ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文藝散歩  山口仲美著 「日本語の古典」 岩波新書

2011年08月10日 | 書評
日本文学の古典30作の言葉と表現の面白さ 第6回

6)「うつほ物語」-理想の男性を造型する
 10世紀末にできた「うつほ物語」は源氏物語に先立つ長編小説であったことは意外に知られていない。源氏物語はこの「うつほ物語」に影響を受けている事は明らかである。作者は極めて卑猥な発言からして男性であろうと思われる。作者(未詳)が描きたかったのは、琴という芸道の伝承を通じて主人公仲忠という男の理想像である。俊蔭とその娘、仲忠の3代にわたって中国秘伝の琴曲を伝え、誠実に中庸を得て生活する仲忠は権力闘争にいきる男性ではなく、学芸に秀でてそれを精神的支柱にして生きる高雅な人物のように描かれている。枕草子にも仲忠の品定めをやって、清少納言は仲忠を良しとしている。

7)「蜻蛉日記」ー告白日記を書かせたもの
 日記を読む楽しさは、人物の人柄が如実にさらけ出される点にある。物語の人物表現とは違ったリアリティがある。「蜻蛉日記」は10世紀末に成立し、作者は藤原道綱の母である。作者は藤原兼家の妻であり、兼家の子には藤原道長がいる。いわば藤原家でも権力の中枢を占める系譜であり、藤原兼家は相当権力欲の強い政治家であった思われる。作者はあまり身分の高くない受領階級の藤原倫寧の娘で、むろん兼家の正妻ではない。女にとって結婚はすべてであったのだが、兼家にとって多くの女の一人に過ぎないことから、道綱の母の悶々たる人生が始まる。結婚してすぐ夫兼家は別の女の元に通い始め、それに反発した道綱の母は兼家の仕立物(裁縫)を拒否し、夫のほうは派手に道綱の母の家の前を通過して別の女の家に行くなどと泥沼の意地の張り合いとなった。夫婦仲は最初から荒れていて「つれなし」、「つらし」、「憂し」という言葉が日記に連ねられている。作者の猛烈な妥協や諦めを知らない自己主張が見え、それはそれで近代的な女性の主張でもある。ここまで闘う女は敬意に値するようだ。


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