安田 優
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵少尉 安田優
右者ニ對スル叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、牛込憲兵分隊ニ於テ
本職ハ被告人ニ對シ訊問ヲスル事左ノ如シ
氏名、年令、所属部隊、官等級、俗称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ安田優
年令ハ二十五年
所属部隊ハ元野砲兵第七聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称ハ熊本県平民
本籍地ハ熊本県天草郡宮地村大字小宮地三六四五
出生地ハ本籍地と同じ
住所ハ東京市杉並區上萩窪二丁目九十七番地 富田義雄方
職業ハアリマセン
位記、勲章、年金、恩給を有セザルヤ
從八位ノ外ハ勲章、記章ソノ他有リマセン
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
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二 ・二六事件
其方此度ノ叛亂事件ノ概要ヲ述ベヨ
私ハ本年ノ一月中頃カト思ヒマス、
歩一ノ栗原中尉ノ許ニ中島少尉 ( 工兵 ) ト共ニ行キ、愈々蹶起ス可キコトヲ申シ合セマシタ。
之レヨリ先、相澤中佐ノ公判ヲ見テ常ニ考ヘテ居ツタ事ハ、
大衆運動ヲヤル可キ秋デナク、
維新ヲ直チニ斷行ス可キ秋デアルト考ヘテ居ツタノデアリマス。
其後二月二十五日午後、
中島少尉ノ下宿ニ於テ留守デアツタガ村中孝次ト會見シマシタ。
ソレハ實行部隊ノ準備完成シタルコトヲ村中ガ私ニ告ゲルノデアリマス。
ソノ中ニ、中島ガ歸ツテ來テ愈々二十六日ノ黎明れいめいヲ期シテ斷行スルト申合セマシタ。
ソレハ斷行後ハ生キ殘ル可キデハナク、死ヲ期シテヤル可キコトガ萬一、
二人ノ中ニ一人ニテモ生キテ居レバ互ニ相互ニ兩親ニ、
此實行ノ精神ヲ充分ニ理解セシムル事ヲ約束シタノデアリマス。
村中ハ先ニ中島宅ヲ出テマシタ。
ソノ後家ニ歸リ當時二十四日夜、家カラ出奔シテ來タ實弟 ( 十九才 ) ニ對シ、
大イニ出奔シタ不心得 及 百姓ノ尚キ理由ヲ説明シテ訓戒シタノデアリマスガ、
其實弟が訓戒ニ從ヒ歸宅セントシテ居リシモノデ、荻窪驛ニテ會シモ此儘涙ヲ呑ンデ歸シマシタ。
ソノ時ハ、何時私ガ死ヌカモ知レヌカラ、死ンダナラ宜敷兩親ニ頼ムト言ツテ遂ニ別レマシタ。
時ハ午后五時頃ト思ヒマス。
然ルニ不思議ニモ内務省ニ勤メテ居ル實兄 ( 薫 二十八才 ) に同処に會ヒマシタ。
直チニ弟ヲ聯レテ歸シテ來ルコトヲ願ツテ歸リマシタ。
富田ト云フノハ私ノ義兄デアリマス。
歸リマシテ甥ニ菓子ヲ貰ヒ与ヘ、
