つれづれ

名古屋市内の画廊・佐橋美術店のブログ

大野俶嵩

2018年09月19日 | 大野俶嵩

 

絹谷幸二さんのお作品のご紹介の後に、この作品をご紹介させて頂くというところにも、ブログを書かせて頂く楽しみがあります。

お客様のリクエストにお応えして、この画家の作品を扱わせていただくようになったのは、まだほんの数年前のことです。

 

京都の日本画家、大野俶嵩 オオノヒデタカ (大正11年~平成14年)。

大野は京都市立美術工芸学校日本画科在学中より、須田国太郎の指導を受け、その後、星野眞吾らと革新的な日本画運動を続けます。

麻袋を画面に張り付けた「ドンゴロス」の連作など、異質のメディアを日本画に持ち込む挑戦を続け、アメリカなどで評価を受けますが

1971年頃から、主に花をモチーフに極めて精緻な南宋院体画風へと大きく転回、精神的世界、仏性をたたえる作品を多く制作しました。

私共が時々扱わせて頂く、中野弘彦さんと同じ香りをもつ大変静謐な作品群とお伝えすればお分かりになりやすいでしょうか。

リクエスト頂いたお客様には、少し前に侘助の作品をお納めし、私共にとって2点目の大野作品はこの斑入りの八重椿「絞りの椿」となりました。

中野弘彦と同じように、お値段もずい分とお安くなってしまっている日本画作品ですが、その芸術的価値を認め、これからも少しづつ大野作品を集めてみようと思っています。

椿のお花の時期にはまだ少し早いので、次回10月末からの無眼界展に飾らせて頂きます。

実作品の幽玄さを是非お楽しみくださいませ。

 

 

大野俶嵩  「絞りの椿」 紙本・彩色 33×31.5㎝ 共シール 

 

 

 

 

 

 

 

大野俶嵩略歴

1922年、京都市に生まれる。*本名・秀隆。

1941年、京都市立美術工芸学校日本画科卒業。第2回国彩会展で国彩会賞受賞。

1943年、京都市立絵画専門学校日本画科卒業。1947年、第3回日展に入選。

1949年、第1回パンリアル展に出品、三上誠、星野眞吾らとパンリアル美術協会を結成。*以後出品を重ねる。58年退会。

1956年、第8回京都美術懇話会展。

1957年、アジア・アフリカ美術展でコプト織りを見て感銘を受ける。*これを契機にドンゴロスを用いた作品を制作、翌年第16回パンリアル展に出品。

1958年、ピッツバーグ国際現代絵画彫刻展(カーネギー・インスティチュート)。*61年も同展に出品。

1960年、日本画の新世代(国立近代美術館)。1964年、日本現代絵画展(コーコラン美術館、他)。

1970年、京都市立芸術大学美術学部助教授。*74年教授、87年名誉教授。

1973年、戦後日本美術の展開-抽象表現の多様化(東京国立近代美術館)。

1983年、京都市文化功労者。1986年、戦後日本画の一断面-模索と葛藤(山口県立美術館)。

1987年、日本画の4人展-大野俶嵩・下村良之介・星野眞吾・三上誠(和歌山県立近代美術館)。

1989年、京都府文化功労者受賞。個展(O美術館)。

1996年、日本の美術-よみがえる1964年(東京都現代美術館)。

1998年、戦後日本画の革新運動-パンリアル創世紀展(西宮市大谷記念美術館)。

2001年、京都府文化賞特別功労賞受賞。【『刈谷市美術館収蔵作品目録』(発行:2013年3月)より】

2002年、逝去 享年80歳

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絹谷幸二 0号 黄金日月潮音富士

2018年09月18日 | 絹谷幸二

残暑を忘れかけていたところに、また暑さがぶり返して参りました。

連休明けには、なかなか辛いお暑さですね。

皆様はどのようにお過ごしでいらっしゃいましょうか?



