林八郎
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵少尉 林八郎
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、東京衛戍刑務所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ林八郎
年齢ハ二十三才
所属部隊ハ元歩兵第一聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称ハ東京府士族
本籍地ハ東京市豊島區目白三丁目三五七〇番地
出生地ハ東京市赤坂區、以下記憶ナシ
住所ハ本籍地ニ同ジ
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
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二 ・二六事件
本事件惹起ヨリ鎭定迄ノ行動如何
二月二十六日午前二時三十分頃、
下士官ヲ起コシ中隊事務室ニ集合セシメ、
栗原中尉ガ
「 昭和維新ノ爲、只今リ出テ行ク。 目標ハ首相官邸 」
ト 言フ様ナ命令ヲ出シマシタ。
中隊下士官ニハ、平素ヨリ昭和維新ニ附ニテ充分敎育シテアリマシタ。
直チニ下士官ハ兵ヲ起シ武装ヲサセマシタ。
服装ハ軍装ニテ背嚢ヲ除キ、重機關銃九銃ハ實包銃身六銃、空包銃身三銃、輕機關銃四銃、
拳銃ハ所持數全部、消防用鉞、梯子ヲ携行セシメマシタ。
兵員二百八十名ヲ小銃三小隊及機關銃一小隊ニ編成シ、
中隊長栗原中尉ハ第一小隊長ヲ兼ネ、
第二小隊長ハ池田少尉、
第三小隊長ハ林、
機關銃小隊ハ尾島曹長ガ指揮ヲトリマシタ。
午前四時三十分頃、
表門ヲ出發シ交番ノナキ道ヲ選ビ、
午前五時稍前
岡田首相官邸ニ到着シマシタ。
・
林ハ首相官邸西方入口ニ、
附近ニアル巡査ヲ逮捕セシム可ク五名ヲ上等兵ニ附シヤリマシタ処ガ、
正門ノ所ニ居タ巡査ガ邸内ニ逃ゲ込ミマシタノデ、
私ノ部隊ハ其ノ後ヲ追ツテ正門入口ヨリ邸内ニ侵入シテ了ヒマシタ。
ソコデ私ハ、池田小隊ノ一部ヲ引率シテ西方入口ヨリ邸内ニ突入致シマシタ。
其時交番所ニ向ヒマシタ。
上等兵ノ一隊ハ、激シク抵抗シナガラ西方入口ノ傍迄逃レタ巡査ヲ射殺シマシタ。
西方入口リ侵入シタ林ノ小隊ハ、日本間ノ玄關ノ扉ヲ開ケヤウトシマシタガ開カナイノデ、
向ツテ右側ノ窓ヲ打チ壊シ侵入シマシタ。
其時、警察官ガ非常ニ抵抗シテ兵數名ガ負傷致シマシタノデ、
私ガソノ先頭ニ立チ斬リ込ミ追ヒ払ヒマシタ。
首相ノ室内ニハ誰モ居リマセンデシタカラ、明ルクナツテカラ捜ソウト決心シテ、
兵ヲ邸内ニ配置シテ居ルト、兵ガ人ガ居ルト言フノデ、ソノ部屋ニ行クト、
二人ノ巡査が居リマシタノデ、私ハ直ニソノ一人ヲ刺殺シマスト、
後ノ一人ガ後方カラ私ニ抱キツキ倒シマシタノデ直チニ起キ上ガリ、ソノ巡査ヲモ斬殺シテ、
尚モ室内ヲ捜シテ居ルト、
兵ガ室ノ側ノ空地ニ一人ノ男ガ居ルト言ツテ銃ヲ構エテ報告シタノデ
射テト命令シテ殺サシメマシタ。
一發デ殺シタト思ヒマシタニ、後デ調ベテ見ルト顔ト腹ニ各一發宛中ツテ居リマシタ。
尚、屋内ヲ捜シテ居ル内、
暫時經テ 栗原中尉ガ首相ガ居タト言フノデ行ツテ見ルト、
曩さきニ自分ガ命ジテ撃タセタノガソレデシタ。
寝室ノ隣ノ部屋ニ揚ゲテアツタ冩眞ト照合セタ結果、
其ノ男ガ岡田首相デアルコトヲ認メマシタノデ、首相ノ寝床ニ抱エコミ、