自分ハ人ニ悟ラレヌ様ニ長袴ヲハキ拳銃實包トヲ携ヘ ( 短袴ト其鞄ニ入レテ )
家ヲ出マシタ。時ハ午後六時デアリマス。
直チニ歩兵第三聯隊ニ行キ、
第一中隊ノ坂井中尉、高橋少尉、麥屋少尉ノ四人ニテ事件ニ關スル配備ヲ研究シマシタ。
齋藤内大臣ノ ( 此配備要領ハ別紙要圖ノ如クデアリマス ) 襲撃ノ配備ノ研究デアリマス。
此警備ハ克ク坂井中尉ガ知ツテ居ル筈デス。
特ニ注意スルコトハ、赤坂離宮ヨリ齋藤邸ニ入ル道路橋梁等ノ守ビニ任ズルモノ
( 重機一、軽機一 ) 兵十二、三名デ、聖地ノ關係上、絶對ニ射撃ヲ禁ゼシメタルモノデアリマス。
此總兵力ハ一個中隊半位デス。
ソノ他、之等ニ關スル決行後ノ配備等ニ就テ研究シマシタ。
二十六日
ソレカラ午前零時、
野中隊ノ下士官ヲ起コシマシテ下士官十二、三名ニ自分達ノ注意ヲ傳ヘマシタ。
ソレハ将校室ニテ他ノ三人ノ將校モ列席シ、坂井中尉ガ傳ヘ、後、私ガ一言シマシタ。
ソノ要旨ハ
軍人ハ陛下ノ軍人タルコト、
從ツテ陛下ノ下ニ直參スル心掛ケガ必要ダ、
正視タル私利私慾ノ下ニ働イテ居ツテハ、決シテ軍人ノ本分ヲ盡スコトガ出來ナイ。
故ニ軍人ノ必要ナ事ハ、
高位高官ニナルコトデナク職務上ノ役ヲ立派ニ努メ得ルコトデアル事
ヲ 注意シタ。
そレカラ、坂井中尉ガ配備ヲ具體的ニ下士官ニ割當テ、私ガソレニ就テ意見ヲノベタノデス。
下士官ニ任務下達後、兵ヲ起シ軍装ヲ整ヘマシタ。
ソレハ第二装着用、雑嚢、防毒面ヲ携行、次ニ弾薬、食糧ヲ規定ニ基キ
傳票ニ依リ週番司令 ( 安藤大尉 ) ノ正規ノ手續ニテ受領分配シマシタ。
兵ニハ大體下士官ガ敎育シタモノト思ヒマス。
此時ハ二十六日午前三時頃ト思ヒマス。
午前四時ニ舎前ニ集合セシメテ坂井中尉ガ訓示ヲ与ヘ、兵ハ大イニ勇躍シテ居リマシタ。
此中隊ヲ聯レテ出發シタノデアリマス。
ソレカラ外苑ヲ廻ツテ信濃町ヲ通リ齋藤宅ニ行キツツ、逐次計畫ニ基キ完了シタノデアリマス。
蹶起部隊進撃径路
其ノ後、
私ト坂井ト麥屋、高橋ノ四人ニテ奥内ニ這入リマシタ。 ( 戸ハ叩キ破リマシタ )
邸内ニ巡査ガ三十人許リ居リマシタガ、何等抵抗シマセンノデ、
此巡査ニハ部長ヲ通ジテ説論ヲ加ヘマシタ処、克ク判ツタト言ヒマシタ。
内部ニハ女中ノ案内ニヨリ階上ニ行キマシタ。
此女中ハ非常ニ沈着シテ居リ、狼狽ノ色ナク聯レテ行ツテクレマシタ。
ソレカラ寝室ノ前ニハ、春子夫人ガ戸ヲ開ケテ首ヲ出シマシタ。
中ニ這入リマシタ処、
内大臣ガ 「何ダ ナンダ」 ト言ツテ出テ來タ処ガ、
私達ノ姿ヲ見テ寝室ノ方ヘ逃ゲテ行キマシタ。
ソレデ三人 ( 麥屋ハ階上ニ上ラズ ) デ
「 天誅國賊 」
ト言ヒ乍ラ拳銃ヲ發射シマシタ。
拳銃ハ三人ハ 「 ブローニング 」 私ノハ 「 モーゼル 」 デアツテ、軍装整備上、平素ヨリ持ツテ居タノデアリマス。
ソレガ克ク命中シ、確カニ即死シタコトヲ信ジタノデアリマス。