この2日間の連休も、私達は自宅の片付けに明け暮れました。

そういえば、、一緒に暮らした30年間に父母は粗大ゴミという物を出したことがなかった気がします。

戦争を体験した人達は、身の回りに物を“溢れるほど”置いておくことが幸せ、安心だったのかもしれません。

それにしても、「もう少し片付けて置いてくれれば、、」そう思ってしまいます。

20年も経たないうちに、今度はきっと自分達が子供の世代に言われてしまうフレーズですね。

 

 



 



さて、以前私どもがお納めさせていただきました絹谷幸二作品を先日お客様にお譲り頂きました。

 

 

 

0号  キャンバス フレスコ  「黄金日月潮音富士」


物故作家の作品を多く扱わせて頂きます当店ですが、だからこそ、現在ご活躍中の先生がたの作品選びに

当店らしさが現れるということがあると思っています。


もちろん、お客様のご注文がある場合はその作品の出来の良いもの、

状態の良い物を探して参りますが、「素地の力」といいましょうか・・

 

絹谷作品は、特にご商売や経営をされていらっしゃるお客様には、「元気を頂ける」とご好評いただいています。

けれど「芸術は爆発だ」とばかりに勢いばかりのある作品が本当に「元気をくれる」作品であるのか?はわかりません。

その中に、先日ご紹介致しました高村光太郎のいう キラッと輝く芸術性や品格がなければ、真の元気は頂けないと思うのです。

それは、芸大を出ているとか、出ていないとかの問題でなく、やはり人間として何をどれだけ求めているか?の違いだろうと感じます。


例えば織田宏喜が「織田宏喜」を模索していた時代、

島田章三が「島田章三」を模索していた時代、

そして絹谷さんが「絹谷幸二を模索していた時代」の作品に、興味が湧きます。


模索し、1つの頂上に着き、それからまた御舟のいうところの梯子を降りる作業を続けていらっしゃる画家さんこそ一流でいらっしゃるのではないでしょうか。

その長い画業の1つ1つの頂点の時代の作品の中で、更に濃密な時間をかけ、丁寧に描かれた作品、バランスが良く、その画家の本質がよく表れている作品。

私達はそういった作品を見分ける力を得たいといつも願い、勉強をして参りたいと思っています。


絹谷流フレスコ画の魅力に溢れ、画品と情熱を感じさせる作品。

次にこの作品をお持ちくださるお客様にバトンタッチをさせて頂くまで、当店にしばらく飾らせて頂こうと思っています。

 













 

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安田靫彦 書 「怡顔」

2018年09月15日 | 【書】

名古屋は雨の一日となりました。

経理作業も最終段階までやってきました。

昨年から確定申告を会計士の先生にお願いさせていただたので、緊張もなく過ごさせて頂いています。



パソコンに向かう合間合間に本棚から画集や図録を抜いて見ています。

今日は、2007年にミホミュージアムさんでに開催された

開館10周年記念  中国・山東省の仏像 ー飛鳥仏の面影ーを 楽しませて頂いています。


この展覧会には伺っていません。見ておけばよかった。。と残念に思うほど美しい仏像が並んでいます。

 

 






釈迦三尊像 北魏時代 天平3年(536年) 石灰石 彩色 青洲市博物館蔵

 

 

 

 

 

 








菩薩半跏思惟像 北斉時代 石灰石 彩色 金箔 青洲市博物館

 




インドに生まれた仏教はシルクロードから長安、洛陽に伝わり、3〜4世紀頃山東省に伝来してきたと考えられているようです。

この展覧会で紹介された仏像は北魏、東魏、北斉、随に渡る4〜7世紀初頭までの山東省の仏像に焦点をあて開催されたものです。

仏像は、原始に近い作品ほど人間味があり、崇高であるように感じています。

人の目に選び抜かれながら、あるいは深い土の静けさのなかで、長い年月を生き延びてきたものの「美」が

ここに宿っているからだと思えます。

 

 

 

 

以前にもご紹介させて頂いたかと思います。青牛居、安田靫彦さんの庵のお名前、靫彦さんの書 「いがん」です。

怡=イ は よろこぶ 心穏やかに和む という意味

顔はお顔のことですので、喜びにあふれるお顔、穏やかな微笑み、まさにアルカイックスマイルのことを指している

ように思えます。歴史画を学んだ靫彦さんらしく陶淵明の詩から抜粋された言葉のようです。

 

どんな時も穏やかに、微笑んで。

きっとそれが幸せの一番近くに居られる方法、真の美しさに近づく方法なのだと思えます。

今日もイライラしてしまったけれど。。今日も食べすぎてしまったけれど。。です。

 




