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トルコ市民救出の救援機がガザに向かう

2014年07月13日 | 国際
7月13日 イスラエルのパレスチナ爆撃は終わりそうもないため、トルコ外務省はガザを脱出したいトルコ市民のために救援機を送ることになりました。

 Sabah

土曜、トルコ外務省はパレスチナにいるトルコ国民にウエブサイトで、テルアビブの大使館か、エルサレムの領事館に連絡を取るよう呼びかけました。
ガザには、NGOで働いている人や、パレスチナ人と結婚している人など、120人のトルコ人がいます。

イスラエル軍のガザ攻撃はつづき、死傷者数は増しています。火曜日以来、イスラエルの攻撃で121人のパレスチナ人が死亡し、904人が負傷しています。


イスタンブルのゼイティンブルヌでガス爆発
 
イスタンブルのゼイティンブルヌでガス爆発が起こりましたが、妊婦さんが2階のバルコニーから飛びおりて無事でした。近所の人たちが支えているシートの上に飛びおりたのです。
イスタンブルのヒュセイン・アヴニ・ムトゥル知事は、「土曜、ゼイティンブルヌの4階建ての建物の1階で起こったガス爆発は、家庭用ガスが原因で、テロとはまったく関係ありません」と言いました。

 Sabah

「負傷者8人、1人が重傷で病院に運ばれた」とムトゥル知事。消防が建物をチェックし、調査は続行中です。
公共ガス供給社IGDASは、爆発が起こった地区に天然ガスは敷設されていないから、“ガス圧縮”が原因のはずはないと言っています。

金曜には、南西部のデニズリ市のパン屋でガス爆発が起こり、1人が死亡、36人が負傷しました。2008年には、ゼイティンブルヌの無免許花火工場で同様な爆発が起こり、21人が死亡しています。


エディルネの歴史的宮殿がまもなく公開される

 エディルネ県西部、トゥンジャ川の畔に立つエディルネ宮殿は、現在修復中ですが、まもなく公開されるでしょう。オスマン時代、征服王メフメット2世や壮麗王シュレイマン大帝も住んだ由緒ある宮殿です。
 
 Hurriyet

1361年、オスマン帝国がエディルネを征服したとき、スルタンは、いまセリミエ・モスクが立つ辺りに宮殿を建てさせましたが、その宮殿はスルタンのお気に召さなかったため、この宮殿が建てられたといわれます。

エディルネ宮殿の建設はムラト2世時代に始まり、メフメット2世の時代に完成しました。イスタンブル征服前は、この宮殿はオスマン帝国の重要なシンボルでした。
6年間つづいている発掘作業で、オスマン時代の下水設備や、厨房器具、ヒュッレム・スルタンが使った香水瓶などが出土しています。

 Hurriyet

今後の仕事は、このエリアを遺跡として整備し保護していくことです。
発掘隊長を務めるバフチェシェヒル大学のムスタファ・オゼル准教授の話では、作業は文化省と大学が共同で行っているそうです。「これまでに宮殿内の浴室や厨房の修復は終わりました。建物の調査をし、写真で記録しました。発掘作業に関する本はバフチェシェヒル大学から出版されます」

今シーズンの発掘で、宮殿の周囲の城壁が掘り出され、次はナマズガー(屋外の礼拝所)の泉が修復されます。

・・・シュレイマンがエディルネに狩りに来たとき、ヒュッレム・スルタンもこの宮殿に滞在していたのでしょうか。彼女が使った香水瓶、見てみたいです。


   
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