坂井直中尉の四日間 1 『 洵ニ夫人ノ態度ハ立派デアリマシタ 』

坂井直
訊問調書
被告人  元陸軍歩兵中尉 坂井直
右ノ者ニタイスル對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、
大塚憲兵分遺隊ニ於テ、本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
指名ハ坂井直
年齢ハ二十七年
所属部隊ハ元歩兵第三聯隊
官級等ハ元陸軍歩兵中尉
族称ハ三重県平民
本籍地ハ三重県三重郡桜村大字桜百三十三番地
出生地は東京市四谷區大番町
住居は東京市麻布区竜土町五拾六番地
職業ハ現在無職
位記、勲章、記章、年金、恩給ヲ有セサセルヤ
従七位、勲六等瑞宝章、昭和六年乃至九年事変従軍記章、満洲国建国功労章ヲ拝受シテ居リマスガ、
年金、恩給等ハアリマセン
額歴及陸軍生徒志願以來ノ經歴如何
私ハ大阪府立生野中學二年ヨリ広島陸軍幼年學校ニ入學し、
昭和七年十月 歩兵少尉ニ任ゼラレ、歩兵第三聯隊附トナリマシタガ、
昭和八年五月臨時編成部隊ニ属シ、支那駐屯軍北京駐屯歩兵隊ニ派遣サレマシタガ、
昭和九年六月復歸シマシタ
現在第一中隊附デ第一大隊副官代理を勤メテ居リマス
家庭ノ狀況如何
妻孝子 ( 當二十年 ) ハ、明野陸軍飛行學校材料廠長 陸軍航空兵中佐 平田辰男ノ長女デアリマシテ、昭和十一年二月九日結婚シマシタ
実父 平吉 ( 當六一年 ) ハ、後備役陸軍少將
實母君枝 ( 當五十八年 )
妹君子 ( 當二十四年 ) ハ、東京市大森區上池上町 田実方ニ嫁ス
弟明 ( 當二十三年 ) ハ、東京歯科医学専門學校在學中
妹光子 ( 当二十二年 )
妹信子 ( 当十九年 ) は、四日市市立四日市高等女學校専攻科在學中
弟勇 ( 当十七年 )は、三重県立富田中學校在學中デ一家ハ現在本籍地ニ住ンデ居リマス。
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二 ・二六事件