此際、春子夫人ハ私達ノ行動ヲ妨害シマシタガ、ソレヲ離シテ齋藤氏ノミ射殺シタノデアリマス。
後、終了 「 ラッパ 」 ヲ玄關ニテ吹奏シテ下士官兵ヲ集合サセタノデアリマス。
次ニ橋ノ下ニ至リ、 「 天皇陛下万歳 」 ヲ三唱シタノデアリマス。
ソノ時 「 マント 」 を 齋藤氏ノ邸外、正門ノ前ニテ掛ケテ置キ、
後 兵ニ取ラシメタガ未ダ判明シマセン。
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後、私ト高橋少尉ト兵十四、五名ヲ指導シテ
田中中尉ガ恰度通リ掛ツタノニ自動車ヲ準備シテ呉レタノデ ( トラツク )、
赤坂離宮前ニテ、之レニ乗リ、直チニ渡邊敎育總監ノ許ニ行キマシタ。
「 トラツク 」 ハ邸内ノ側ノ道迄行キ、兵三名ヲ下ノ方ニ出シ
( 地方人ガ彈ニ當ツタラ危ナイト思ツテ )、私達ハ正門ノ方ヘ行キマシタ。
此際、特ニ申スコトハ、
昭和維新斷行ハ軍ノ協力一致ニアレバ渡邊總監モ一體ナル爲ニ、
之ヲ求メントシテ官邸ニ先ヅ迎ヘルト云フ眞意ニアツタ事デスカラ、
殺ス意思ハ、ソノ時迄ハ無カツタノデアリマス。
而シテ正門カラ行キマシた。
私達ハ單ニ總監ヲ殺スナラバ裏門カラ行ケバ良イト云フ事ヲ判ツテ居タガ、
殺スノガ目的デナイノデ、嚴重ナル戸締ノアル正門ニ向ツタノデス。
「 トントン 」
戸ヲ叩ク中ニ 「 ボン 」 ト云フ音ガシタノデアリマスガ、同時ニ私ハ倒レマシタ。
ソレカラ二、三分經ツテ又歩ケル様ニナリ 裏口ニ廻リマシタ処、
全部戸ガ開ケテアリマシタノデ直ニ奥様ニ閣下ノ許ニ案内シテ下サイト言ヒマシタ。
奥様ハ、「 其レガ日本ノ軍隊デスカ 」 ト言ヒマシタノデ、
私ハ、「 私共ハ閣下ノ軍隊デナク陛下ノ軍隊デス 」 ト言ヒ返シマシタガ、
其レデも案内シナカツタノデ閣下ガ判ラナカッタノデスガ、
奥様ガ立ツテ居ルノデ怪シイト思ヒ、
其後襖ヲ開ケテ見マシタラ閣下ガ蒲團ヲ遮蔽的ニシテ拳銃ヲ射撃シマシタ。
ソレ故ニ、私ハ飛込ンデ閣下ニ二發拳銃ヲ射撃シマシタ。
經機モ射チマシタガ、誰ガソノ様ニシタノカ判リマセン。
私ハ不安心デアツタガ表ニ返シマシタ処、高橋ガ大丈夫ダト云フノデ先ヅ安心シマシタ。
ソレカラ兵ヲ集メテ、全部自動車ニ乗セマシテ歸途ニツキマシタ。
其時憲兵ガヤツテ來テ、自動車ヲ降リテ私達ノ自動車ニ近ヅキマシタノデ、
私達ガ止メマシタガ、兵ガ二、三發發射シマシタ。
私ハ降リテ憲兵ノ乗ツテ來タ自動車ヲ 「 パンク 」 サセテ引揚ゲマシタ。
途中、中野附近デ憲兵將校二人ノ乗ツタ自動車ニ會ヒマシタテ、
一寸停車シテ私達ヲ見マシタガ、其儘、荻窪ノ方ニ行キマシタ。
此頃ハ午前六時半カ七時頃デス。
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直チニ陸相官邸ニ引揚ゲマシタガ歩ケマセンノデ居リマシタガ、