 

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青木繁 「海の幸」に思うこと

2018年09月14日 | お客様よりのお便り

「パソコン等の画面からも出来る限り遠ざかって居りましたが、佐橋様の貴ブログは
愉しく拝見させて戴いて居りました。随分と勉強もさせて戴いて居ります。
特に、先日の長谷川利行の画に関する一見識、心を突かれた気が致しました。」



先回ご紹介させて頂いたお客様から頂いたメールです。


人間というのはとても勝手です。
頂いたメールの中に、自分にとって都合の良いこと、はっとさせて頂いたことをだけを見つけ、それをすぐに記憶に留めます。

当店のブログの長谷川利行の記事について触れてくださったことがとても嬉しくて、私は自分の書いたblogを早速読み直そうとしました。

けれど「あれ?ない。。」


「あぁ、そういえば」と思い出しました。


「利行、再び」というタイトルで記事を書かせて頂いたのはつい最近のことです。

一生懸命に、感じ、考え、夜もほとんど寝ずに、勢い混んで書いた文だったのですが、
そして冷静さが失われていないか?佐橋にも予め読んでもらい、アップさせていただいたのですが。。

数日後、自分の中に 混乱が起きました。

利行作品を店で売りながら、利行作品を気安く買うな!と偉そうに、、あなたは何さま?

自分の記事を読んでとても恥ずかしくなってしまったのです。

そうなると、私はもう止まりません。

さっさと記事を削除してしまいました。



そして、お恥ずかしいことに今度は、削除したことも忘れ、また自分の記事を読み直そうとしていたのです。




先日立ち寄ってくださった後輩のKさんもあの記事を「とても良かった」と言ってくださいました。
私が削除してしまったことをお伝えすると笑って、「勿体無い」とおっしゃてくださいました。


「佐橋さんのブログは美術品を売るとか買うとかを超えているところが良い」と皆様に言っていただくことがあります。とてもとても嬉しく思いますが、


でも、やっぱり売りたいし、買いたいし、、、
それはもうずっと変わりません。



時々その葛藤が文章に表れてしまうことがあり、
そしてその私の葛藤はお客様にはお分かりいただけないことだと思ってしまっていました。

記事を削除したのは、わかっていただけないだろう。。そんな虚しさからのことです。



萬人にわかるはずのない、私だけの尊い美意識 ⇄ 誰かに認めて貰いたい、私だけの孤独な美意識

人間はいつも、この狭間に生きているように思います。

その自分の悲しさと業の強さのようなものを十分わかっていないと、美術品に触れて磨かれてゆくべき魂は思わぬ方向に傾き、自分や大切な人達をも傷つける ようになってしまう

そのような事を削除した記事に書かせていただいたのだろうと思い出しています。






上にご紹介したお客様からのメール、またご披露頂いた御舟の書簡に溢れる画家としての芸術観、後輩の来店、その後のメールの交換を通して気づかさせて頂いたことが有りました。

「もしかしたら、私のそうした生活、葛藤のようなものもお感じくださった上で、皆さまはこのブログをお読みくださっているのかもしれない」そう思えました。






青木繁 「海の幸」

この頃佐橋は「僕たちは家族やお客様方ととこうして生きて行くのだね」と言います。




この道を生きてゆくしかないのなら、それぞれの荷物や獲物を引きづりながら、
私達は、同じ方向を向いてとぼとぼと一緒に歩いて参りましょう。

引きづる荷物と獲物は、魚でなくて、お金でしょうか?絵画でしょうか?はたまた美しい女性でしょうか?利行のようにノミ、シラミばかりでしょうか??

一人よそ見をしてこちらを見ているのが、ブログを書く私?良い絵はないかと探す佐橋?

