村中孝次
第二回公判狀況
澁谷憲高第三一六號
二 ・二六事件第二回公判狀況ニ關スル件報告
昭和十一年五月一日
澁谷憲兵分隊長 徳田 豊
東京憲兵隊長 坂本俊馬 殿
五月一日 午前九時十分ヨリ代々木練兵場東京陸軍々法會議法廷ニ於テ
二 ・二六事件被告 香田元大尉以下二十三名 ( 人名前回ノ通リ ) ニ對スル
第二回公判開廷セラレタル狀況、左記報告ス
左記
午前九時十分 石本裁判長ハ公判開廷ヲ宣シ、香田大尉以下二十三名ノ呼名點呼ヲ爲シ、
次デ法務官ハ前回ニ引續キ村中孝次ノ訊問ヲ行フ旨述ベ、
同人ノ國家革新思想ニ興味ヲ抱クニ至リタル點ニ附 訊問シタルニ、
村中ハ公訴事實ニ關シ二、三申述ベタキ旨申請シ、
村中
公訴事實ニ依リマスト
北一輝ノ日本改造法案ヲ實行センガタメ蹶起シタル如クニナツテ居リマスガ、
蹶起ノ趣旨ハ
天皇ノ兵馬ノ大權ヲ干犯セントシタル奸賊ニ對シ
忠義ノ天誅ヲ加ヘンガ爲デアリマシテ、
此點ヲ明瞭ニサルゝコト無クバ私達ガ此度蹶起シタ精神ハ全ク死ンデシマイマス。
次ニ、奉勅命令ヲ僞造ナリトシテ自刃ヲ翻意シタトアルモ、
私達ガ自刃ヲ翻意シタノハ、包囲隊ガ行動隊ヲ撃ツト云フ情報ガ來マシタノデ、
自刃セズ配備ニ就イタノデアリマス。
公訴事實マデハ此処ニ居ル被告ガ殆ンド謀議ニ參畫シタ様ニナツテ居ルモ、
事實ハ 村中、磯部、栗原ノ三名ニテ謀議ニ參畫シ、
他ハ軍隊式ノ所謂聯絡ト言フ程度デ謀議ニ參畫シタトハ考ヘラレマセン。
尚、下士官、兵ガ自發的ニ歸順云々トアルモ、
吾々ガ飛行機ニ依リ 奉勅命令ノ下ツタコトヲ知ツタノデ 下士官以下ヲ歸順サセタノデアリマス。
ト 公訴事實ニ對スル前回ノ補足的論述ヲ爲シ、裁判長ヨリ、
裁判長 「 然ラバ、蹶起直後如何ナル理由デ軍ノ上層部工作ヲ爲シタルヤ 」
夫レハ、今回ノ目的ガ 兵馬ノ大權ヲ干犯スル奸賊ニ忠義ノ天誅ヲ加ヘン爲メ蹶起シタノデアルガ、
折角蹶起シタノデアルカラ
此ノ際 軍ヲシテ吾々年來ノ希望デアル 昭和維新ニ入ッテ頂ク爲ノ工作デアリマシタ。
ト今回ノ蹶起趣旨ニ附キ二、三訊問應答アリ
終ツテ村中孝次ノ思想經緯ニ附訊問ヲ爲シし、
十月事件、血盟團事件、神兵隊事件、埼玉挺身隊事件、十一月事件 等ニ附關係ヲ訊問シ、
特ニ十一月事件に就イテ其具體的實行計畫ノ在否ニ關シ追究シタルニ、
被告ハ 何等實行計畫ナキコト ヲ説述し、
佐藤候補生ニ洩ラシタル計畫ハ全ク彼等計畫ノ實行ヲ阻止センガ爲メノ手段ニシテ、
此事ニ就テハ當時取調官ニ誣告罪トシテ告訴シ徹底的捜査ヲ申立テタルニ、
當局ハ本件ニ對シテ極メテ不誠意ノ態度ヲ示シタルガ、
此裏面ヲ見ルニ
所謂重臣牧野、齋藤、高橋等現狀維持派ガ軍部内部革新勢力ノ彈壓的策謀ナリト評セラレ、
之モ亦 軍内統帥權ヲ紊ル一事象ナリ ト鞏調し、
次デ、同人ノ抱持スル國家改造方法ニ附訊問セルニ、同人ハ
軍内上下左右ニ對スル維新的啓蒙運動ニヨリ全軍ニ機ノ熟スルヲ俟ツテ
大權ノ發動ニ依リ行ハルベキモノナリ ト論ジ、
梅莊院、偕行社内ニ於テ開催シタル三十七期以後ノ各期代表聯合會ノ狀況等ヲ説明シ、
法務官ヨリ軍上層部ニ對スル運動ニ附 質問アリ
