麥屋清濟
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵少尉 麥屋清濟
右ノ者ニ對スル叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月二日、本所憲兵分隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ麥屋清濟
年齢は二十七年
所属部隊ハ元歩兵第三聯隊
官等級ハ元特別志願士官陸軍歩兵少尉
族称ナシ
本籍地ハ埼玉県大里郡折原村大字折原九二番地
出生地ハ右ニ同ジ
住所ハ東京市赤坂區青山北町四丁目四三番地
職ハナシ
位記、勲章、記章、年金、恩給を有セザルヤ
正八位
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
受ケタコトハアリマセン
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二 ・二六事件
只今ヨリ、二月二十六日未明ヨリ軍隊ヲ率イ齋藤内府邸ヲ襲撃シタル狀況ヲ順次申立テヨ
二十五日午后四時頃、
中隊 ( 第一中隊 ) ノ週番士官坂井中尉殿ヨリ、
今夜正午頃非常呼集ヲ実施スルカラ午后十時頃集合ス可ク命ゼラレ、
且ツ週番司令安藤大尉殿ヨリモ右同様ノ命令ガアリマシタノデ、午后五時頃一先ヅ歸宅シタ。
食ヲ濟マシ、二時間位睡眠ヲトリ、午后十時半頃聯隊ニ集合シマシタ。
集合後先ヅ中隊ノ將校室ニ這入リマシタガ其時ハ既ニ高橋少尉ガ來テ居リマシタシ、
週番ノ坂井中尉殿モ居リマシタ。
其時、坂井中尉殿ハ非常呼集ハ十二時ニ實施スル豫定ニ附 一應就寝ス可ク傳ヘラレタルニ附、
將校室ニハ寢ル設備ガナイノデ班ノ寝台ノ空イテイル所ニ行ツテ寝テ居リマシタ。
ソノ後、十一時半頃、
兵ガ來テ非常招集ニ附話サレルカラト起サレタノデ其儘起床、將校室ニ行キマシタ。
將校室ニハ、坂井中尉殿ト高橋少尉ト、
他ニ其晩始メテ紹介サレテ知ツタ安田トカ吉田トカ云フ砲兵少尉ガ集ツテ居リマシタ。
ソノ後、下士官モ集メル様ニト言フノデ下士官モ起シマシタ。
然シテ全部集合後、
坂井中尉殿ガ今夜ノ非常招集ハ齋藤内府ヲ襲撃スル爲ニ行フモノナル旨ヲ告ゲ、
且ツ兵器係ノ新、中島ノ両軍曹ニ彈薬ノ受領方命令シマシタガ、
ソノ内 ( 二十六日 ) 十二時ニナリマシタノデ全員ノ非常招集ヲ命ジ、各班長ヲシテ起サセマシタ。
軍装ヲ終ツタ兵ニ對シテハソノ儘班内ニ控ヘサセテ置キマシタガ、
ソノ内彈薬ガ到達シタノデ、各班長ニ彈薬ヲ分配サセマシタ。
ソノ間他ノ將校ハ班内ヲ廻ツタリ色々ヤツテ居リマシタガ、私ハ將校室ニ一人居リマシタ。
其後直チニ整列ヲ命ジ、整列終ルヤ
坂井中尉殿ガ編成シマシタガ此編成ハ小隊編成デハアリマセンデ、
