坂井直
訊問調書
前頁 坂井直中尉の四日間 1の 続き
( 別紙要図三に非ず )
陸軍省附近配備狀況訊問ニ先チ別紙要圖第三ヲ作製セシメ之ヲシメシツツ左ノ訊問ヲ爲シタリ
爾余ノ行動 特ニ陸軍省配備ノ狀況ヲ詳シク述ベヨ
配備ノ狀況ハ只今提出シタ要圖ノ通リデアリマス。
配置歩哨ノ服務要領ハ二十六日朝 出動シテ來レル者ヲ停止セシメ、
名刺ヲ受取ツテ歸ラス様ニシテ居リマシタ。
此ノ時 便箋紙ニ 斬殺スベキ軍陣ト記セル 別紙第一號證ヲ示シ
此ノ書類ニ依ルト
一、林大將
二、渡邊大將
三、石原莞爾大佐
四、武藤章中佐
五、根本博大佐
六、片倉衷少佐
ヲ斬殺スル様ニナツテオルガ、何故是等ノ人ヲ斬殺スルカ 又 此ノ書類ハ誰カラ渡サレタカ
1、林大將ハ敎育總監更迭問題ニ基ク統帥權干犯ニ依ルモノダト思ヒマス。
2、渡邊敎育總監ハ前ニ申上ゲタ通リデアリマス。
3、石原大佐ヲ斬殺スルコトハ不思議ニ思ヒマス、昭和維新大業翼賛ニ盡瘁サレタ人ト思ヒマス。
安藤大尉モ不思議ニ思ツテ居マシタ。
4、武藤中佐、根本大佐、片倉少佐ハ十一月事件ノ關係ダト思ヒマス。
ソレカラ此ノ書類ハ二十五日安藤大尉カラ趣意書ト共ニ貰ツタノデアリマス。
此ノ時第二號證
二月二十六日午前七時迄ニ陸相官邸ニ入門ヲ許スベキ人名
・・調査部長 山下少將
一、陸軍次官 古荘中將
二、陸軍少將 齋藤瀏
三、警備司令官 香椎中將
四、憲兵司令官代理 矢野( 機 ) 少將
五、近衛師団長 橋本中將
六、第一師団長 堀中將
七、歩兵第一聯隊長 小藤大佐
八、歩一中隊長 山口大尉
二月二十六日午前午前七時以後通過ヲ許ス者
一、本庄繁大將
二、荒木貞夫大將
三、眞崎甚三郎大將
四、今井清中將
五、小畑敏四郎少將
六、岡村寧次少將
七、村上啓作大佐
八、西村琢磨大佐
九、鈴木貞一大佐
十、満井佐吉中佐
ト記セル別紙第三號證ヲ示シ
此ノ通過ヲ許ス人名ハ誰カラ貰ツテ居ツタカ
只今御示シノ二通ノ書類ハ、前ノ斬殺スベキ人名ト一緒ニ安藤大尉カラ受取リマシタ。
以上三通ハ誰ガ書イタモノカ知リマセン。
其の後の行動は如何
二月二十七日 正午新議事堂に移動
同 午後六時半赤坂区料亭幸楽に移動、安藤部隊と共に宿営す。
二月二十八日午後三時、陸相官邸に移動、陸軍省参謀本部の配備につき徹夜す。
二月二十九日 午前八時
私ノ部隊ヲ包囲シテ居タ歩兵第四十九聯隊ガ戰車數台ヲ先頭ニ前進シテ來マシタノデ、
全ク豫期セザル事態ニ立チ至リタルヲ悟リ、速カニ兵力ヲ集結シマシタ。
ソレデ戒嚴司令部幕僚ノ指示ニ從ヒ、部下ト別レヲ告ゲテ陸相官邸ニ這入リマシタ。
時ハ午前八時半頃ト思ヒマス。
部下ハ只今申上ゲタ幕僚ニ渡シマシタノデ其ノ後ドンナニナツタカ存ジマセン。
私ガ部下將校ト共ニ陸相官邸ニ這入ツテカラ後 逐次他ノ將校モ集マツテ來マシタ。
山下奉文閣下ト私ノ元大隊長 歩兵第四十九聯隊附中佐 三原鼑殿ノ兩官ヨリ 私ニ對シ、
高橋、麥屋 少尉ノ三人デ自決セヨトノオ勧メガアリマシタノデ、一旦ハ其ノ気ニナリ、
遺書モ書キマシタガ、ヨク考エテ見ルト、
我々三名ノミガ他ノ同志ト別個ニ行動スルノハ適當デナイト思ツテ、思ヒ止マリ、
他ノ同志ノ集ツテ居ル部屋ニ這入リ、休憩シマシタガ、
二十九日夜 拘引狀ヲ執行サレテ、衛戍刑務所ニ収容セラレ今日ニ至リマシタ。
出動部隊ノ指揮官ハ誰カ
部隊總指揮官ハ表面ハ最古参ノ野中大尉デアリマスガ實際ノ指揮ハ、
歩兵第一聯隊第七中隊長 大尉 山口一太郎 デアリマシテ、
