憲兵報告・公判狀況 3 『 村中孝次、對馬勝雄、澁川善助、磯部淺一 』

    
村中孝次             對馬勝雄            澁川善助           磯部淺一

・・・憲兵報告・公判状況 2 『 村中孝次 』の続き

第四回公判公判狀況
一、日時
 五月四日 午前九時開廷、午前十時三十八分休憩。午前十一時再開。午前十一時五十分休憩。
午後一時三十分再開モ午後三時休憩。午後三時二十分再開、午後四時休憩。
午後四時二十五分再開。午後五時五分閉廷。
二、場所
 代々木練兵場仮兵舎内第一公判廷。
三、進捗狀況
村中ノ事実竝証據調未了ノ儘 ( 健康上ノ都合ニ依リ　)、磯部淺一ノ事實竝証據ニ移ル
四、審理ノ狀況
1、訊問開始ニ先ダチ、對馬元中尉ヨリ公判ノ進行ニツキ次ノ申出アリ
 法務官ノ取調ハ判リ切ツタコトヲクダクダト問答シテ居ル様に思ハレルガ、
コンナコトデハ何時迄カカルカ判ラヌ。
仍よりテ自分ハ 手記ヲ出シタイト思フカラ許シテ貰ヒタイ。
(  判士長許可ス　)

2、次デ澁川善助ヨリ次ノ申出アリ
 自分モ手記ヲ出シタイカラ許可セラレタイ。
(  判士長許可ス  )

3、村中孝次ノ陳述中、注意ヲ要スト認ムル點次ノ如シ
(イ)  二十六日夜陸相官邸ニ於ケル軍事參議官トノ會見中、阿部大將ハ中座セラレタルガ、
 間モナク満井中佐ヨリ呼バレテ別室ニ到リタル処、
其ノ室ニハ満井中佐ノ外 橋本欣五郎大佐、田中弥、阿部大將、參謀本部一騎兵少佐モ居リ、
阿部大將ト満井中佐ハ間モナク出テ行キタルガ、
橋本大佐、田中大尉、騎兵少佐等ハ我々ノ行動ヲ是認スルガ如キヲ爲シ、
↑「 帝国ホテル會ノ前提 」トノ頭書アリ
田中大尉ノ如キハ全國ノ同志ニ電報ヲ發シテ我々ノ行動ヲ支持セシムル如クセリト述ベタリ、云々。

(ロ)  二十七日首相官邸ニ到リタルトキ磯部ガ居合ワセ、
 北ノ霊感ニテ眞崎大將ニ一任セヨトノ電話アリタリトノ話アリ。
自分モ昨夜 軍事參議官ニ善処方ヲ依頼シ置キタルモ、
中心人物ガナケレバ纏マラザルベシト考ヘアリシ処ナルヲ以テ之ニ同意シタリ。
尚ホ、之ニヒントを得テ首相官邸ヨリ北ノ所ニ電話ヲカケテ見ル氣ニナリ、
通話シタル処、西田ガ電話ニ出テ西田ト話シタリ ( トテ、北トハ通話セザリシコトヲ鞏調セリ )。

(ハ)  幸楽、山王ホテル、鐵道、大蔵、文部 各大臣官邸ニ入リタルハ之ヲ占據シタルニアラズ。
 歩一ノ聯隊副官ノ仕事ヲ事實ニ於テ爲シアル山口一太郎大尉ノ配宿ニ關スル指示ニ從ヒ
宿營シタルモノナルヲ以テ、決シテ不法ニアラズ。
殊ニ幸楽、山王ホテルハ戒嚴司令部ヨリ交渉シ、宿泊者ヲ退出セシメテ其ノ後ニ入リタルモノナリ、云々。

(ニ)  ( 陸相ノ告諭ニ二タ通リアリ  何レヲ達セラレタリヤ、トテ法務官ガ朗讀シタルノニ對シ )
 陸軍ノ長老、各閣僚モ之ヲ認メタリト最後ニ附言シアルモノヲ最初ニ達セラレ、
後ニテ印刷配布セラレタルハ附言ナキ方ナリ。・・・< 註 1 >

