ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 中野晃一著 「右傾化する日本政治」 (岩波新書2015年7月)

2016年09月05日 | 書評
安倍政権の復古主義を、新自由主義の帰結として政治の右傾化と寡頭支配の中で捉える 第9回 最終回

3) 自由と民主の危機ー新右派連合の勝利 (その3)

 民主党の失敗をあげつらうことで、官僚と閣僚や政官財の癒着が大手を振って復権してきた。目を覆うばかりの腐敗が2014年総選挙圧勝後の自民党の現状である。新自由主義は単なる企業主義政策へ変質し、政財界の保守エリートによる寡占支配の実現による復古的国家主義の暴走、そして憲法、法制の安定を軽んじる、立憲主義下の競争的議会主義という戦後レジームが破壊された。選挙で勝てば少数のエリートは何でもできるという風潮が支配し、恐ろしい寡頭支配が確立されたかのようである。第2次安倍内閣のメディア戦略の指揮をとるのは、世耕弘成内閣官房副長官、飯島勲内閣官房参与、菅義偉内閣官房長官である。そしてフジサンケイグループ、読売新聞グループなどもメディアは政権応援団もしくは広報部に成り上っている。反対にNHKと朝日新聞を標的とする恫喝めいた圧力を加え続けた。そしてNHK会長に籾井勝人、経営委員に百田尚樹や長谷川三千子の右翼人事を行った。日銀に対して独立性を撤回させ、政府と連携してインフレ目標を2%に設定する黒田総裁をして、大規模量的金融緩和に乗り出し、円安・株高を仕掛けた。こうして株価の「官制相場」を演出した。この操作によりインフレ目標は未達成に終わったが、超独占企業と財界は実質賃金が低下する中、アベノミクスで潤った。残業代ゼロ法など「世界で一番企業が活躍しやすい国」に向けた法制整備が行われている。アベノミクスによって本当に経済は良くなったのかについては、服部茂幸著 「アベノミクスの終焉」(岩波新書 2014年)で検証された。2012年4月自民党が谷垣総裁の野党時代に「日本国憲法規制草案」なるものを発表している。野党の気楽さによるものか、これまでの憲法論議をポンと飛び越え、基本的人権の規定を削除し、緊急事態法条項を挿入している。立憲主義そのものをないがしろにした憲法改正のアプローチは実は極めて新自由主義の実体を赤裸々にしている。2013年国家安全保障会議の設置と特定機密保護法の制定に着手した。そして政府は維新の党とみんなの党との修正協議を行い強行採決で可決された。この法案の情報保全諮問会議の座長に読売新聞の渡邊氏が就任し、報道機関御代表が秘密情報保護法にお墨付きを与える恥ずべき役割を果たした。2014年7月1日安倍内閣は、世論を無視して集団的自衛権行使容認を憲法論議をすり抜けて閣議の仲良しチームで決定した。集団的自衛権行使容認の問題については、豊下楢彦・古関彰一著 「集団的自衛権と安全保障」(岩波新書 2014年)に詳しいので詳細は省略する。自立性を重んじる内閣法制局の慣例を破って外務?ン量の小松一郎氏を長官として送り込み、閣議決定に文句が出ない人事を先に行っていたのである。安保法制懇談会での議論は容認派だけを集めて極秘裏に進め5月中旬に報告書が提出された。対外的には集団的自衛権行使を含む、「積極的平和主義」(積極的に戦争をする平和主義という言語矛盾)を日本の新しい旗として掲げた。2015年春から始まった安保法制案国会審議には、憲法審査会の与党推薦を含めた参考人の3人の憲法学者全員が法案を違憲とした。国家安全保障会議、特定秘密法案、集団的自衛権のいずれにも共通する政治手法は、対米従属路線を徹底させ、国内では立憲主義の制約を外しても、首相とそのスタッフを中心とするごく少数の統治エリートだけで国家の安全保障にかかわる重大な意思決定を行うことである。党内討論さえ行っていない情報管制下で、国民の意見に全く耳を貸さない独善的なやり方である。「小さく産んで大きく育てる」曽木に、拡大解釈がいくらでも可能な曖昧な要件認定は秘密に包まれて重大時局に至る旧陸軍の独断専行路線(既成事実化)にそっくりである。アメリカのオバマ政権は歴史修正主義傾向が余りに強い安倍の動向に警告を発してきた。2013年12月靖国参拝では、中国・韓国の非難声明と同時にアメリカ大使館が「失望」を表明した。国内与党内では安倍の復古主義的暴走を止めることは困難であった。外務省らは、「慰安婦」を「性奴隷」と日本を非難した国連クマラスワミ報告書の修正を目指したロビー活動を行ってきた。アメリカ歴史学会は連名で「いかなる政府も歴史を検閲する権利はない」と書簡を公開した。オバマ大統領が2014年4月韓国を訪問し、慰安婦問題を「ひどく甚大な人権侵害」と日本政府に警告を発した。アメリカ議会調査局の年次報告は、TPPと安全保障で安倍を評価しつつ、安倍の「強い国家主義」に警戒を示した。21014年の安倍改造内閣で「女性活躍」を掲げた矢先に、安倍に近い高市早苗、山谷えり子、稲田朋美がネオナチや在特会系の幹部と記念写真を取った。これら極右活動家との親密な関係が疑われることを報道したのは東京新聞のみであった。閣僚の3/4以上が日本会議国会吟懇談会のメンバーという、歴史修正主義が主流化している事態に危機感を持たなければならない。安倍周辺では2016年アメリカ大統領選挙で共和党が政権奪取すれば、日本の歴史修正主義と国家主義は非難されなくなると見込んでいるようだ。