昭和維新運動ニ從事スルニ至リタル原因、動機及經過如何
父ハ帝國ノ將校デアリマシテ、日露戰役ニ參加シ功五級ニ叙シ金鵄勲章ヲ拝受シテ居リマシテ、
厳格ナル武人ノ家庭ニ育チ、幼少ノ頃ヨリ常ニ忠君愛國ノ精神ヲ涵養セラレ、
將來ハ陸軍幼年學校ニ入校シテ國軍ノ楨幹トナリ、死ヲ鴻毛ノ輕キニ置キ、
大元帥陛下ノ股肱トシテ御奉公申上ゲ度ノ念ヲカタメマシタガ、
長兄豊蔵ガ陸軍幼年學校ニ入學スルニ及ビ將校生徒タルニ憧ルルノ念ヲ増シ、
廣島陸軍幼年學校ニ入校シマシタガ、當時ノ校長遠藤五郎大佐 ( 目下陸軍少將 ) ノ崇高ナル御人格ニ感化セラレ、
大正十五年五月二十五日 時ノ皇太子殿下 廣島地方行啓ニ際シ我廣島陸軍幼年學校ニ行啓ヲ仰ギ奉リ、
千歳一隅ノ身ニ餘ル光榮ニ浴シ、益々盡忠報國ノ念ヲ高メマシタ。
陸軍士官學校ニ入校シテ同ジ學ビ舎ニ竹ノ園生ノ御在學アラセラレアルヲ知リ、
光榮之ニ過ギルモノナキ身ノ程ヲ察シ添エナキヲ得マセンデシタガ、
士官候補生トシテ歩兵第三聯隊ニ入隊スルニ及ビ將校團ノ御一人トシテ、
畏レ多クモ秩父宮殿下ヲ仰ギ奉ルノ光榮ヲ担ヒ、
又 新兵舎新設ノ際ニハ行幸ヲ賜ハリ、皇室ノ御殊遇ヲ添ウズルノ深キニ感激ヲ致シマシタ。
士官候補生トシテ在隊中 歩三將校團員タリシ菅波三郎中尉 ( 目下大尉 ) ノ御薫陶ヲ受ケ、
腐敗セル社會情勢ヲ知ルニ及ビ、現在ノ日本ノ國家ヲシテ眞ノ日本精神ニ立脚セル姿ニ立チ直スノハ、
吾人ノ努メナルベキ観念ヲ植エツケラレマシタ。
陸軍士官學校本科在學中、同期生中ヨリ五 ・一五事件ノ志士ヲダシ親友タル彼等十一名ノ精神ヲ生カス爲ニ、
我々在京部隊ニアル者ノ責任ヲ痛感シマシタガ、
見習士官トシテ原隊ニ復歸後安藤大尉ヨリ種々薫陶セラルル所アリ、
在京同憂ノ士 村中大尉 ( 士官學校豫科時代中隊ノ區隊長タリ )、磯部主計、大蔵大尉等ヲ紹介セラレ、
昭和御一新創業ノ大本ヲ説カレ、強固ナル信念ヲ植エツケラレマシタガ、
初年兵敎官トシテ兵ヲ敎育スルニ當リ 彼等ノ身上ヲ調査シテ疲弊セル社會現狀ガ實ニ豫想外ニ深刻ナルヲ知リ、
安心シテ敎育ニ従事スルコト能ハザルヲ感ゼルノミナラズ、
後顧ノ憂ナクシテ戰場ニ於テ 充分ニ其ノ任務ヲ達成スベキ健全ナル軍人精神ヲ以テ
出征スル部下兵隊ヲ敎育スルコトハ到底不可能デアツテ、
先ヅ 國内ヲ根本的ニ建テ直サナケレバナラナイト思フ様ニナリマシタガ、
他面某々瀆職とくしょく事件、収賄贈賄事件、某々疑獄事件、左翼ノ運動等々
毎日ノ新聞ヲ賑ハス社會ハ洵ニ日本國内ノ腐敗堕落其ノ極ニ達セルヲ物語ルモノデ、
此ノ政治、經濟、敎育、司法等 アラユル社會ノ腐敗ヲ一刻モ速カニ矯正シナケレバナラナイコトヲ痛感シマシタ。
ロンドン條約當時ニ於ケル統帥權干犯ノ事實、満洲事變に於ケル軟弱外交、天皇機關説、
其他ノ諸現象ハ爲政者ガ徒ラニ私利私欲ヲ事トシ、自ラ榮達ノ爲メニハ國家ヲモ顧ミズ、
我党ノ爲メニハ國運ノ降替ヲ犠牲ニシテ迄モ私心ヲ肥ヤシ 所謂重臣、政党、財閥、特権階級等ガ相結束シテ、
權力金力ヲ恣ニシテ不正不義ヲ事トシテ 毫モ省ミズ、其ノ腐敗糜爛びらん其ノ極ニ達シ、
殊ニ宮中府中ニ在ル所謂君側ノ奸臣共ガ陛下ノ紫袖ニ隠レテ大逆不道ヲ敢テシテ毫モ憚ルコトナク、
一君萬民ノ國體精神ニ悖ツテ、陛下ノ大御心ハ恐レ多クモ歪曲シテ國民ニ傳ハリ國民ノ意志ハ正當ニ、
上御一人ニ傳ハラナイノハ洵ニ遺憾千萬デアリマシテ、
ドウシテ宮中ノ暗幕、君側ノ奸臣共ヲ亡キ者ニシナケレバ、
神國日本ノ將來ハ洵ニ累卵ノ危機ニ陥ルコト必然ナルベキヲ感ジマシタ。
ソシテ政党政治ノ腐敗堕落、資本主義經濟社會ノ糜爛的發達ニ伴フ富ノ偏頗ト農山村疲弊ノ極致、
敎育界ノ腐敗、司法權ノ動揺 ( 大權を司ルモノノ中ニ赤化思想を抱クモノ出ツ )、
外交ノ不當 等 各部門ニ亙リ洵ニ憂フベキ現象ヲ示シ、殊ニ天皇ハ  機關ナリト稱スル欧米ノ思想ヲ鵜呑ミニセル。
我ガ國體ニ全ク相容レザル大逆不道ノ學説ヲ信ズルモノアルニ至リ、益々革新ノ必要ナルヲ痛感シマシタ。
十月事件、五 ・一五事件、血盟団事件 等相繼イデ起リ、國民精神ヲ覺醒セシメタルモ、
國家ノ支配階級ハ毫モ反省スルコトナク、遂ニハ武士道ヲ重ンジ 皇威ヲ恢弘シ、
國威ヲ顕揚スベキ我々軍隊ガ遂ニ此ノ蓄弊ヲ矯メ、御一新ノ大業ノ翼賛ニ向ツテ邁進シナケレバ、
到底眞ノ國體ヲ顕現スベキ方法ハ他ニナシト言フ結論ニ到達シタノデアリマス。

