし、教育へ応用することです。 「学び」という、人間の存在そのものに関わる重要な問題について認知心理学・認知科学は数多くの基礎的な知見を明らかにしています。それらの知見は直接的・間接的に「よりよい学びとは何か」、 「よりよく学ぶためにはどうしたらよいのか」を考える上で大きなヒントになるはずのものです。」 本書はこの著者の研究の応用として「学び」について総合的に論じています。本書は認知科学の視点から「学び」について述べる。認知科学とは人の心の動きとその背後にある仕組みを理解することを目的とした学問のことです。心はどこにあるかと問うてみると、ある人(文科系)は胸を指す、ある人(理科系)は頭を指す。どちらが正しいのかということではなく、こころは「綜合的」、「経験的」なのである。学校で私たちはいろいろなことを万出来た。そのとき「学ぶ」を「覚える」と置き換えて考えてる人も多い。認知科学では「学習」という言葉は非常に広い意味で使われている。運動、言語、数の数え方、数学・物理の学習、将棋・囲碁の学習、掃除、日常作業の学習、機械の使い方、楽器の演奏の仕方、スポーツ熟練練習など、頭の先から足の筋肉まですべての活動を必要とします。一番姑息な学習方法である「記憶」ひとつをとってしても、目で覚え、耳で覚え、声を出して復唱し、書いて手で覚え、五感を総動員して頭に焼き付けるものです。人は誰もが本来「自分で学ぶ力」を持っている。乳幼児から論理的・系統的に母国語を教える方法は存在しないと言って間違いない。文法や言葉の意味を親や先生から学んでいるわけではない。そもそも言語を知らない乳幼児に言葉を教えることは不可能である。子供が母国語を学習する時に発揮する能力は、まさに「自分で問題を発見し、考え、解決策を見つける」という「学習力」そのものであると著者はいう。そういう能力を備えているのが人間なのだといってもいい。あることを長い間続けていると、そのことに習熟し、熟達する。学習するということは熟達に向かう必須の過程である。特にスポーツや競技ごとになくてはならない過程である。筋肉や神経の発達、記憶による大局の直感的把握はこの熟達のことである。学びの仕組みを理解することで「より良い教育」を考える事が可能になる。何を学ぶかということは「知識とは何か」と同意味である。雑多な知識の貼り合わせは「生きた知識」ではない。「問題解決能力」といっても曖昧模糊としている。「良い学び」は学び手の目的によって異なる。学力テストの成績を上げるためという目的は本書の考察対象ではない。学びの目的はその人の価値観、興味の対象によってさまざまであろう。「よい学び」を実現するために良い方法を考え実践し続ける人を「学びの探求人」と呼ぼう。本書に関連する認知科学や言語論については、私は次の3冊の著書を挙げる。酒井邦嘉著 「言語と脳科学」(中公新書 2002年)、山鳥重著 「分かるとはどういうことかー認識の脳科学」(ちくま新書 2002年)、川島隆太・安達忠夫著 「脳と音読」(講談社現代新書 2004年)

(つづく)


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