 民主党が再浮上できるか、かっての群立政党にように霧散するかは予断を許さないが、民主党やメディアを抑え込むことに成功した安倍は、少数支持でも多数派支配を作り国民を威圧する「選挙独裁」を建て、立憲主義が課す国家権力の制約さえ切り崩しつつある。新自由主義は経済至上主義のイデオロギーとして、グローバル企業の自由の最大化つまり寡占支配の強化を推進する企業主義に劣化しつつある。冷戦の終わりにより対共産主義の勝利に酔いしれた自由主義が、ライバル(牽制要因、鼓舞要因)を失い独善に走り、瞬く間に劣化していった。グローバル資本主義のメッカアメリカにおいて、自由主義経済の実態がグローバル資本による寡占支配と大多数大衆の貧困化にすぎないとみた大衆が2011年「ウオール街占拠運動」を巻き起こした。冷戦終了で自由・民主が勝利したのではなく、寡頭支配が勝利したのであった。2014年トマ・ピケティの格差資本主義批判が世界的ブームとなったのは記憶に新しい。しかし一方白人極右運動といえる「ティ-パーティ運動」が共和党に利用されることも懸念されている。日本の政治の右傾化も、①不平等や階層格差の拡大の是認、②個人尾自由の制限と国家による秩序管理強化、③軍事力による抑止力重視(積極的平和主義)、④歴史修正主義や排外主義の主流化(戦前への復古趣味) の特徴を持っている。なかでも貧困化、法人税率の軽減(25.5%)、所得税率軽減(40%)、労働組合組織率の低下(17.5%)、中間層の破壊と格差拡大、派遣労働の拡大と低賃金化はすさまじい勢いで社会を破壊した。集団的自衛権行使容認は日米安全保障の特別措置方式からの転換がはかられ、「国際平和支援法」の制定によって恒久法ベースで戦闘中の他国の後方支援のために自衛隊の海外派遣が可能となる事、また憲法が禁じていることを政府見解で裁量でできることになったことである。朝日新聞の従軍慰安婦証言取り消し問題以降、歴史修正主義キャンペーンは、あたかも従軍慰安婦問題は存在していなかったかのごとき論説の流布を行ったので、2014年10月日本の歴史学研究会はこれに抗議して「安倍首相を始め政府関係者からそうした宣伝がされていることは、憂慮に堪えない」という抗議声明を出した。また2015年5月歴史学関係16団体は「政治家やメディアに対し、過去の加害の事実及び新被害者と真摯に向かい合うことを求める」声明を公表した。加害の事実を認めることは「被虐的歴史観」と言ってこれを排撃し、何もなかったように昔と同じ過ちを繰り返そうとする態度が政府首脳に満ちている。こうした靖国史観が海外の賛同を得られる可能性は皆無である。オルタナティヴとして育った民主党の崩壊は、政治バランスを失い、首相官邸に集中した巨大な権力だけが抑制のきかない形で新右派統治エリートの手に残り、今それが憲法の保障する個人の自由や権利を平気で蝕む反自由の政治に転化している。その度はずれな歴史修正主義で日本の国際的孤立化を招いている。オルタナティヴとしての民主党の失敗については、山口二郎著 「政権交代とは何だったのか」 (岩波新書 2012年1月)に民主党のブレーンであった山口氏の反省の辞が述べられている。本書でも中野晃一氏は民主党の抵抗勢力として①官僚機構、②検察権力、③マスコミ、④財界、⑤アメリカを挙げている。それなりに説得力がある

(完)