とにかく、これからも皆さまと、前へ進んで参りたいと存じます。




今日もブログをお読みくださりありがとうございます。心より感謝申し上げます。





















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床の間

2018年09月12日 | 今日の佐橋美術店




珍しく応接間の床の間の写真が撮れました。

いつもは照明の都合でなかなか撮影出来ずにおりました。

冨田渓仙の清水寺を飾らせて頂いています。



現在も、今迄の二軒の店でも本床を構えた事はありません。

予算や面積の問題も有りますが、ほとんどのお客様のお宅が床の間をお持ちで無くなった事が1番の理由です。




一軒目の店では、組立て式の家具を使い、置き床として空間を作りました。(お茶碗を飾っている台です)




(こんなに小さな店から始めました笑笑)



二軒目の店では、佐橋の母の実家の竹屋さんに行き、ススダケを分けて頂いて幕板のかわりにしました。
床板は、1軒目で使った家具の木板をそのまま置きました。




そして、今の店でやっと踏み込みを作る事が出来ました。土壁を設え、ススダケの幕板を再利用しました。





けれど、肝心の床柱は有りません。また、高さがないのでお軸の長ものはかけられません。


この頃ではホームページなどから、遠方のお客様がお軸をお求めくださる事が多くなりました。

きっとお床をお持ちなのだろうと羨ましく、また嬉しく作品をお納めさせて頂いています。





店を持つと決めた時から、まだ元気だった大工の父に床の間について色々教えて貰いました。

お床の造作に、どんな大工を、何日雇って好きなように仕事をさせるか、、
そこに施主さんの個性、心意気があらわれたと言っていました。

お床は、昔は偉い方の寝床、居場所としてあったが、今は、訪れてくれる人への気持ちをその家の僅かな空間に表現する為の場所であるということ。



どんなに省略をしても良い、洋間でも良い、小さな箪笥の上でも良い、何も無い空間を作り、花をかざり、そこに住む家族やお客様への敬いの心を表す事が大事であると教えてくれました。



今はお客様をお迎えする小さな床の間を作れましたので、1軒目と2軒目で活躍してくれた組み立て式の家具の置床は




↑この窓際のカウンターとし



↑洗面所の黒い飾り台として使わせて頂いています。



そして、あの小さな店からお通いくださるお客様、新しくお通いくださるお客様方に変わらぬ敬いの気持ちを持ち続けたいと願っています。













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お便り

2018年09月11日 | お客様よりのお便り
週末にはまたとても嬉しいメールをお客様より頂戴致しました。

しばらくお便りをさせていただいておりませんでしたので、私から投函や送信をさせていただくと目の不調でお苦しみの中、丁寧なお返事をお送りくださいました。

以前にもご紹介させていただいたかと存じますが、このお客様は主に画家の書簡をお集めになられていらっしゃるコレクターさまで、そのご見識も広く、それでいらして大変謙虚なお方で、いつもとてもお優しい内容の、そして大変美しい文章のお返事をお送りくださいます。


また、私の無理なリクエストに応えて、ご所有のお作品、各作家の書簡をメールでお見せくださいます。


以前、村上華岳の小さな素描と書簡をお見せくださった際にも「あぁ、華岳の文字だ!あぁこんな小さな挿絵にも華岳が生きている‼︎」ととても感動致しました。

感動という意味では、例えば何千万もする華岳の仏画を鑑賞すれば自ずと深い感動を味わうことができるだろうと思うのですが、

この書簡を拝見した場合の感動は、またこれとは違った種類のもので、どういうわけか、後から後からジワジワと心に沁みてくる。。いえ、違いますね。。後から後から心から湧いてくる感動とお伝えしたほうがいいのかもしれません。。そういった感動が、はじめの感動と少しづつ違って現れてくるのです。


「温かいもの」をお腹に抱えていられる喜び。

目に焼き付いた、例えば華岳の文字が頭からもう離れず、事あるごとにお守りにように幾度も私を救ってくれます。




このお客様は、今回速水御舟の書簡を私にご披露くださいました。

画家中島菜刀に宛てたお手紙です。

この画家の作品に触れ、作品を評価、御舟独特の情熱を込めて、この画家に頑張って欲しいと励ましの言葉を重ねています。

その中に、今の私にとても響く言葉を見つけさせていただきましたので、ここに抜粋させて頂きます。


「善き芸術を生む人はよく自己の生活を噛みしめて居る人に多い様です。

自己を発表することより自己を見つめることが多いときは、本当の力が生るると存じ、またこの「鶏園の図」(中島菜刀の作品)には少しでも貴君だけが知って居る、亦は感じているといふ事が含まれている、これが大きな価値ではないでせうか」