中隊ノ下士官ト第二中隊カラ集ツテ來タ下士官ヲ基準トシテ、
某軍曹以下何名ト言フ様ナ變則ナ分隊編成デアリマシタ。
分隊ノ数ハ多分十二、三分隊ト思ヒマシタ。
私ハ中隊ノ後方カラ來ル様ニ命ゼラレマシタ。
編成終了後、坂井中尉殿ハ一同ニ對シ、
大要、
「 之レヨリ中隊ハ、
日本國民ヲ無視シ御上ノ大權ヲ私スル足利尊氏ニモ勝ル可キ 齋藤内大臣ヲ襲撃セントスルモノナリ。
各自ハ初年兵係敎官トシテ、又 補助敎官トシテ最モ信頼ス可キ高橋少尉、
麥屋少尉ノ兩敎官ノ下ニ活動スルモノニ附、氣ヲ落着ケテ任務ヲ完フス可キ 」
旨ノ訓示ヲナシ、
午前四時頃 屯営ヲ出發、
同五時頃 四谷区中町ナル齋藤實ノ私邸ニ到着シマシタ。
ソノ途中、坂井中尉ハ各幹部ニ任務ヲ課シマシタガ、
私ハ四谷見附ヨリ権田原ニ通ズル道路ヲ省線ノ上ニ架ケタル橋ヲ渡リ、
四谷區仲町ノ齋藤邸ニ到ル路上警戒ノ爲三個分隊ノ警戒配置完了後、
齋藤邸ニ到ル可ク命ゼラレマシタ。
ソノ命ニ依リ私ハ離宮ニ流彈ノ飛ブコトヲ懼レ、
久保田上等兵ノ指揮スル小銃分隊ニハ装填セシメズ、
橋上ニ離宮ニ面シテ配置シ、
窪川軍曹ノ指揮スル輕機分隊ヲ権田原ノ方面ニ面シ、
氏名不知下士官ノ指揮スル重機分隊ヲ四谷見附ノ方向ニ面シ、
各装填セシメテ配置ヲナシ、以テ路上警戒ヲ命ジ、
各部隊ニ對シテハ先方射タザル限リ 此方ヨリ攻撃スルガ如キコト無キ様注意シ、
單身齋藤邸ニ參リマシタ。
其時齋藤邸ニハ既ニ中隊到着、表門ニハ輕機ヲ配置シテ警戒シテ居リマシタ。
私ハ門カラ入ツテ勝手口ノ方ニ廻ツタ時ニハ、既ニ外務警戒兵ノ外ハ侵入シアリ、
家中ヨリハ輕機小銃ノ音ガ聞エテ居リマシタ。
ソノ時氏名不詳ノ兵ガ私ニ向ツテ
「 警官ガ拳銃ニ彈ヲ装填シテ居リマスカラ御注意下サイ 」
ト 注意シマシタノデ、
私ハ其処ニ居合セタ兵二十名ニ對シ警察官ニ注意スル様ニ命ジマシタ。
ソノ時、渡辺曹長ガ居テ
「 私ガ注意シテ居リマス 」 ト 答ヘマシタノデ
既ニ入リカケテイタ兵二、三名共ニ勝手口カラ家内ニ入リマシタガ、
其処ニハ箱火鉢ノ前ニ坐リ
悠々迫ラヌ態度ヲ示シ 煙草ヲ喫ツテ居ル六十才位ノ夫人ヲ見マシタ。
私ハ日本婦人トシテ誠ニ賞賛ス可キ婦人デアルト思ヒマシテ、兵ニ對シ
「 老婆サンニハ決シテ危害ヲ加エテハ不可 」 ト 注意ヲ促シ置キ、
喇叭手外二、三名ノ兵ト共ニ左ノ廊下ヲ進ミマシタ処、
二階ノ方カラ座布團ヤ寝巻ヲ冠ツタ女中ト思ハレル婦人ヤ子供等ガ二、三名
下リテ來マシタカラ、之等ニ對シテハ早ク非難ス可キ事ヲ命ズルト共ニ、
兵ニ對シテモ手出シヲセヌ様注意ヲ与ヘマシタ。
其階段下デ暫ク震エテ動ケヌ様ニナツテイル猫ヲ見テ居ルト、
二階カラ安田砲兵少尉ガ下リテ來テ私ニ向ヒ、
「 情況終リ 喇叭一聲 直グ引揚 」
ト言ヒマシタガ 喇叭ハ吹イタカドウカ記憶アリマセン。
私ハ直グ外ニ出テ、