4、午前十一時五十分休憩ヲ宣スル直前、
村中、對馬、澁川ヨリ順次 次ノ如キ申出アリテ、 緊張シタル場面ヲ現出セリ ・・・<  註 2 >
(1)  「 裁判長ニオ尋ネシマスガ、此ノ公判ハオ急ギニナルノデスカ 」
判士長  「 別に何日迄ト期日ヲキツテヤル譯デハナイ   最初ニモ申シタ如く、十分陳述ヲ聴イテヤルツモリデアル 」
デハ、氣永ニ陳述ヲ十分聽クバカリデナク、
本事件ノ起リタル原因、動機、就中世相ノ狀態等ヲ十分ニ究メ、
單ニ我々ヲ裁クト云フバカリデナク、 一歩飛躍シテ其ノ根源ノ排除ニ御盡力ガ願ヒタイ。
我々ハ刑務所ノ中ニ在ツテ世ノ中ノコトハ判ラヌガ、
國家ハ今非常ナル危機ニ直面シテ居ルコトガ窺ハレル。
即チ事件直後ノ軍部ノ態度ヲ持續シテ居レバ今頃ハ諸制度モ着々トシテ改マリアルモノト思ハレルガ、
中途デ態度ヲ一變シタ爲、其ノ時カラ陸軍ハ非常ナル苦境ニ立ツニ至リ、
旧勢力ハ着々トシテ其ノ力ヲ盛リ返シ、事件前ノ狀態ニ復シツツアルモノト思ハレル。
裁判長殿ハ軍ノ重要ナル職ニ在ラレルモノト思フカラ、此等ノ點ヲ十分御考慮ニナツテ善処セラレタシ。
判士長  「 今ノ申出ハ公判ト關係アルモノト關係ナキモノトアルカラ、承リ置ク 」

(2)  對馬元中尉
自分ハ村中サントハ反對ニ、成ルベク公判ヲ急イデ貰ヒタイ。
法務官殿ノ取調狀況ヲ拝聽シテ居ルト、判リ切ツタコトヲクダクダト訊問シテ居ル様ニ思ハレル。
コンナグズグズシテ居ルト天誅ガ下ルト思フ。
判士長  「 承リ置ク 」

(3)  澁川善助 …<  註 3 >
村中サンハ急ガズニト云ヒ、對馬ハ急ゲト全然反對ノ要求ヲシテ居ル様デアルガ、
結局同ジコトヲ言ツテ居ルモノデアル。
兩人ノ言ハントスル所ハ何レモ此ノ事件ノ根源ヲ爲セル社會惡ヲ究明シテ
之ヲ除クコトニ努力シナケレバ、共産主義者ニ乗ゼラレテ國家ガ危イト言フニアリト思フ。
裁判官各位ノ御考慮御盡力ガ願ヒタイ。
判士長  「 承リ置ク 」

5、午後一時三十分再開ノ劈頭、 村中ハ昨日ノ陳述中遺漏ノ點ヲ補充シタシトテ次ノ如ク陳述セリ。
(イ)  昨日蹶起ノ目的ニツキ、
 我々ハ統帥權干犯 乃至 國體破壊ノ元兇ヲ殪スノガ目的デ、
昭和維新ニ進ムノハ希望ニ過ギナイト述ベタガ、少シ言葉ノ足リナイ処ガアル。
ソレハ、統帥權干犯 乃至 國體破壊ノ元兇ヲ殪スコトハ、其ノ事自身ガ維新ノ第一歩デアルト考フベキデアルト思フ。

(ロ)  我々ハ大臣官邸ニ宿營シタガ、
アレハ、アンナ立派ナ建物ヲ遊バセテアルコトヲ
一般ノ者ニ知ラセル爲ニモ必要デアルト云フノデ山口一太郎大尉ガ配宿ヲシタノデ、
之ヲ使用シタ迄デ、占據シタモノデハ決シテナイノデアル。

(ハ)  奉勅命令ニ反抗シタト云フガ、
 我々ハ奉勅命令ガ出ソウダト云フコトハ聞イテ居タケレドモ、
 最後迄奉勅命令ノ傳達ハ受ケテ居ナイ。

(ニ)  下士官以下ハ命令デ引張リ出サレタト云フケレドモ、
 決シテ無理ニ引張リ出シタモノデハナイ。
何レモ昭和維新ノ必要ヲ認メテ出タモノデ、純然タル同志ノ團結デアル。
自分ノ接シタ狀況デハ、下士官以下中ニハ我々以上ノ決意ヲ有スル者モ少ナクナカツタ。