兵ヲ表玄關前ニ集結シマシタ。
此時ガ午前六時頃デアリマス。
此レガ濟ムト栗原中尉ハ東京朝日新聞社ヲ襲撃スル爲、
「 トラック 」 二台ニ兵六十名餘を乗セテ出發シマシタ。
暫時スルト、蔵相ヲ襲撃ノ目的ニ有シタ大江曹長ノ一隊六十名ヲ
中島少尉ガ指揮シテ來マシタノデ、之レト合併シマシタ。
負傷兵六、七名ハ衛戍病院ニ送リ、朝食トシテパンヲ市井ヨリ購入シマシタ。
パン代金ハ栗原中尉ガ支出シマシタ。
ソノ後は聯隊カラ給与ヲ受ケテ居リマシタ。
私ハ午后一時頃、陸軍大臣官邸ニ聯絡ニ行キ、約二時間位デ首相官邸ニ歸リマシタ。
陸相官邸デハ村中大尉ニ會ヒマシタ。
其処ニハ小田大尉外數名ノ將校ガ居リマシタガ、記憶ハ確實デハアリマセン。
私ハソレ以來、首相官邸ノ玄關ノ方ノ東端ノ室ヲ寝室ニ充テ、昼間ハ玄關口ニ居リマシタ。
二十八日ニ至リ、
敵 ( 戒嚴部隊ノ意 ) ガ進出シテ來タト言フ事ヲ聽イタノデ防禦配備ニ就キマシタ。
最後迄一戰ヲ交ヘル積リデシタ。
二十九日
栗原中尉ガ
「 此処迄ヤツテ來タノダガ、
オ互イ日本軍人ガ撃チ合ツテモ仕方ガナイカラ潔ク將校ハ陛下ノオ裁キヲ受ケヤウ 」
ト 言ハレタノデ 私ハ之レニ同意シ、
兵ヲ邸内ノ表玄關口ニ集メ、尾島曹長ニ後事ヲ委シ 陸相官邸ニ參リマシタ。
官邸ニハ近歩一ノ兵ダト思ヒマスガ、既ニ警戒ニ就イテ居リマシタ。
私ハ一室内ニ入レラレ、憲兵ノ監視ヲ受ケテ居リマシタガ、
室内ニ居ルトキ自決ヲ奨メテ來タ者モアリマスガ、
將來トテモ昭和維新ノ爲働ク意志ヲ有スルノト、
何等惡イ事ヲ爲シタノデハナイト確信シテイルノデ自決ノ意志ハアリマセン。
午后五時頃、
身柄保護トイフノデ憲兵ニ刀及拳銃ヲ取リ上ゲラレ、補縄ヲ懸ケラレ、
刑務所ニ聯レラレテ來マシタ。
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首相官邸ノ室内模様ヲ研究セシヤ
官邸内ノ模様ハ豫メ栗原中尉ガ要圖ヲ入手シテオリマシタ。
要圖ハ半紙ニ複冩紙デ書イテアリマシタ。
要圖ヲ作リタルモノ如何
知リマセン。
事件中 上官ヨリ復歸命令ヲ得ズヤ
戒嚴令ガ下ツタ事ヲ知ツタ事ガアルダケデ、他ニ何等命令ヲ受ケタコトハ有リマセン。
奉勅命令ノ出タコトモ知ラナイカ
近歩三ノ聯隊長園山大佐ヨリ奉勅命令アリタルガ如クヲ聞キタルモ、
園山大佐トハ系統異ナリ 且ハ 種々ノデマモ飛ブヲ以テ少シモ信用致シマセン。
奉勅命令ノ内容ハ此処ニ居ル部隊ハ解散シテ聯隊ノ兵営ニ歸レシアッタ様デス。
事件ノ計畫ヲ知リタルハ何時カ
本年一月中旬頃知リマシタ。
私ハ計畫ニ携ラズ實行ニ参加シマシタバカリデス。
本件ニ参加セシモノ 竝 部署如何。
近歩三、歩三、鉄道聯隊ノ中島少尉等ガ參加スル事 竝 攻撃目標トヲ二月中旬頃達セラレマシタガ、
實行ノ日時ヲ達セラレマシタノハ前日デアリマス。
現在ノ思想ヲ抱持スルニ至リシ原因 竝 經過如何。
私ハ幼年學校入校前伯父青柳勝利ノ許ニ成育シ、
伯父ハ常ニ大君ノ爲ニ忠義ヲ盡セ、大君ノ爲ニ考ヘテヤレバ策ハ自然ニ生マレルモノデアル
ト 敎ヘラレ、此ノ頃カラ國士的精神ヲ培ハレテ居リマシタ。
幼年學校ニ入學シテカラ 指導生徒ノ訓示ニ依ツテ忠君愛國ノ精神ハ愈々旺盛ニナリ、
國家將來ニ附キ 深刻ニ考ヘル様ニナリマシタ。
私ガ幼年學校三年ノ時 一高在學中ノ兄ハ共産党事件關係ノ嫌疑デ警察ニ留置サレマシタ、
其頃兄カラ種々ノ話モ聞イテ居リマシタガ、
私ノ考ヘトハ天皇陛下ニ對シ奉ル事項ニ附 相違ノ點ガアリマシタ。