御舟らしいストレートな言葉、しかも31、2歳の若さでありながら芸術の本質を既に感得していたのだということに驚きを覚えます。





このお客様に頂いたメールの内容の続きもまた後日ご紹介させて頂きたいと存じます。



※ お客様ご所有のお作品につき、作品画像を省略し掲載させて頂きました。

ご覧になりにくいかと存じますが、ほんの少し御舟の文字の趣を皆様にもお楽しみいただきたく存じます。

ご所蔵先のお客様、このような掲載をさせて頂きますことどうぞお許しくださいませ。

1週間ほどで画像を削除させていただきます。









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メール交換

2018年09月10日 | お客様よりのお便り

 

 

 

土曜日に、佐橋と私が昔勤めさせていただいていた画廊の後輩が、ふと遊びにいらしてくださいました。

私達より20歳もお若い彼は、今は別のお仕事をされていますが、だからこそ、純粋に益々美術品を愛する生活を大切にしてくださっています。


特に室町や、古い日本美術を好んでお集めですが、本当に「忘れた頃に」或いは「どうしていらっしゃるかしら?」と思う頃に店に現れてくれる楽しい、また頼もしい後輩です。

先日の豊橋市美術館さんの岸田劉生展でご覧になった三岸好太郎の風景画に感動され、感動をそのままに当店のブログつれづれの中に好太郎の「パピエコレ」をお見つけくださり、今回実物をご覧にいらしてくださったそうです。

碧南市の長谷川利行展が素晴らしかったこと、高山辰雄の画家となり。。など本当に沢山のことを3人でお話し、最後には最近ピアノの演奏を再開したということもお聞きしましたので、私がこの頃毎朝ピアノの演奏を聴いていること、オススメのピアニストがいたら是非教えて欲しいことなどお伝えしました。



早速、後輩の Kさんが私達にメールをお送りくださったので、ご許可を得て皆さまにそのメールをお読みいただこうと存じます。

お若いコレクター様らしいメールを清々しい気持ちで読ませていただき、私もお返事を書かせていただきました。







今日は長いことお邪魔いたしました。
久し振りでしたので、ついつい話し込んでしまいましたが、お二人ともお変わりなく、楽しいひと時をありがとうございました。


さて三岸好太郎と長谷川利行。
三岸のコラージュは、私にとってすごく分かりやすい作品。
頭の体操のようなものだけれど、確かに三岸を感じさせる。
利行は色彩が美しく、それでいてしっかりとまとまりのある作品。
変な例えですが、家の部屋に飾るのみならず、旅行に一緒に連れて行きたくなるような、そんな感じの作品。


高山辰雄の水彩は伏兵ですが、高山らしくない感じが面白く、作品そのものは捉えどころのない美しさで溢れています。


良いものを見ると、欲しくて頭が火照りますが、その熱が引いた時、これらの印象がどう変わるのか、はたまた変わらないのか、

ある意味楽しみです。

チェンバロの演奏会、楽しみが一つ増えました。
音楽の話題となったところで、私はマレイ・ペライアというピアニストをおすすめ致します。
まだ70才程でご存命ですが、音の美しさに定評があり類い稀なバランス感覚の持ち主で、私も生で聴きたいと思っているピアニストの一人です。今年の3月に公演予定があったのですが、体調を崩されてキャンセルとなってしまいました。また来日されることを願っております。





私達もとても楽しく過ごさせていただきました。

三岸も、高山もご感想の通りだと思いますが、あの利行を旅行にも連れて行きたいと書いてくださったことには少し驚きました。私には、その感覚がありません。けれど、それこそKさんの利行への思い、共感なのだと嬉しく読ませていただきました。

ご感想をありがとうございました。

私達が作品を欲しいとお思いくださるお客様にして差し上げらることは、例えばお値段を考慮すること、分割のお支払いをお受けすること、そして納品の時を迎えるまでに、その作品への思いを深め、美しさに磨きをかけておくことしかありません。

ここからは、Kさんご自身の自己表現の世界。孤独と苦悩を味わいながら、コレクションのご選択を
どうぞ自由にお楽しみください。

ネット上で早速、マレイ・ペライアさんのピアノを聞きました。
素晴らしいと思えました。バッハがいいと思えました。
クラッシック初心者の私は、外食に食べログを頼りにするように、現代ピアニストベスト20というサイトをお持ちのかたのページに従い、いまピアノを聞くようにしていますが、ちょうど最近ベスト5までを聞き終えたところで、次のベスト6に挙げられているマレイ・ペライアさんを貴方にもおススメ頂いたということになりました。