前ニ路上警戒ニ配置シタ重輕機及小銃部隊ノ攸ニ行キ
「 前進 」 ト 言ヒマシタ。
ソノ時、坂井中尉殿ハソノ道路上ニ來テ居テ中隊全員ヲ集結シ、
血糊ニ染ツタ手ヲ示シ、
全員ニ對シ
「 之レハ惡賊齋藤ノ血デアル。 皆ヨク見ロ 」
ト 言ヒ、私ニ對シ
「 之レカラハ赤坂見附ノ方ニ向ツテ引率セヨ 」
ト 言ハレマシタノデ、
私ハ渡辺曹長ト二人デ先頭ニ立チ引率シテ赤坂離宮ノ東北側路上ニ出マシタガ、
ソノ時、坂井中尉殿ガ停止ヲ命ジマシタノデ私共ハ各人ガ離宮ニ最敬礼ヲ致シマシタ。
ソノ時、高橋少尉ト安田少尉ニ、坂井中尉殿ガ指示シマシタノデ、
二人ハ其所カラ部隊ヲ離レテ行動ヲ別ニシマシタ。
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坂井中尉殿ハ下士官ヲ二分シテ編成ヲ替ヘ、
自ラ紀ノ國坂ヲ下リ赤坂見附ヲ通ツテ平河町ノ市電停留所附近ニ至リ停止ヲ命ジマシタ。
私ハソノ間、先頭ノ坂井中尉殿ト一緒ニ參リマシタ。
丁度ソノ時ハ明ルクナリカケテ居タ頃デ五時半頃デアツタト思ヒマス。
坂井中尉殿ハ下士官ニ對シ道路上ノ警戒ヲ命ズルト共ニ、
私ニ對シ
「 永田町ヲ通リ陸軍省ニ至リ 歩兵第一聯隊カラ來テ居ル部隊ガアルカラ報告シテ來イ 」
ト 命ジマシタノデ、
私ハ渡辺曹長ヲ伴レテ參リマシタ所ガ、
陸軍省ニ行ク角ノ所デ歩兵第一聯隊ノ名ハ知リマセンガ、
眼鏡ヲ掛ケタ大尉ニ出會ヒマシタノデ狀況ヲ報告シ、直チニ部隊ニ歸リマシタ。(・・・磯部 )
部隊ニ歸リマスト、
私ハ坂井中尉殿カラ三宅坂ニ出シテアル窪川軍曹ノ輕機分隊ト
他ノ重機分隊ト小銃分隊ヲ指揮シテ道路上ノ警戒ヲ命ゼラレマシタカラ、ソノ地點ニ行キ任務ニ服シマシタ。
其処ニ御前七時半カ八時頃迄ソノ任務ニ就キマシタ。
ソノ間、交通遮斷シテ置キマシタガ、
陸軍武官ヲ通スカ否ヤニ附疑問ガ起リマシタノデ坂井中尉殿ニ伺ヒマシタ処ガ、
始メハ成可ク通スナトノ事デアリマシタガ、
後ニハ通シテヨイト言フコトニナニ通ス様ニナリマシタ。
ソノ中ニ平河町ノ停留所付近ニ在郷軍人ガ天幕ヲ張ツテクレマシタ。
聯隊カラハ兵ノ外套ヤ木炭、朝食ヲ運搬シテ來テ呉レマシタ。
私ハ天幕ノ中ニ入ツテ居リマシタガ、
夜ニナリ、附近ノ家カラ入ツテ呉レト言ツテ來マシタノデ
私共ハソノ家ニ入リマシタガ、町名番地及氏名等ハ判リマセン。
ソノ家ニハ二十七日ノ朝迄オリマシタ。
二十七日午前九時頃編成替ヲナシ、
私ハ第二小隊長ニ任命サレ、
宿舎ヲ永田町ト平河町ノ角附近ノ家ニ替ヘマシタ。
私ノ指揮シタ第二小隊ハ別ニ任務ヲ課セラレマセンノデ、
私ハ銃前哨ノ配置ニ止メ、
他ハ全部宿舎ニ集結シテ午前十一時半頃迄居リ、
其後中隊全部議事堂ニ集結ヲ命ゼラレ、
坂井中尉殿自ラ指揮シテ議事堂ニ參リマシタ。
議事堂ハソノ日ノ午后五時迄居リマシタガ、私ノ小隊ハ別ニ任務ニ就イテ居リマセン。