二月二十六日 昭和維新ヲ斷行スルタメ軍隊ヲ率ヒ齋藤内大臣ヲ殺害シタルコトハ間違ナイカ
間違イアリマセン。

今回ノ事件ノ原因、動機如何
相澤中佐殿ノ公判ニ依リ統帥權干犯事件其他巷間ノ妄説トシテ取扱ハレ居リタル事柄ガ、
證言ニ依リ 遂ニ事實トナルニ至リ、大義名分トナリマシタノデ、
相澤中佐殿ノ理想ヲ貫徹シ、
國體を顕現スルタメニ兵力ヲ以テ國家ノ逆賊君側ノ奸臣ヲ討チ取リ、正義ノ大本ヲ國民ニ示シ、
以テ大御心ヲ安ンジ奉リ、國家ノ安泰ヲ計ラザルベカラズト判決ヲ下シ、決行シタノデアリマス。

何故齋藤内大臣ヲ殺シタカ
齋藤内大臣ガ君側ノ奸臣デアルト言フコトハ、
五 ・一五事件ノ被告及相澤中佐殿ガ公判廷デ克ク其ノ理由ヲ天下ニ知ラセマシタカラ、
今更此処デ下手ナ意見ヲ申上グル迄モアリマセン。

然ラバ此ノ事件ハ誰ガ計畫シタノカ
元歩兵大尉村中孝次、元一等主計磯部淺一、ノ 兩名ガ統制シテ計畫シ、
私ノ聯隊ノ第六中隊長安藤輝三 古參ノ代表者トシテ、此ノ計畫ニ參与シタト思ヒマス。

計畫ノ概要ヲ述ベヨ
私ノ知ツテ居ル範囲内デハ、二月二十三日 日曜日歩兵第三聯隊週番指令室デ、
安藤大尉 ( 當時週番指令 )、大尉野中四郎、村中孝次ノ三名ガ計畫ヲ相談シテ居ツタ様デアリマシタガ、
私ガ其ノ部屋ヘ這入ツテイタ時ニ、二月二十六日正午 （ 午前零時 ）準備ニ着手シ、午前五時ヲ期シ決行、
私ハ齋藤内大臣邸ヲ襲撃シ任務達成後 高橋少尉、安田少尉ガ渡邊敎育總監襲撃ヲ担當シ、
殘餘ハ私ノ引率ヲ以テ陸軍省東北角附近ニ集結スル案ヲ示サレマシタ。

越エテ 二十五日 日夕點呼後 週番指令室 第七中隊將校室、第六中隊等ニ於テ、
具體案ヲ立案シタル後 週番指令室デ安藤大尉ガ私ニ週番指令トシテ左記ノ命令ヲ下命致シマシタ。
坂井中尉ハ第一中隊及機關銃四銃ヲ指揮シ、午前五時ヲ期シ、齋藤實邸ヲ襲撃シ、
任務達成後ナルベク速ニ、高橋少尉 ( 第一中隊附 ) 安田少尉 ( 砲七、砲工在学中 ) ヲシテ、
輕機二分隊小銃二分隊ヲ以テ、トラック二台ニ分乗シ、渡邊敎育總監私邸ヲ襲撃
爾餘ノ部隊ハ坂井中尉ノ引率ヲ以テ陸軍省東北角附近ニ集結シ、
半蔵門、三宅坂、平河町一丁目ニ亙ル間ヲ警戒スベシ。
此ノ部隊ヨリ左ノ地區ハ栗原部隊ノ担任トス。
其ノ時達セラレタ他部隊ノ襲撃目標ハ、
安藤部隊  鈴木侍從長
野中部隊  警視庁
栗原部隊  岡田首相
香田部隊  襲撃個所ハ忘レマシタガ最後ニ參謀本部ニ集結スルト云フコトハ知ツテ居リマシタ
丹生部隊  陸相官邸警戒
中橋部隊  高橋蔵相
 デアリマシタ。