次デ、北一輝トノ關係及之ガ思想的影響ノ訊問ニ入リ、北一輝著ノ日本改造法案ニ論及、
法務官 「 北一輝著ノ日本改造法案ハ被告ノ國家改造ニ關スル主義綱領トセラレテ居る様ダガ、此點如何 」
日本改造法案ハ私ノ私心的思想デアリマスガ、之ガ實行ニハ自カラ順序方法ガアリマス。
又、憲法ノ停止、戒嚴令ノ實施等ハ大權ニ属スルモノデ、此等ノ點ニハ反對スルモノデアリマス。
ト述ベ、
午前十時四十分休憩、同十一時再開、
引續キ法務官ヨリ蹶起後ノ建設計畫ニ就キ尋問アリ
被告は 前述公訴事實ニ對スル反駁ト同様 大權干犯者ノ天誅以下建設計畫ナリ ト鞏調シ、
次デ法務官ハ、
元老、重臣、軍閥、財閥、官僚、政黨等ガ兵馬ノ大權ヲ犯シタル事實、ニ附追及セルニ、被告ハ、
倫敦條約當時 兵力量ノ決定ニ關シ浜口首相ガ統帥權ヲ干犯シタルヲ指摘シタル後、
眞崎敎育總監ノ更迭ニ際シ省部規定ヲ犯しテ統帥權ヲ干犯シタル事實、等ヲ指摘、
法務官ハ軍事參議官會議ノ内容入手先ニ附 訊問セルニ、
被告ハ、
平野助九郎少將ガ眞崎大將ヨリ聽キタルヲ、更ニ同少將ヨリ聽キタリ、
ト答ヘ、裁判長ハ、
裁判長 「 林大將ガ三長官會議ニ於テ纏ラナカツタ狀況ヲ 其儘上奏シ更迭ノ御命令ガアツタトシタラ、
其事ニ就テ如何ニ考ヘルヤ 」
其事ニ就テ兎角申上ゲルベキ筋合デハアリマセン。
誠意ヲ以テ纏メレバ必ズ纏ルコトデアルニ拘ラズ、
最初ヨリ不純ナル策動ニ乘ゼラレ、意圖的ニ時間ヲ与ヘズ、
協議ヲ不成立ナラシメ、上奏シタルコト 及 軍令ヲ無視シタ點ヲ干犯ト信ズルノデアリマス。
裁判長 「 日本改造法案中 憲法停止、戒厳令實施ヲ除ク他ハ無條件デ承服スト言ツタガ、
細部ニ亘ル天皇ノ地位字句ニ對シテハ如何ニ考ヘルヤ 」
改造法案ハ十餘年前ニ書イタモノデ、
其以後ノ社會情勢ノ變遷其他デ時局的ニ現在不穏當ナ點ガアリマスガ、
私ハ其精神ヲ認メルト云フ意デアリマス。
ト日本改造法案ニ對スル観念ヲ述ベ、
午後零時休憩ニ入リ、更ニ午後一時三十分開會、
劈頭村中ハ午前ニ於ケル陳述ニ補足スル必要アリト申請シ、
倫敦條約ニ於ケル統帥權干犯ト眞崎敎育總監更迭ニ於ケル統帥權干犯トハ相共通スルモノアリ、
即チ、倫敦條約當時米國大使キヤスルハ約二百萬ヲ日本朝野 ( 新聞社 ) ニ撒キ、
一夜ニシテ條約反對ノ輿論ヲ一轉セシメタルコト、
浜口首相ガ兵力量決定ニ關シ上奏案ヲ軍令部長ニ充分披見セシメザリシコト、
軍事參議官會議ノ開催前 牧野内府ガ陛下ニ葉山行幸ヲ奏請シタルコト、
等ト眞崎敎育總監更迭時ノ、更迭ノ事前ニ大新聞記者ヲ 「 潮來 」 ニ 招待シ、
一人當金四百圓ヲ供与買収シ輿論ヲ有利ナラシメタルコト、
陸相ト充分協議決定セントシタルニ其ノ時間ヲ与ヘザリシコト、
陛下ニ上奏セントトタルニ事前ニ葉山行幸ヲ奏請シ、林陸相ガ葉山ニ參内上奏シタルコト、
等ノ諸點ヲ指摘シタル後、
臣下ノ統帥權干犯ニ關スル天皇陛下ノ御述懐 ( 山口一太郎大尉ヨリ聽ク )
伏見宮殿下ノ上奏ニ關スル牧野内府ノ阻止工作 ( 齋藤瀏少將ヨリ聽ク )
等ヲ述ベテ終ツテ、
法務官ハ今回ノ事件直前、
磯部、村中宅、龍土軒、隊内、栗原宅 等ニ於テ爲サレタル會合内容、
出席者、蹶起趣意書ノ作成方法、配布要領、蹶起計畫、陸相官邸出入者、