6、午後四時二十五分再開の際、
 村中ハ健康上ノ都合ニ依リ休憩ヲ申出デタル爲、 
磯部淺一ノ訊問ニ移リタルガ、
磯部ハ潑剌タル元気ヲ以テ次ノ如ク檢察官ノ公訴事實ヲ反駁スルト共ニ、
裁判官ニ喰ツテカカリ、廷内ニ緊張ノ空気ヲ漂ハセタリ
(1)  檢察官ノ公訴事實ハ我々靑年將校ノ眞精神ヲ没却埋没シアリ。
 即チ、我々蹶起ノ眞精神ハ全然公訴事實ニ現ハサレアラズ。

(2)  國憲ニ反抗セリトノ言葉ヲ使用シアルガ、我々ハ斷ジテ國憲ニ反抗シタルモノニアラズ。
 國體破壊ノ元兇ヲ殪シタリトテ國憲反抗ト謂フベキニアラズ。
大臣官邸ニ宿營シタリトテ國憲反抗ニアラズ。
首相官邸ノ占據ヲ以テ國憲反抗トナスガ、國體破壊ノ元兇ヲ殪シテ其ノ儘其処ニ據リタリトテ、何ガ國憲反抗ナリヤ。
我々ハ國憲反抗ノ解釋ニ苦シムモノナリ。

(3)  奉勅命令ノ違反、之亦奉勅命令ノ發セラレタルコトヲ知ラザル者ニ違反ノ事實アル筈ナシ。
 我々ハ決シテオ上ニ對シ奉リ 弓ヲ引ク者ニアラズ。
我々ヲ賊軍扱ニスルハ奇怪ナリ。

(4)  兵ハ將校ニダマサレテ出動シタリト云フモ、斷ジテダマシタル事實ナシ。
 全ク志ヲ同ウスル者ノ團結ナルコトヲ斷言ス。

(5)  我々ガ小藤大佐ノ隷下ニ入リタルコト、續テ戒嚴部隊ニ編入セラレタルコトハ、 公訴事實ニ全然現ハサレアラズ。

以上五点ハ檢察官ノ公訴事實中承服出來ザル點ナリ。
茲ニ於テ判士長ニオ願ガアル。
斯カル公訴事實豫審ノ取調ヲ基礎トシテ取調ヲ受クレバ、反亂罪トシテ處斷セラルゝハ必然ナリ。
先ヅ 我々ガ義軍ナリヤ否ヤヲ明カニシテ、然ル後ニ取調ヲ進メラレ度シ。

( ト 判士長ニ詰ヨリ、法務官ヲシテ答ヘシムトノ判士長ノ返答ニ依リ、 法務官トノ間ニ押問答アリ
 結局、検察官ト裁判官トノ立場ノ異ルコトヲ諭サレテ承服ス )
( 以上 )

憲兵報告・公判状況 4 『 磯部浅一 』 に続く
二 ・二六事件秘録 ( 三 ) から
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<  註 1 >
    
↑ 陸軍の長老、各閣僚も        ↑ 後にて印刷配布
之を認めたりと                           せられたるもの
最後に附言しあるもの