渡邊敎育總監ヲ襲撃シタル理由如何
相澤中佐殿ガ公判廷デ述ベテ居ラルル如ク、
天皇機關説ヲ肯定スル大逆不道ノ人デスカラ襲撃シマシタ。

參加將校、准士官、下士官ノ氏名ヲ述ベヨ
部隊長  第一中隊 中尉 坂井直
將校  第一中隊附 少尉 高橋太郎
將校  第一中隊附 少尉 麥屋清濟
將校  野砲第七聯隊 ( 砲工學校在學中 ) 少尉 安田優
曹長  第一中隊 末吉常吉
曹長  第二中隊 渡辺清作
軍曹  第一中隊 中島正二
軍曹  機關銃隊 鳥羽徹雄
軍曹  第一中隊 新正雄
軍曹  第一中隊 窪川保雄
軍曹  第二中隊 蛭田正夫
軍曹  第二中隊 小原竹次郎
伍長  第二中隊 北島弘
伍長  第二中隊 長瀬一
伍長  第一中隊 林武
伍長  第一中隊 梶間増治
伍長  第一中隊 木部正義
伍長  第一中隊 内田一郎
伍長  第一中隊 丸岩雄
伍長  第一中隊 高岡庄之助
氏名不詳伍長一
兵  百九十一名
以上 將校四名、下士官十七名、兵百九十一名、合計二百十二名デアリマシタガ、
命令下達後 末吉曹長、中島軍曹ノ兩名ハ行方不明トナリ參加シマセンデシタカラ、
襲撃參加人員ハ二百十名デアリマス。
只今カラ私ノ襲撃ニ關スル計畫概要ヲ申上ゲマス。
1、編成
小銃八分隊
輕機八分隊 ( 八銃 )
機関銃四分隊 ( 四銃 )
出場人員将校以下二一〇名
2、彈薬
小銃 五箱 ( 一箱 一、四四〇發 ) 七千二百發
輕機 二箱 ( 一箱 一、四四〇發 ) 二千八百八十發
機關銃 機關銃隊統一シテ受領シタノデ存ジマセン
拳銃 一銃ニ附三十發
發煙筒 五個
緑筒 ( 催眠瓦斯 )
3、服装
軍装ニシテ背嚢ヲ除キ防毒面ヲ携行ス
4、齋藤邸突入ノ部署
警戒隊 末吉曹長
第一突撃隊 坂井中尉    麦屋少尉
第二突撃隊 高橋少尉    安田少尉
5、陸軍省東北角附近警戒ノ部署ハ後命トス
6、經路
営門--青山一丁目--信濃町--齋藤邸

實施迄ノ準備行動を詳シク述ベヨ
午後十一時 下士官ヲ起シ將校室ニ集合セシメ、決行ノ方針 理由 并 処置ノ大要ヲ示シ、
各下士官ニ任務ヲ与ヘマシタ。
ソシテ週番指令ノ命ニ依リ、
聯隊兵器委員助手タル新軍曹ヲシテ彈薬分配ノタメ彈薬庫ニ至ラシメマシタ。
中島軍曹ハ所要ノ兵員ヲ聯レテ坂井部隊ノ彈薬受領ノタメ彈薬庫ニ至ラシメマシタ。
丸伍長 ( 週番 ) ヲシテ糧食 ( 乾麺麭 ) 受領ノタメ炊事ニ至ラシメマシタ。
二十六日正午 ( 午前零時 ) 兵ヲ一齊ニ起床セシメ、準備ニ取掛リ、
午前三時二十分迄ニ諸準備ヲ完了、舎前ニ整列セシメマシタ。
是ヨリ先キ 私ガ直接機關銃隊ニ到リ
週番士官 中尉 柳下良二ヨリ 兵員ヲ受領シ、
同官立會ノ下ニ分隊長四名ヲ下士官室ニ集メ、方針、理由 并 任務ヲ説明シ、
午前三時二十分迄ニ第一中隊舎前ニ成立スベキヲ命ジマシタ。
然ルニ 末吉曹長、中島軍曹 両名ガ行方不明トナツタ爲、彈薬分配ニ意外ノ時間ヲ費ヤシ、
整列ガ約三十分遅レマシタガ、斷乎タル決心ヲ以テ方針ヲ變更シマセンデシタ。
總テノ準備ヲ完了シ、
午前三時五十五分 出發ニ当リ、
趣意書ニ基キ 是カラ皆ト一緒ニ 天皇陛下ノ御爲メ盡サウト訓示シ、
午前四時十分營門ヲ出マシタ。