但シ將校ハ全部陸軍大臣官邸ニ集合ヲ命ゼラレ私モ參リマシタ。
陸相官邸デハ眞崎、西、阿部ノ三大將ニオ會ヒシテ、
野中大尉ガ代表シテ眞崎閣下ニ時局収拾ヲオ願ヒ致シマシタ。
ソノ時に眞崎閣下カラ、「 速カニ所属部隊ニ歸レ 」 ト イハレテ、小藤部隊長ノ指揮下ニハイルコトニナリマシタ。
ソノ後 高橋少尉ハ第一小隊長ヲ、私ハ第二小隊長ヲ指揮シテ
赤坂ノ幸楽ト言フ料亭ニ宿營ノ爲出發シマシタ。
ソノ夜ハ私ノ小隊ハ任務ガナク全員給養致シマシタ。
翌二十八日午后一時頃、
坂井中尉殿ガ私ノ小隊ト第一小隊ヲ指揮シテ幸楽ヲ出發、
參謀本部前ニ到リ
「 爰ハ警備シテハイケナイノダ 」
ト 言ハレ、陸相官邸ノ方ヘ廻リマシタ。
ソレカラ私ノ小隊ハ陸相官邸ニ對スル外部ヨリノ警戒ヲ命ゼラレ、
道路上ニ重機小銃ノ分隊ヲ配置シテ警戒ニ服シマシタ。
警戒ト云フノハ、左翼團體ヤ不逞ノ徒ニ對スル警戒デアリマス。
其処ニ二十八日ノ夜ヲ徹シテ 二十九日ノ正午頃迄居リマシタ。
其時、參謀ノ人ガ來テ部隊ヲ歸スヤ否ヤノ話ガアリ、
坂井中尉殿ハ歸スコトニ決メ、
部隊ヲ集結シ、彈ヲ抜キ、整列サセテ置キマシタ処ヘ、
中隊長ヤ特務曹長ガ來テ受取ツテ歸リマシタ。
私ハソノ時、初メテ奉勅命令ガ下ツテ居ルコトヲ知リ
「 惡イコトヲシタ 」 ト 考ヘマシタ。
私ハ中隊ノ將校二人ト共ニ陸相官邸ニ行キマシタ。
官邸ニハ少將ノ人ト井出大佐殿ガ居ラレマシテ、
私共ヲ室ニ通シ、
少將ノ人ガ 「 軍人ラシクヤツテクレ 」 ト 申サレマシタ。
其時ハ自決ヲ決心致シマシタ。
ソレデ遺書モ認メマシタガ、
行動ヲ共ニシタ將校ガ全部一緒ニ決行シタ方ガヨイト考ヘ、
皆ガ集ルノヲ待ツテ居リマシタ処ニ、
近歩三ノ中尉ガ來テ
「 僕ハ死ナン。死ハ何時デモ死ネル 」 ト 言ツテ居リマシタ。
私ハ其時ハ無關心ヲ體デ其儘私ハ眠ツテ了ツタノデアリマスガ、
午后五時半頃ニナリ
參謀ノ人ガ來テ一人ヅツ
「 此レカラ如何スル考ヘダ 」 ト 尋ネマシタカラ、
私ハ 「 大御心ニオ委せ致シマス 」 ト 答ヘ、
憲兵ガ來テ逮捕シ、
衛戍刑務所ニ収容サレ、
軍刀ト拳銃ハ午后三時頃皆預ラレテ了ヒマシタ。
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行動間ノ給養ハ何フシタカ
行動間ノ給養ハ幸楽ニ移ル迄ハ聯隊カラ貰ツテ居リマシタ。
幸楽ニ來テカラハ幸楽デヤツテ呉レマシタ。
陸相官邸ニ來テカラモ幸楽カラ續ケテイタ要デリマス。
給養ノ事ハヨク判リマセンガ幸楽ノ分モ聯隊デ支払ツテ呉レタト言フ話デアリマシタ。
今回ノ行動ヲ起ス事ヲ始メテ知ッタノハ何時か
二十五日夜十一時半頃 中隊ノ將校ト下士官全部ガ集合シタ時、
坂井中尉殿カラ ノートニ書イテアル計畫ヲ示サレ始メテ事件計畫ノ概要ヲ知リマシタ。
