ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 渡辺将人著 「アメリカ政治の壁」 岩波新書 2016

2018年07月17日 | 書評
利益の民主政と理念の民主政のジレンマに、アメリカのリベラルに答えはあるのか 第2回

序(その2)

アメリカの政党は経済的な利害を横断して存在する「理念的」な価値観に支えられている。アメリカの政治イデオロギーに文化の要素が強いといえる。自分たちには明らかに利益になるはずの医療保険改革に反対した中間所得以下の労働者も多かった。「小さな政府」とは税金の少ない政府を歓迎する以外に、政府介入の拒絶意識という面が強い。自由史上主義の「リバタリアン」は、マリファナ合法化や銃規制反対を主張する。こういった政治状況を砂田一郎氏は「利益の民主政」、「理念の民主政」という図式で整理した。本書も基本的にこの図式の線上で議論される。共和党のテーゼである「理念の民主政」とは、大きな政府への不信感など自由主義理念に基づく主張を取り込んで、民衆の一部にその階層的利益に反した投票をさせ、本来の保守に加えて多数派を形成する手法である。「利益の民主政」は経済的利益を繁栄した政治であり、主に民主党で発展してきたものである。本書ではオバマにとって根源的な抵抗勢力である「リベラル政治」そのものに焦点を絞っている。民主党外においては共和党の保守派が敵であるとすると、党の内部にも共和党の「リベラル政治」が待ち受けている。「アメリカの憂鬱」とはトクビルだけではなく、民主党が抱える最大の「アメリカ政治の壁」である。筆者渡辺将人氏は「評伝バラク・オバマ」(集英社2009年)を書いたなかで、オバマのルーツをたどっている。父方ケニアの黒人は、母親片のハワイとインドネシアにアイデンテティを感じているようである。そしてアメリカ本土のシカゴのサウスサイドの黒人社会で仕事をするようになって、バイレンシャル(2つの人種が混じった人物)という多文化性を生きるようになった。しかしこのことは本土の政治では大統領になるには表に出して得なことではなく封印しておくことであったという。クリスチャンでなければならない社会において、ムスリムを疑われるだけでマイナスとなる。「非本土」のアイデンティティは大統領選では薄めなければならなかった。オバマは見方によっては「アメリカ的」ですらない。その多分化性はプラスであったり、異質な部外者として扱われるリスクも少なくない。2016年9月の日本の民進党党首選出選挙で、蓮舫氏の台湾との二重国籍問題が足を引っ張った。それと同じことである。表向きの議論にはなりにくいが、感情面での逆風が強かった。オバマはハワイの文化を強く受け継いでいる。それではアメリカ本土の文化的な規範「ポリティカル・コレクトネス」とは何だろう。それ自体が分裂し基盤を無くしつつあるのではないだろう。それを明らかにするのが本書の役割である。著者渡辺将人氏のプロフィールについて記す。

1975年東京都生まれ。
1998年 早稲田大学文学部英文科卒業(米政治思想)。
1999年 米国連邦議会ジャン・シャコウスキー下院議員事務所(外交担当立法調査・報道官補担当)。
2000年 シカゴ大学大学院国際関係論修士課程修了(MA, International Relations)。指導教員はブルース・カミングス。
2000年 ヒラリー・クリントン上院選挙事務所本部、米大統領選挙アル・ゴア=ジョー・リーバーマン陣営ニューヨーク支部アウトリーチ局(アジア系統括責任者)
2001年 テレビ東京に入社。「ワールドビジネスサテライト」ディレクター、報道局政治部記者(総理官邸、外務省、野党キャップ)、社会部記者(警察庁担当)
2008年 コロンビア大学ウェザーヘッド研究所フェローを経て、2010年までジョージ・ワシントン大学ガストン・シグール・センター客員研究員
2010年 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授。
2015年 早稲田大学大学院政治学研究科にて博士(政治学)学位取得。
主な著書には、『アメリカ政治の現場から』(文春新書、2001年) 『見えないアメリカ――保守とリベラルのあいだ』(講談社現代新書、2008年) 『現代アメリカ選挙の集票過程――アウトリーチ戦略と政治意識の変容』(日本評論社、2008年) 『オバマのアメリカ――大統領選挙と超大国のゆくえ』(幻冬舎新書、2008年) 『評伝 バラク・オバマ――「越境」する大統領』(集英社、2009年) 『分裂するアメリカ』(幻冬舎新書、2012年) 『現代アメリカ選挙の変貌――アウトリーチ・政党・デモクラシー』(名古屋大学出版会、2016年)などがある。

(つづく)


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