<  註 2 >
法ム官藤井ノ態度ヨカラズ
村兄叮重ニ
「 裁判官殿　大變公判ヲ御急ギノ様デスガコノ公判ハ國家的重大事デス
コノ公判ノ裁キ方ニヨリ日本ガ維新ニモナリ　又　維新ガ逆転モスルノデス
ドウゾコノコトヲ御高察下サツテ充分ナル御調ベヲネガヒマス、
私共ハ反亂ヲシタノデハアリマセン、
ノニ 最初カラ反徒トシテノ御調ベデアリマスナラ　昨日陳述シタ事ヲ全部取リ消シマス
私共ハ弁ゴ人モ附ケラレテオリマセン　又　公判ハ非公開デス
陳述ノ材料ヲ得ルコトモ出來ナケレバ天下ノ正論ニ訴ヘル事モ出來ナイノデスカラ
ドウゾ御願ヒシマス 充分ニ陳述ヲサシテ下サイ
特別弁ゴ人トシテ陳述モ自ラセネバナラヌ次第デスカラ御諒察ヲ願ヒマス、
陸軍ハ私共ヲ、彈壓スルコトニヨツテ窮地ニ立チマス
國家ハ正義派愛國者ヲ彈壓スルコトニヨツテ外侮外患ヲマネキマス、
察スルニ共産露國アタリハ日本ニ對シテ企圖シテ行動ヲハジメタノデハナイカト思ヒマス
本公判ハ如何ナル意味カラ申シテモ眞ニ國家ノ重大事デス　
輕々ニ片ヅケルコトハ斷ジテ許セナイコトデス
ドウカ御願ヒシマスカラ充分ニ陳述サシテ下サイ
私ハ公判前四、五日間下痢シテオリマシテ
身體モ弱イノデスカラ休ケイヲサシテイタゞカネバ元氣ガ出ズ陳述モ思フ様出來マセン 」
ト 至誠ヲ吐ロシタ嘆願スル
裁判長石本ハ充分ニ陳述ヲサセルト云ヒタルモ一嚮ニ訊問要領ハ改メテクレナイ
無茶苦茶ナ彈壓訊問ダ
同志ハ怒リ出シタ、
天皇ノ法庭ハケガサレタ、法治國日本トハコレカ、天皇ノ御徳ヲキヅツケル奴等ダ、
コの彈壓壓制ハ何タル暴挙ゾ、
吾々口口に怒ヲ發シタ、
澁君アタリハ涙シテ怒ツテ
遂ヒニ裁判長ニ向ツテ異議ヲ申入レタ、
「 裁判長殿　裁判官ハ吾々ヲ始メカラ反亂罪ト云フ型ノ中ニ入レヨウトシテ
シラベテ居ラレルガソレハ何タル事デスカ
ソンナ出タラメな事ヲスルト云フコトハ 陛下ノ御徳ヲケガスモノデス 」
ト 云ツテ突込ンダ
処ガ　藤井法ム官ハ怒聲一番
「 澁川 オ前ハ引込ンデイロ、今ハオ前ニキイテイルノデハナイ
引込ンデイロ　」
ト 云ツテ澁川ノ言を頭カラ壓シヨウトスル、
同志ハ歯ヲクイシバツテ悲憤スル
對馬立チテ 裁判長ニ發言ノ許可ヲ得テ
「 コンナ裁判ハ早く片ヅケて下サイ 」 ト 云フ
安田立チテ
「 ドウセキマツテイル公判ナンカ早クヤメテ下サイ 」 ト 云フ、
澁川 又 願ワントシタルモ裁判長石本サヘギリテ發言ヲ許サズ
余ハ黙シテ怒リヲ壓シテイタ、
安ドモ余程シャクニサワリタル様子、
休ケイ時間ニナツタラ皆ノモノガ一時ニ憤激ヲ發シタ、
安ドノ如キハ
「 エエツシヤクニサワル　トビツイテ行ツテ斬ツテヤリタイ 」 ト云フ
丹生　又憤ル、
公判庭ハワイワイ ノサワギダ
余ハ　シャク ニサワツテ文句ガ出ナカツタ、
・・・磯部浅一 ・ 獄中手記 (2) 「 軍は自ら墓穴を掘れり 」 

<  註 3 >
アル日 澁川善助ガタマリカネテ絶叫シタ。
『 裁判長、裁判長が職務トシテヤッテオラレルコトハワカリマスガ、
コノ裁判ハ一體ナンデスカ、
私タチガ命ガケデ國ノタメニヤッテキタコトガ、
マルデ泥棒以下ノヨウナ裁判デハナイデスカ、
同志ノ中ニハ裁判官ヲ勤メテキタ將校モオリマス。
ナゼ、二 ・二六ガ起リ、ソシテ二 ・二六ノ經過ハナゼアノヨウニナッタカヲ
天下ニ明ラカニシ 生キタ裁判ヲスルコトガデキナイノデスカ 』
『 コノ裁判ハ特別軍法会議デ一審制デアリ 上告ハデキナイシ、
非公開、辯護人ナシトイウコトハ、裁判ノ當初ニキメラレテイタコトデ、イカントモシガタイ。
シカシ 君タチガイウコトハ制限シナイシ、
ナンデモ裁判長ハ聞クツモリダカラ、思ウ存分イッテクレ 』
云イ終ツタ裁判長ノ眼ニハ涙ガ浮ンデイタ。
裁判長ノ氣持ヲ察シテ澁川モウナダレテシマッタ。
・・・暗黒裁判 (三) 「 死刑は既定の方針 」