其ノ時如何ナル決心ヲナシタルヤ
中隊全員ノ出テ行クコト故 已ムヲ得ザルモノトシテ行動ヲ共ニスル事ヲ決心致シタノデス。
止ムヲ得ズト言フノハ如何ナル意味カ
止ムヲ得ズト言フ意味デハ、一寸違フカモ知レマセン。
私ハ始終坂井中尉殿カラ時局ニ關スル色々ナ話ヲ聞イテ居リマシタノデ、
之ニ共鳴シ憤慨シテ居タ処ノ一人デアリマスカラ、
既ニ機ハ熟シ實行スベキ秋ニ到達シタノダト考ヘタノデ、
齋藤内府邊リニハ氣ノ毒ナルモ仕方ガナイト言フ意味ナノデアリマス。
今ノ時局ニ憤慨スル様ニナッタノハ何時頃カ
ロンドン會議ノ時分カラ 政党、財閥、重臣閥 等ニ對シ、
輕度ノ反感ヲ持ツテ居リマシタガ、
特別士官トシテ歩三ニ入隊後
坂井中尉殿カラ之等 裏面ノ狀況ヲ時々聞カサレ 愈々憤慨スルニ至リ、
之等ノ閥族ヲ排除スルノ必要ヲ感ジタノハ、ツイ此ノ頃デアリマス。
然ラバ之ヲ排除スル方法トシテ流血ノ惨ヲ見ルモ止ムヲ得ズト常ニ考ヘ居リシヤ
常ニハ考ヘテ居リマセンデシタ。
決行スル晩ニ坂井中尉殿カラ言ハレテ始メテ止ムヲ得ザルモノト考ヘタノデアリマス。
自分ノ服シタル任務以外ノ他部隊ノ行動等ハ知ラサリシヤ
私ハ坂井中尉殿カラ命ゼラレテ始メテ自分ノ中隊丈ケノ任務ヲ知ツタノデアリマシテ、
計畫ニハ參加シテ居リマセンカラ、他部隊ノ行動ハ全然知リマセン。
坂井中尉カラ他部隊モ同時ニ蹶起スル等ノ事ヲ聞カサレタリシヤ
二十五日午後十一時半頃 將校及下士官ガ集合シタ時、計畫ヲ示サレ任務ヲ授ケラルル時、
坂井中尉殿カラ歩一、近歩三ニモ我等ノ同志ガアッテ同時ニ蹶起スル事ヲ聞キマシタ。
行動間 坂井中尉ガ中隊ヲ指揮シタル模様ナルガ、
其ノ間 中隊長ガ不在ナルニモ不拘
中隊ノ兵力ヲ外部ニ發動スル事ニ對シテ不思議ト思ハザリシヤ
坂井中尉殿ハ週番デアリマスカラ中隊長ニ代ツテ中隊ヲ指揮スルノダト思ヒマシタ。
坂井中尉ガ勝手ニ中隊ヲ出スノダト言フ感ジヲ持タザリシヤ
集合ノ當日ハ坂井中尉殿ガ若干ノ中隊ガ殘留シテ聯隊ノ警備ニ任ズル外、
全部出動スル様ニ話サレマシタし、又 歩一、近歩三かラモ出ルト云フ話デアリマシタノデ、
勝手ニ出スノダト思ヒマセンデシタ。
全行動間 其ノ考デ居タルヤ
二十六日午後七、八時頃
部隊ガ平河町ニ居タ時 第一大隊長 ( 本江政一 ) ガ來テ、
「 閑院宮邸御警備ノ爲メ 歩五七聯隊ヲ配置シタガ、
之ハ宮邸警護デアツテ決シテ此ノ中隊ヲ攻撃等ハ全然スルモノニアラズ。
故ニ皇軍相撃ツガ如キ不祥事ノナキ様 」
ト 諄々トシテ説カレマシタノデ 私ハ始メテ變ダナート思ツタノデアリマス。
其ノ間 何トカ処置ヲ講ゼヨウトハ思ハザリシヤ
其ノ時ハ始メテ坂井中尉殿ガ勝手ニ動かして居ルト言フ考ヘヲ持チマシタガ、
時ハ既ニ遅シ、仕方ガナイト諦メテ了ヒマシタ。
行動間上司ヨリ部隊ノ解散又所属隊へ復歸ノ命令等を聞カザリシヤ