私ノ考ハ 父 ( 林大八大佐 ) ガ上海事變デ戰死シタ當時、
父ノ友達ガ來テ種々話ヲ聞カサレテ感奮興起シ、
大君ノ爲ニ盡クサネバナラヌト云フ考ハ一層強化サレマシタ。
然シ 其ノ當時迄ハ 私ノ考ハ主トシテ大アジア主義ノ實現ト云フ様ナ方面ニ向ケラレテ居タガ、
其ノ後 十月事件、五 ・一五事件 等々 逢着シテ國内ノ問題ヲ考ヘル様ニナリ、
右兩事件ニモ關係スル考ヘデアツタガ、先輩タル山本春一少尉ニ止メラレ、止メマシタガ、
國家改造ノ機ノ近キタル事ヲ感ゼラレマシタ。
士官學校豫科ヲ卒業シテ歩兵第一聯隊ニ配属セラレテカラハ、
將校集會所デ佐藤竜雄大尉、香田大尉、栗原中尉 等ノ話ヲ聞キ、
國内問題ニ對スル關心ヲ一層深クスルニ至リ、
士官學校本科ニ入校前
同期生ノ佐々木 ( 二郎 ) カラ一緒ニ國家改造ニ乗リ出サウデハナイカトノ話アリテ、
之ニ同意シ 爾來志ヲ同ジウスル同期生トノ交際ヲ深クシ、
本科入校後 佐々木ノ紹介デ磯部主計ト面談シタガ、
當時ノ自分ノ考ヘハ磯部主計ノ考ヘトハ少シ相違シテ居ツタ、
即チ 磯部主計ノ考ヘハ 昭和維新ノ道ニ國軍ガ一體ニナルベキダ
ト云フニ反シ、自分ノ考ヘハ
先ヅ國軍ノ一體ヲ圖リ 而シテ後 國家改造ニ向フベキダト云フニアッタ。
本科ヲ卒業シテ歩兵第一聯隊ニ歸ツテカラ國軍ノ内容モ段々ヨク分カル様ニナツテ、
今迄ノ自分ノ考ヘハ實現不可能ト判リ、結局磯部主計ノ考ヘト一致スル様ニナリ、
十年十月第十中隊カラ機關銃隊ニ轉ジテカラハ、
栗原中尉ト一緒ニナリ種々話ヲ聞ク機會モ多クナツタガ、
多少ノ意見ノ相違ハアッテモ 目的トスル所は一ツデアルカラ、
栗原中尉ト行動ヲ共ニスル決心ヲシテ今回ノ擧ニ及ボシタ譯デス。
今申立テタ國軍ノ内容トハ如何
中央部ニアル人々ノ昭和維新ニ對スル考ヘガ極メテ薄弱デ、
到底國軍ノ一體化ヲ圖ルコトハ覺束ナイ狀態デアルコトデス。
實行ニ着手セル當時ノ心境如何
重臣財閥ヲ斃シタナラバ、昭和維新ノ大命ガ下ルモノト考ヘテ居マシタ。
現在ノ心境如何
實行當時ト何等變ワリナク、アクマデ昭和維新ノ目的ヲ達成シヨウト思ツテ居マス。
宸襟ヲ悩マシ奉リタリト思ハザリヤ
思ヒマセン。
反ツテ陛下ノ下ニアル重臣ガヨリ以上ニ宸襟ヲ悩マシ奉ツテ居タモノト思ヒマス。
私ハ最忠最良ヲ行ツタモノト思ツテイマス、
ソレハ陛下ノ大御心ヲ悩マシ奉ツタモノヲ斃シタカラデアリマス。
昭和維新ノ思想ヲ抱クニ至ツタ原因ニ附き現役軍人以外ノ者ノ訓化ヲ受ケシ事アリヤ
幼年學校ニ入校前ニ伯父カラ訓化ヲ受ケタ以外ニアリマセン。
二月二十六日ヲ選ビシ理由如何
栗原中尉ノ云フ儘ニ實行セシノミデ他ニ理由ハ有リマセン。
国際的影響ハドウダト思フカ
昭和維新ガ成功スレバ影響ナキモ
失敗デアルカラ悪影響を及ボシタモノト思ヒマス。
經費ハ如何ニシテ得タルカ
深ク知ラナイガ、栗原中尉ハ實家竝奥様 ( 玉枝 ) ノ實家ヨリ送金ヲ受ケテ居タヤウダカラ、
之ヲ充テタモノト思フ。
他ニ陳述ス可キ事ナキヤ
有リマセン。
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月一日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官 陸軍憲兵大尉 井尾 格
筆記者 陸軍憲兵軍曹 栗津 今
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