歩哨ノ守則等ノ細部ニ附 訊問シタル後、
資金關係ニ附 龜川哲也トノ關係ニ論及シ、
法務官 「 龜川哲也ヨリ渡サレタル一千五百圓ハ出所ヲ知リ受取リタルヤ 」
出所ハ知リマセヌガ、同人ハ鵜澤聡明博士ノ著述出版ヲ爲シアルヲ以テ、
同方面ヨリ得タルモノニシテ、不純ナモノデナイト信ジ、受取リマシタ。
ト當時ノ模様ヲ述ベ、
午後三時ヨリ約十五分休憩、後再開、
引續き民間側トノ關係、北、西田、菅波、大蔵 等ニ對スル事件前ノ聯絡模様、
事件準備ニ對スル補足訊問等ヲ爲シ、
午後四時裁判長ハ閉廷ヲ宣シ、
次回ハ明二日午前九時ヨリ開廷スル旨宣言、
退廷セルガ、公判開廷中被告ハ何レモ不遜ナル態度ニ出ズルモノ等ナク、
極メテ静粛穏裡ニ公判ヲ了セリ
( 了 )
報告先 隊長
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第二回公判状況ノ要點
一、開廷時間 五月一日
午前九時--午前十時五十分
午前十一時五分--正午
午后一時三十分--午后三時十五分
午后三時三十五分--午後四時
二、審理進捗狀況
前日ニ引續キ村中孝次ニ對スル事實竝証據調。
三、村中孝次陳述中ノ要點
訊問開始ニ先ダチ檢察官ノ公訴事實陳述中意見アリトテ、
1、蹶起ノ目的相違ス。
我々蹶起ノ目的ハ昭和維新ノ斷行ニアラズシテ、統帥權干犯ノ元兇ヲ殪スニアリ。
昭和維新ハ、此ノ際 軍首脳部ノ決意ニ依リ其ノ方嚮ニ進マレンコトヲ希望シタルニ過ギズ。
2、謀議參与者相違ス。
謀議ニ參与シタルハ磯部、栗原、村中ノ三名ナリ。
他ノ者ハ軍隊指揮ノ聯絡ノ爲打合ヲ爲シタル程度ナリ。
3、自刃ノ決意ヲ翻シタル事實ナシ。
我々ハ奉勅命令發セラルレバ之ニ從フ決意ヲ爲シアリシ処、
我々ヲ攻撃ストノ情報ヲ得タルヲ以テ、然ラバ飽迄抵抗スベシトテ配備ニ就キタルモノナリ。
4、兵ヲ歸順セシメタルハ、
飛行機ニ依リ撒布セラレタル ビラ ニ依リ奉勅命令アリタルヲ知リ、 歸順セシメタルモノナリ。
トノ四點ヲ陳述ス
尚ホ、訊問中、
1、北一輝著 國家改造法案ノ精神ニハ全面的ニ同意スルモ、
用語ノ點ニ於テハ誤解セラルゝ處アリト思料スル點アリ。
尚、右ハ村中ノ 思想上一般的ニ述ベタルモノニシテ、
今回ノ事件ト國家改造法案トハ全然關係ナキモノナリ ト述ベ、
2、眞崎大將敎育總監罷免ノ際ニ於ケル三長官會議其ノ他ノ内情ヲ述ベタルニ對シ、
其ノ出所ヲ藤井法務官ヨリ訊サレタル処、平野助九郎少將ヨリ聽キタル ト述ベ、
平野少將ハ誰ヨリ聞キタルモノナリヤトノ訊問ニ對シ、眞崎大將ヨリ聽キタルモノナルベシト思料ス ト述ベ、
3、或ル人ヨリ聞ク処ニ依レバ、 陛下ハ現在ノ御境遇ニ關シ
此ノ席ニ於テハ述ブルニ忍ビザル内容ノ歎キノ御言葉ヲ洩ラサレタル趣拝承ス ト述ベ、
誰ヨリ聽キタルヤトノ訊問ニ對シ、
山口一太郎大尉ヨリ聽キタル ト答ヘ、
山口大尉ハ誰ヨリ聞キタルヤトノ訊問ニ對シ、
此ノ席ニテハ述ベ難キモ、或ル確實ナル信用スベキ筋ヨリ聞キタルモノナリ ト答ヘタリ
( 以上 )
憲兵報告・公判状況 2 『 村中孝次 』 に続く
二 ・二六事件秘録 ( 三 ) から