ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

環境書評 井田徹治著 「生物多様性とは何か」 岩波新書

2010年07月22日 | 書評
地球上の生物の多様性を失うことは人類の生存の危機 第2回

 生物多様性の一角が壊れると、どのような変異が現れるか、そしてその生物種が果たしてきた役割りの重要性は失って始めてわかるという類の話が多い。例えばインドのケオラデオ国立公園のベンガルハゲワシに異変が起こり、2003年に公園内でベンガルハゲワシの絶滅が確認された。ハゲワシは牛などの家畜の死体を食べていたが、動物用の医薬品ジクロフェナクによってハゲワシが内臓障害を起こして死ぬことがわかった。自然の清掃人であるハゲワシの数が減ると、野犬や鼠の数が増え、インドでは狂犬病が大量発生したそうだ。ただこの手の話は「風が吹いたら桶屋が儲かる」式の曖昧な因果関係の糸で構成されているので、真実かどうかはわからないことを一応頭の片隅においておく必要はある。最近都会の雀の数がめっきり減ったという話をNHKのテレビで放映していた。中国で1955年ごろ「四害追放運動」(雀、ネズミ、ハエ、蚊)があった。農作物に被害を与える雀は稲刈り時の嫌われ者であった。日本の童話「舌切り雀」もその一環の話であるが、1年間で11億羽以上も殺した結果、農産物の虫害に悩まされ全国的な大減収となったそうである。研究者の話では1羽のシジュウガラは1年間に12万匹の虫を食べるという。虫害を防ぐために農薬を散布する費用はハンパではない。「天使の分け前」を雀に与えるくらいの心のゆとりがないと、このような「1銭を儲けて、100銭を失う」事になりかねない。(どうですよくできた話でしょう) 2006年ごろカルフォニアのアーモンド農業がミツバチの大量死「蜂群崩壊症候群CCD」によって大打撃を被ったというニュースが有名になった。アメリカでは果実の受粉期にはミツバチの貸し出しというサービスがあるそうだ。アメリカではミツバチに依存する農作物の総生産額は160億ドル、ミツバチ以外の受粉生物による農業の恩恵は400-700億ドルといわれている。受粉による農作物の生産を通じて人類は年間20兆円の利益を上げている。

 中南米ではランの種から発酵させて作るバニラを生産するために、ハリナシミツバチの存在が欠かせない。ところが欧州やマダガスカルではこのハチがいないため、すべて手作業で受粉させているそうだ。もし受粉生物は何らかの理由で死滅すると、その生物に受粉を頼っている植物も絶滅し、やがてその植物を食物とする動物も死に絶えるという局部的な生態系の「絶滅のドミノ倒し」が起きるのだ。人為的なミツバチによる受粉よりも、自然界の複数の天然ミツバチ群に受粉を任せた方が有効であると云う研究もある。なぜなら特定のミツバチ群が減少しても他のミツバチ群ががんばってくれるからだ。それには農薬を使わない有機農法を行なうことが基本である。それとハチ群の生態圏が違うと、花粉の遺伝的多様性が高まり、病虫害にも強くなるという1石2鳥という付録までつくそうだ。2002年スミソニアン熱帯研究所ではコーヒー畑で実験をして収量が50%増加した事を発表した。人間が栽培している農作物1500種のうち、約30-70%が動物の受粉に頼っているが、その受粉生物(昆虫が多い)が農薬など化学物質によって世界各国で減少していることが問題なのだ。
(つづく)

読書ノート 宮本太郎著 「生活保障ー排除しない社会へ」 岩波新書

2010年07月22日 | 書評
雇用と結び付ける「生活保障」政策 第5回

2)日本型生活保障の解体 (1)

 日本型生活保障の特徴とは、
①GDPあたりの社会保障への支出は少ないほうであった。2005年では18.6%と、西欧諸国の水準である25%には及ばなかった。
②社会保障にかわる雇用の実質的保障によって格差は相対的に抑えられていた。
③高齢者の社会保障が中心であって、年金、遺族、高齢者医療に集中していた。逆に現役世代への支援たとえば積極的労働市場政策支出はGDP比0.3%とOECD平均の約半分に過ぎなかった。
④家計補完型で低賃金の非正規労働(主婦のパートなど)が多かったため、日本の非正規労働市場の低賃金構造が基底にあった。
⑤企業や業界毎に仕切られた生活保障が出来上がった。そこへ官庁や政治などの庇護や援助が入った。
 20世紀型の福祉国家の仕組みは男性稼ぎ主の雇用と安定した家族に依存する側面が強かった。稼ぎ手の男性の病気、失業、定年など、女性の出産、子育てなどのリスクに対応するのが20世紀型福祉国家であった。これは日本が追いつき型の近代化のため、社会保障より経済成長に直結する雇用保障に力点があったためである。
(つづく)


読書ノート 東野治之著 「鑑真」 岩波新書

2010年07月22日 | 書評
鑑真が日本にもたらしたもの、日本で根付かなかったもの 第10回

4)唐招提寺 (2)

 では唐招提寺で学ぶ戒律について考えてゆこう。戒律とは仏陀の教えではなく、独立した僧団を運営して行くためのものであった。実践してまなび集団生活の中で身につける訓練である。「四分律」は受戒後5年間の研修を義務づけている。ところが当時の日本では正式な具足戒さえなく、このような研修が行われているはずもなかった。唐招提寺が始めてその研修の場となった。しかし詔勅では「戒律を学ばんと欲するものは、皆属して学ばしめよ」となっており、希望者だけでいいことになる。まことに見事な日本的骨抜きである。唐招提寺の本尊は盧舎那仏であることから、東大寺の配置を習って建立したものと考えられる。東大寺にあって唐招提寺にないものは、西塔、南中門だけであり、唐招提寺は省略し小さくした東大寺といってもよい。唐招提寺にとって、戒壇で行う授戒は眼目というものではなく、僧の集団生活の場が絶対的必要なのであって、規律を守れなかった僧に対する合議制裁判の場としての戒壇が必要であったというべきであろう。授戒は東大寺の専有事項で、引退した鑑真には僧の教育だけが任されたというべきだろう。鑑真は763年5月6日76歳で生涯を閉じる。鑑真は思託に遺言をして、生前に像を作り、御影堂を設けて像を安置せよといったというが、どうもうそ臭い後日の作り話であろう。この肖像が、国宝「鑑真和上像」である。乾漆作りの写実的な表現である。肖像彫刻の傑作であろうことは論を待たない。
(続く)

月次自作漢詩 「夜熱汗垂」

2010年07月22日 | 漢詩・自由詩
江上空雷午熱同     江上空雷 午熱に同じく

夏氷慰渇小室中     夏氷渇を慰す 小室の中

流垂白汗披襟處     流れ垂る白汗 襟を披く處 
   
涼意能揺一扇風     涼意能く揺す 一扇の風

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(韻:一東 七言絶句仄起式  平音は○、仄音は●、韻は◎)
(平仄規則は2・4不同、2・6対、1・3・5不論、4字目孤平不許、下三連不許、同字相侵)