しばらく聞いてみてまた感想をお知らせ致しますね。
また時々、音楽のこともお教えください。




御返信ありがとうございます。
ブログの件、楽しみにしております。

利行に関する思いは、私自身も初めてあのように感じたので、少しイレギュラーかもしれません。ただ単純にいつもと違う空間や環境の中で、あの絵を見たときにどのように感じるのか知りたいだけなのかもしれません。あるいはもっと違う意味があるのかもしれませんが、自分でもまだ整理できていないところがあります。。


ペライアがバッハに打ち込んだのは、指を怪我して3年ほどピアノを弾けない時期のことです。弾けないという辛い環境の中で研究を重ねました。無事手術が成功し復帰できたのですが、それ以降から一挙に演奏の深みが増した気がします。私もフランス組曲やパルティータを愛聴してます。気に入っていただいて何よりです。

 

 

 

 

 

この頃、芸術を楽しむということはつくづく孤独な作業だと思え、辛くなってしまうことがあります。

後輩のKさんとのメール交換は、そんな私に一つのヒントを与えてくれたように思います。

それはまた少しづつブログに書かせて頂こうと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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重陽の節句

2018年09月10日 | 日記・エッセイ・コラム

 

「貴店のブログに刺激を受けて、初めて重陽の節句に菊の花を飾ってみました」

とお客さまよりメールを頂戴致しました。

旧暦と新暦のズレがあり、又今年はとても暑かったので、お花屋さんに伺っても

なかなか綺麗な菊に出会えませんでしたが、こちらはとても生き生きとた黄色の小菊ですね。

これから順にお花が咲いて、きっとお部屋が明るく、清らかになられますでしょうね。素敵なメールを送って頂き、とても嬉しく読ませていただきました。

誠にありがとう存じます。

 

 

 

 

 

 

 私も、お客様からのメールに刺激を頂いて、お雛様を出してみました。

 

重陽祭には、昔は虫ぼしも兼ね、お雛様を出して飾り「大人のひな祭り」を

楽しんだそうです。

流石に春の晴れやかなお雛様は飾れず、妹が昔プレゼントしてくれた陶器のお人形を選びました。

 

優しい色合いです。

 

春に、やっとしまったお雛様を、秋にまた出して飾る勇気はなかなか持てませんね。

昔の方たちの時間の過ごし方、季節の迎え方に、生き方を学びます。

その精神に近付く為には、やはり断捨離が1番の早道だとは想像していますが、、これがなかなか現代人には至難の技なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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重陽の節句

2018年09月06日 | 今日の佐橋美術店





昨年もご紹介致しました梶田半古のお軸「菊慈童」をギャラリーに飾らせていただきました。



今日もお客様と楽しくお話させて頂いて、お見送りをしようと外に出ると、まだ夕方の5時台だというのにあたりが暗くなり、店の灯りが綺麗に見えましたので、タブレットで写真を撮ってみました。








ショウウインドウに山口薫の柿、島田章三のガラス絵を2点を飾らせていただいています。




エントランスの草間弥生のアクリル画は、少し色が跳ねていますね。
高山の水彩がこれに負けていないことにびっくりしています。





9月9日、重陽のお節句には小さな菊のお花を飾らせていただき、この時期に重なると言われる陽の気、邪気を少しでも払えるようお祈りをしたいと思います。



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音楽コンサートのご案内

2018年09月06日 | 舞台




昨年もご紹介させて頂きましたチェンバロの演奏会が今年も開かれます。

秋らしく、古楽演奏をお楽しみいただけるのではないかと思い、ご紹介いたします。





10月20日 土曜日 午後 1時半 開演 名古屋市東区 文化の道 百花百草 前売券 3000円

9月21日 金曜日 午前11時半 開演 名古屋市中区 宗次ホール 全席自由 1000円(演奏約1時間)


お問い合わせ 上羽さん 0529517875 agehatch@gmail.com

佐橋美術店 0529384567
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