何モ聞イテ居リマセン。
只最後ニ部隊解散後、奉勅命令ガ出タ事ヲ知ツテ居ルカト參謀ノ人カラ言ハレテ始メテ知ツタ位デス。
若シ行動間ニ於テ上司カラ、オ前達ノ行動ハ間違ツテ居ル、速ヤカニ所属隊ニ歸レ、
ト 言ハレタラバ 歸ッテ居タト思ハルルヤ否ヤ
諦メテ居リマシタガ、若シ ソンナ事デモ言ツテ呉レタシタナラバ、歸ツテ居ツタカモ知レマセン。
先ニ坂井中尉カラ決行ノ前夜 歩一、近歩三ニモ我等ノ同志ガ居ツテ蹶起スルト言ハレタト言フガ、
皇軍ハ全軍同志デアル可キニモ不拘 單ニ歩一、近歩三ノ中にモ同志ガアル等ト言ハレテ、
何モ不思議ト思ハザリシヤ
元來同志等ト言フ語自體ガ皇軍ニ不適當ナリト思フガ如何
其ノ様ナ深イ考ヘハアリマセンデシタガ、今ニナツテ考ヘテ見レバ變ニ考ヘラレマス。
元來軍隊ノ行動ハ聯隊命令、大隊命令ガ先ニ達セラレ、然ル後 其ノ中隊ノ部署ガ定マル可キに不拘、
始メカラ中隊命令ノ様ナ坂井中尉ノ命令を達セラレタル事ニ關シ
將校タルモノガ奇怪トは思ハザリシヤ
幾分奇怪ナリト思ヒマシタガ 週番指令ガ居ツテ命令を出シタトノコトデアリマシタカラ、
差支エナイト思ヒマシタ。
今ニナッテ冷靜ニ考ヘテ 前行動間ノ所爲ヲ如何ニ思フカ
我々ノ行動 其レ自體ハ 或ハ惡イ事カモ知レマセンガ、
之レガ爲ニ朝野ノ民心ハ緊張シ從來ノ如キ 政党、財閥、重臣閥等ノ横暴モ幾分緩和セラレ、
眞實ノ我國體ノ姿モ着々顕現セラルルモノデアルコトヲ 確信シテ居リマス。
軍隊ニ對スル國民ノ信頼ニハ如何ナル影響ガアルト思フカ
眞實ニ身命ヲ賭シテ國家ノ爲ニ盡クスモノハ軍隊ヲ措イテ他ニ無イコトヲ覺エルコトト存ジマス。
對外的ニハ如何ナル反響ガアルト思フカ
對外的ニハ國家ノ爲 不利益ナル如何ナル勢力ニモ反抗シテ之ヲ一掃シ、
飽ク迄 皇室ヲ中心ニ一致團結スルコトヲ知ラシメ得ルモノト考ヘラレマス。
之ヲ要スルニ行動自體ハ或ハ惡イ事カモ知レヌガ、結果カラ見テ國家ノ爲ニナルト思ツテ居る様ダガ、
行動ヲ起ス時既ニ之ヲ豫期シタガ爲ニ 正當ナル手段デハナイコトヲ承知シテ決行シタルモノニアラズヤ
出動スルトキノ考ヘハ、前ニ陳述シタル通リニ相違アリマセン。
但シ 現在デハ我等ノ行動ハ國家ノ爲ニナルコトヲ確信スルモノデアリマス。
他ニ申立ツル事ナキヤ
奉勅命令ヲ最後迄知ラナカッタコトヲ 返ス返スモ 殘念ニ思ツテオリマス。
之ニ對シテハ何トモ申譯ガナイ次第デアリマス。
麥屋清濟
右陳述ヲ録取シ讀ミ聞ケタル処、相違ナき旨申立ツルモ無印ニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月二日
陸軍司法警察官 陸軍憲兵中尉 本間彦太郎
筆記者 陸軍憲兵軍曹 山本耕三
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