前ニ申上ゲタ私ノ部隊ノ移動命令モ殆ンド山口大尉カラ出テ居リマス。
其ノ狀況ヲ具體的ニ述ベヨ
1、第一回ハ二月二十七日 私ノ部隊ガ陸軍省東北角ニ位置シテ居リマスト、
山口大尉ガ歩一ノ小藤大佐ト一緒ニ來ラレマシタ際、
山口大尉ガ私ニ對シテ部隊ヲ集結シテ新議事堂ニ移動スベシ、
トノ命令ヲ下シタノデ 前ニ申上ゲタ如ク新議事堂ニ移動シマシタ。
2、二月二十七日午後二時三十分 將校全員ガ陸軍大臣官邸ニ參リマシタ際、
山口大尉ガ私ニ 「 今夜ハ麹町區ノ宝亭ト万平ホテルニ配宿セヨ 」
ト 申シマシタカラ、私ガ宝亭ニ電話ヲカケテミルト、他ノ部隊ガ居ルコトガ判リマシタノデ、
其ノ旨ヲ山口大尉ニ報告シテ同夜ハ赤坂區料亭幸楽ニ安藤部隊ト共ニ宿營シマシタ。
3、二月二十八日午後三時頃山口大尉カラ命令ガアツテ、
陸相官邸ニ移リ陸軍省參謀本部ノ配備ニ着キマシタ。
右ノ様ナ次第デ 山口大尉ハイツモ部隊ノ指揮ヲ爲シテ居リマシテ、
何時モ謄冩版刷リノ要圖ニ配置ヲ記入シテ、之ヲ見テ達シテ居リマシタ。
其ノ要圖ヲ貰ツタコトハナイカ
アリマセン。
上官ヨリ部隊ノ解散又ハ歸還命令ヲ受ケタルコトナキヤ
左様ナ命令ヲ受ケタ覺エハアリマセン。
私ハ前ニモ申上ゲマシタ様ニ部隊統制部ノ指揮デ動イテ居リマシタノデ、
モトヨリ奉勅命令ノ下ツタコトナド存ジマセン。
歩兵第三聯隊ニハ今度ノ事件ニ直接參加シナイガ特別ノ任務ニ服シテ居ル者ハナイカ
機關銃隊 中尉 柳下良二 ガ 二月二十五日夜 機關銃隊ヨリ私ノ部隊ニ配属スル下士官兵ヲ渡シ
且 私ノ方針理由 并 任務ノ下達ニ立會シタコトハ、前ニ申上ゲタ通リデアリマス。
ソレカラ私共ガ出勤シテカラモ武装シテ二月二十六日銃隊長ト共ニ私ノ処ヘ參リマシタガ直ニ歸リマシタ。
第五中隊 中尉 小林美文
第十中隊 中尉 新井勲
第二大隊 少佐 伊集院兼信
第七中隊 中尉 河野薫
ノ四名ハ御一新大業翼賛ヲ志す人デアリマスガ、
今回ハ之等ノ人ハ直接參加ハ致シマセンガ、殘留シテ内部整理ヲ担任シテ居タノデアリマス。
坂井ハ今日迄 昭和維新運動 其他ニテ訪問シタル人々ハ誰カ
主ナル人ハ陸軍省軍事調査部長 少將 山下奉文閣下
東京都大森區上池上町八九四 豫備陸軍少將 齋藤瀏閣下
ノ二人で、山下閣下ノ処ヘハ 本年二月十五日 ( 土曜日 ) 聯隊將校十數名ト共ニ、オ宅ヲ訪問シ、
相澤中佐殿ノ公判狀況ヲ承ハリマシタガ、
相澤中佐殿ノ公判ニ依ツテ永田局長閣下ガ軍閥重臣ト結託シテ大權ヲ私議シタコトガ、
巷間ノ妄説デハナクテ 事實ナルコトガ明瞭トナリマシタ。
齋藤閣下ハ私ノ極メテ近イ親戚デアリマスガ、未ダ三回位シカ行ツタコトハアリマセン。
昭和維新ノ問題ニ就イテハ相當研究シテ居り、随分思ヒ切ツタコトヲ申シマス。
其他ハ 西田税、村中孝次、磯部淺一 ト交友ガアル位デアリマス。
今回ノ事件ハ何故失敗シタト思フカ
本事件ノ結局ノ目的ハ昭和維新ノ斷行ヲ期スルニアリマスガ、
然シ私共ハ事ヲ起シテ戒嚴令布告迄導ケバヨイト思ツタノデアリマス。
即チ戒嚴ノ布告サエアレバ各地ノ軍隊ハ私共ニ協力シ、
軍首脳部モ決然起ツテ処期ノ目的ハ此処ニ達成セラルルト思ツタノデアリマス。
ソレデ愈々二十六日ヲ期シ 實行ニ移リマシタ処、
襲撃豫定ノ人物ハ牧野内府ヲ除ク外 全部ヤッツケ、
非常ナ成功デアリ、二月二十六日午前十時頃陸軍大臣官邸ニ於テ、
山下軍事調査部長閣下ヨリ 現在此処ニアリマス陸軍大臣告示ヲ頂キ、