襲撃狀況ヲ陳述セシムルニ先ダチ、
被告ヲシテ齋藤内府邸附近 及 襲撃現場概要圖ヲ作製提出セシメタリ。
別紙要圖第一、第二ノ如シ。 

齋藤内府邸襲撃狀況ヲ述ベヨ
豫メ示セル如ク 行進中ニ各警戒部隊毎ニ分進セシメ、第一突撃隊ハ正門、第二突撃隊ハ通用門ニ集結ヲ完了シ、
午前五時を期し 要圖第一ニ示ス如ク門ヲ開イテ突入シ、警戒隊ハ配備ニツキマシタ。
此ノ時 正門ハ簡單ニ開イタノデ 第二突撃隊ハ通用門ヨリノ突入ヲ止メテ正門ニ廻リマシタ。
當時玄關前警察官詰所ニハ警察官二十名内外ガ狼狽シテ服ヲ着ケテ居ル処ヘ突撃隊ガ殺到シテ、
之ヲ包囲シマシタカラ 何等ノ抵抗モ受ケマセンデシタ。
其ノ間ニ坂井中尉、高橋少尉、安田少尉、林伍長 及 機關銃射手一ノ五名ガ一團トナリ裏口ニ廻リ、
雨戸ヲ破ツテ室内ニ侵入シマシタ処、十五、六歳クライノ男ノ給仕ガ居リマシタノデ、
之ニ案内セシメ 要圖第二ノ示ス 二階内府ノ寝室ニ赴キマシタ。
此ノ時 内府夫人 ( 春子 ) ガ物音ニ驚キ入口ノ戸ヲ開ケマシタガ、
此ノ様子ニ驚キ一瞬ニシテ戸ヲ閉メラレマシタ。
ソコデ安田少尉ガ戸ヲ開イタノデ、一同中ヘ這入リマスヤ、
夫人ハ一同ノ前ニ兩手ヲ擧ゲテ立チ塞ガリ、
「 待ツテ下サイ 」 ト 言ツテ制止サレマシタ。
其ノ頃 内府ハ室ノ奥ノ方ヨリ寝巻ノ儘 起キテ來ラレマシタ。
ソコデ誰デアッタカ記憶シマセンガ、
夫人ヲ押シノケテ一番右ニ居タ安田少尉ガ先ヅ拳銃ヲ一發放チマシタ。
續イテ私ト高橋少尉ノ三人デ拳銃ヲ亂射シマシタカラ、
内府ハ二、三歩後ヘ退キ　要圖ニ示ス様ニ倒レマシタ。
此ノ時 夫人ハ身ヲ以テ内府ノ身體ヲ庇ヒ、
「 殺スナラ私ヲ殺シテ下サイ 」
ト 言ツテ、其処ヲ離レマセンデシタ。
洵ニ夫人ノ態度ハ立派デアリマシタ。
固ヨリ私達一同ハ内府以外ノ人ハ決シテ負傷サセマイト豫メ申シ合セテ居リマシタカラ、
無理ニ夫人ヲ押シ退ケテ射撃ヲ續ケマシタ。
此処デ内府ガ全ク人事不肖ニ陥ツタ様デアリマシタガ、
此ノ時 輕機関銃ノ射手ガ 
「 私ニモ射タシテ下サイ　」 ト 言ツテ、經機關銃ヲ以テ數發發射致シマシタ。
トドメヲ刺ソウト思ツタノデスガ、夫人ガ離レナイノデ目的ハ充分ニ果タシタモノト思ヒ、
トドメヲ刺サズニ寝室ヨリ引下ガッテ、正門前ニ集結シ、一同と共ニ思ハズ 天皇陛下萬歳ヲ三唱シマシタ。
時ニ午前五時十五分デシタ。
發射彈數ハ私ハ七發デスガ他ノ者ハ何發發射ツタカ存ジマセン。
ソコデ私ハ集合喇叭を吹奏セシメテ内府邸南側ノ橋梁上ニ部隊ヲ集結シ、
高橋少尉、安田少尉ニ渡邊敎育總監襲撃ノ任務ヲ授ケテ 爾余ノ部隊ヲ引率シテ、
陸軍省東北角附近ニ到着シ、直チニ警戒配備ヲ取リマシタ。
時ニ午前六時五十分デシタ。


陸軍省附近配備狀況訊問ニ先チ別紙要圖第三ヲ作製セシメ之ヲシメシツツ左ノ訊問ヲ爲シタリ。
爾余ノ行動 特に陸軍省配備ノ狀況を詳シク述ベヨ
配備ノ狀況ハ只今提出シタ要図ノ通リデアリマス。
( 別紙要図三 )

・・・次頁 坂井直中尉の四日間 2に 続く
二・二六事件秘録 ( 一 ) 及び 他  から