憲兵ガ世話ヲシテ玄關ノ側ノ室ニ聯レテ行キ、看護長カ誰カガ手當ヲシテ呉レマシタ。
之レヨリ自動車ニ乗リ
中島少尉ガ前田外科病院 ( 赤坂傳馬町 ) ニ聯レテ行ツテ呉レ、
治療ヲ受ケ、
昨二十九日午后二時迄入院シテ居リマシタ。
此時、狀況ヲ 「 ラヂオ 」 ニテ
「 勅命ニ依リ事ノ如何ヲ問ハズ所属隊ニ復歸ス可シ 」
ト聞キ、之レニテ先ヅ首相官邸ニ行カントシ、
自動車ニ乗リ行ツタ処、同志ガ居ラズ陸相官邸ニ行キマシタ。
此時、參謀砲兵大尉ニ會ヒ同ジ砲兵デアルノデ二人相擁シテ泣キマシタ。
私ハ此処デ二、三時間待ツテ居リマシタガ、
私ノ自決ノ爲 拳銃ヲ腹ノ中ニ蔵ツテ居ツタノデアリマシタ。
此時私ハ考ヘタモノハ、
自決スルノガ一番此ノ世ノ中デハ楽ダト思ヒマシタガ、
自決シタナラバ世ノ中ハ如何ナルノダロウト考ヘマシタ。
然シ私トシテ、ドウシテモ自決セネバナラヌト考ヘタノデアリマス。
此処ニハ栗原、香田、田中、丹生等ノ人々ガ集マツテ居リマシタガ、
別ナ砲兵少佐参謀ガ、是レカラノ決心ヲ訊キマシタ。
私ハ 「 何ラトモ申上ゲルコトハアリマセン 」 ト申述ベマシタ。
然ルニ石原大佐ガ出テ來テ 「 檢束スル 」 ト言ヒマシタ。
栗原中尉は 「 其ノ御言葉ハオ違ヒデハアリマセンカ 」 ト言ツタラ、
石原大佐ハ 「 何 」 ト怒ツタ様ナ口調デ言ヒマシタガ、
憲兵將校ガ 「 其レハ保護デアリマス 」 ト言ハレマシタノデ、
石原大佐ハ 「 イヤ間違ヒマシタ 」 ト言ハレマシタ。
午后六時頃デアリマス。
其時、石原大佐ハ
「 オ前達ハ自首シテ來タノダロウ 」
ト侮辱的ニ聞キマシタカラ、私ハ
「 自首シタノデハアリマセン。武人トシテ面目を全フサセテ戴キタイ爲デアリマス 」
ト答ヘマシタ。
私ハ此時、非常ニ遺憾ニ思フコトハ自決スル機會ヲ与ヘラレナカツタコトデス。
即チ、私ヲシテ言ハシムルコトヲ聞キ、
然ル後、武人ノ最後ヲ飾ラセテ戴キタカツタノデス。
單ニ時間丈与ヘラレテモ
結局ソレナラバ私達ハ何ヲヤツタカ無意味ナモノニナルト思ヒマス。
ツマリ 陸相官邸ニ病院カラ行ツタノハ、赤穂義士的ナ最後ヲ求メタイト思ツタカラデアリマス。
此様ニ取扱ハレルトスルナラバ、病院ヨリ陸相官邸ニ馳セ參ズルハ誤リデアッタ、
認識不足デアツタト思ハレテ返スガエスモ實ニ殘念デアリマス。
私ハ陸軍大臣カラ告示ヲ戴キマシタ。
「 諸子ノ行動ハ天聽ニ達ス。諸子ノ行動ハ國體顕現ノ至情ニ基クモノト認ム 」
ト云フ有難キ御言葉ニ對シ、此結果デハアマリニモ差異ガアリ、
此分ニ於テハ、ヤガテ總テガ闇カラ闇ニ葬ラレルノデハナイカト心配シ、
之レガ何ヨリ一番殘念デアリマス。
・・・次頁 安田優少尉の四日間 2 『 皇威ヲ發揚シ、國家ヲ保護ス可ク誓ツタ 』 に 続く
二 ・二六事件秘録 ( 一 ) から