我等ノ行動ハ畏レ多クモ、天聽ニ達シタノミカ、國體顕現ノ至情ニ基クモノト認メラレタノデ、
將兵非常ニ喜ンデ居リマシタ処、
豈計ランヤ 今日ノ結果トナツタノデアリマシテ、非常ニ殘念デアリマス。
特ニ平素大變力ヲ入レテ居ラレタ上層部ノ方々ガ何故此ノ絶好ノ機会ニ起タナカツタノカ、
此ノ間ノ事情ガ私ニハ判ラナイノデアリマス。
( 陳述後 陸軍大臣告示を提出したるを以て別紙第四号添付す )
( 参考・・別紙第四号に非ず )
事件ヲ惹起シタル後 時局を如何ニ収拾スルツモリデアッタノカ
眞崎閣下ヲ首班ニ柳川閣下ヲ陸軍大臣トスル内閣ヲ組織シテ臨ム考ヘデ、
荒木閣下ハ関東軍司令官ト云フ案デアリマシタ。
今回ノ事件ハ各方面ニ如何ナル反響アリト思フカ
事件當初ハ皇軍ノ本質ヲ高メ威信ヲ大イニ發揚セリト考ヘテ居リマシタガ、現在ハ判斷ガツキマセン。
國民一般に國體顕現ノ必要アルヲ充分知ラシメタト思ツテ居リマス。
( 現在ノ心境ニ附 訊問セントシタル処別紙 ( 第五号 ) ノ手記ヲ提出シタルヲ以テ添付ス )
獨斷デ兵力ヲ使用シタ事ニ關シ如何ニ考ヘルカ
洵ニ恐懼ニ堪ヘマセン
他ニ申立ツルコトナキヤ
二十八日午後以來 澁川サンガ私ノ部隊ニ附カレテマシテ、最後迄色々御世話ニナリマシタ。
陳述人 坂井直
昭和十一年三月二日
東京憲兵隊本部服務
陸軍司法警察官 陸軍憲兵中尉 鎌田福市
筆記者 陸軍憲兵伍長 福本喜一
二・二六事件秘録 ( 一 ) から
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坂井直
第二回訊問調書
被告人 坂井直
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月二日、陸軍衛戍刑務所内臨時訊問所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
二月二十五日安藤大尉ヨリ翌二十六日陸相官邸ニ入門ヲ許スベキモノノ人名ヲ記載シタル紙
及 斬殺人名簿ヲ貰ヒ受ケタト云フガ、其ノ時刻ハ何時頃カ
二十五日ノ昼頃 安藤大尉ヨリ今晩點呼後決行ノ命令ヲ受領ニ來イト申サレマシタノデ、
午後七時四十分頃安藤大尉ノ許ヘ參リマシタ処、週番指令室ニ於テ封筒ニ入レタモノヲ渡サレマシタ。
ソレカラ中隊將校室ヘ歸ツテ封筒ヲ開イテ見マスト、
一、二十六日午前七時迄ニ陸相官邸ニ入門ヲ許スベキ人名
一、二十六日午前七時以後 通過ヲ許スベキ人名
ヲ列記セルモノト 斬殺スベキ人名ヲ記載セル紙ガアリマシタ。
其名簿ハ誰ガ作ツタモノナリヤ
筆跡カラ見ルト安藤大尉ノ作ラレタモノデハナイト思ヒマスガ、
誰ガ何時何処デ作ツタノカ全ク 私ニハ解リマセン。
其ノ名簿ヲ作ルコトニ就イテ他カラ何カ聞カザリシヤ
二十五日ノ晩 安藤大尉カラ渡サレテ始メテ知ツタモノデスガ、
安藤大尉モオソラク誰カラカ貰ヒ受ケタモノデ何カト思ヒマス。
從ツテ名簿ノコトニ就イテ 豫メ何人カラモ相談ヤ話ヲ聞イタコトハアリマセン。
坂井直
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月六日
渋谷憲兵分隊
陸軍司法警察官 陸軍憲兵少尉 石森松太郎
筆記者 陸軍憲兵軍曹 熊山忠二
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二・二六事件秘録 ( 一 ) から
