あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

續丹心錄 「 死刑は既定の方針だから 」

2017年05月05日 09時49分24秒 | 村中孝次 ・ 丹心錄

 
村中孝次  
續丹心錄

一、昭和十一年七月五日
 午前九時より判決の宣告ありて十七士死刑を宣せらる。
一、判決文に於て不肖等の國體を護持せんとせし眞精神を認め、
 而して 建軍の本義を破壊せる罪惡むべしとなして、
臨むに最大限度の極刑を以てせることを示されたり、
果して然らば
國體破壊の事實を眼前に見ながら、軍人は袖手傍観すべしとなすか、
帝政露西亜の崩壊するや
最後迄宮廷を守護し戰って殉じたるは士官學校、幼年學校の生徒なりき。
斯る最後の場面に立到らざる爲に、
帝政露西亜の純情なる 「 カデット 」 が皇室に殉ぜしと異りて、
日本の青年將校、日本の武學生は國體破壊を未然に防止する爲、敢死して戰ふなり、
軍秩序の破壊の如き微微たる些事、
これを恢復するは多少の努力を以てすれば足る、
國體の破壊は神州の崩壊なり、眞日本の滅亡なり、
故に他の一切を犠牲にして國體護持の爲に戰はざるべからず。
我國體は万國冠絶唯一獨在のものなり、
而して 三千年一貫連綿せる所以のものは、
上に神霊の加護冥助あると、歴代聖徳相承けしとによるは勿論と雖も、
又此の皇國體を護持發展せしめんとし國民的努力を無視すべからず、
上下この努力を以て万國冠絶を致せるもの豈一日偶然に生じたるものならんや、
千丈の堤も一蟻穴より崩る、
三千年努力の結晶も天皇機關説、共産思想の如き目に見えざる浸潤によりて崩壊せらる、
萬國冠絶なるが故にこれを保持し、更に理想化する爲、
今後國民の絶對翼賛を要することを全國民と其後昆に宣言せんと欲するものなり、
國體の爲には一切を放擲し、一切を犠牲にせざるべからず。
一、我國體は上に萬世一系連綿不變の天皇を奉戴し、
 この萬世一神の天皇を中心とせる全國民の生命的結合なることに於て、
萬邦無比と謂はざるべからず、我國體の眞髄は實に玆に存す。 ・・・大谷敬二郎著 『 二 ・ニ六事件 』 で 引用されている
一、天子を中心とする全國民の渾一的生命體なるが故に、
 躍々として統一ある生命發展生生育化を遂ぐるなり、
これを人類發展の軌範的體系といふべく、之を措いて他に社會理想はあるべからず。
一、我國體の最大弱点は又絶對長所と、表裏の關、
 天皇絶對神聖なるに乗じ、天皇を擁して天下に號令し、
私利私慾を逞ふせんとするものの現出により、日本國體は又最惡の作用を生ず。
蘇我、藤原氏の専横、武家政治の出現、近くは閥族政治、政黨政治等比々然り。

天皇と國民と直通一體なるとき、日本は隆々發展し、
權臣武門両者を分斷して専横を極むるや、
皇道陵夷して國民は塗炭す、歴史を繙けば瞭然指摘し得べし。
全日本國民は國體に對する大自覺、大覺醒を以て其の官民たると職の貴賤、
社會的國家的階級の高下なるとを問はず、
一路平等に天皇に直通直參し、天皇の赤子として奉公翼賛に當り、
眞に天皇を中心生命とする渾一的生命體の完成に進まざるべからず。
故に不肖は、日本全國民は須らく眼を國家の大局に注ぎ、
國家百年の爲に自主的活動をなす自主的人格國民ならざるべからざることを主張するものなり。
國民は斷じて一部の官僚、軍閥、政黨、財閥、重臣等の頣使に甘んずる無自覺、
卑屈なる奴隷なるべからず、又國體を無視し國家を離れたる利己主義の徒なるべからず、
生命體の生命的發展は自治と統一とにあり、
日本國家の生々躍々たる生命的發展は、自主的自覺國民の自治 ( 修身齊家治國 ) と、
然り而して この自覺國民が一路平等に ( 精神的にこれを言ふなり、形式の問題にあらず )
至尊に直通直參する精神的結合によりて發揮せらるる
眞の統一性によりてのみ期待し得べし、
天皇と國民とを分斷する一切は斷乎排除せざれば日本の不幸なり、國體危し。
一、七月十一日夕刻前、
 我愛弟安田優、新井法務官に呼ばれ煙草を喫するを得て喜ぶこと甚し、
時に新井法務官曰く
「北、西田は今度の事件には關係ないんだね、
 然し殺すんだ、死刑は既定の方針だから已むを得ない 」
 と。

又、一同志が某法務官より聞きたる所によれば
「今度の事件終了後は多くの法務官は自發的に辭めると言ってゐる、
こんな莫迦な無茶苦茶なことはない、皆法務官をしてゐることが嫌になった」 と。
又、一法務官は磯部氏に
「 村中君とか君の話を聞けば聞く程、君等の正しいことが解って來た、
 今の陸軍には一人も人材が居ない、
軍人といふ奴は譯の解らない連中許りだ 」

と 言って慨嘆せりといふ。
澁川氏は一として謀議したる事實なきに謀議せるものとして死刑せられ、
水上氏は湯河原部隊に在りて部隊の指揮をとりしことなく、
河野大尉が受傷後も最後まで指揮を全うせるにも拘らず、
河野大尉受傷後、水上氏が指揮者となりたりとして死刑に処したり。
噫 昭和聖代に於ける暗黒裁判の狀斯くの如し、是れを聖代と云ふべきか

本事件は在京軍隊同志を中心とし、
最小限度の犠牲を以て、國體破壊の國賊を誅戮せんとせしものなり。
故に 北、西田氏にも何等關係なく
( 勿論事前に某程度察知したるべく、且不肖より若干事實を語りしことあり、
又事件中、電話にて連絡し北氏宅に參上せしことあるも相談等のためにあらず )、
東京、豊橋以外は青年將校の同志といえども何等の連絡をなさず
( 菅波大尉、北村大尉宛手紙を托送せるも入手せるや否や不明、
而もその内容は事件發生をほのめかし自重を乞ひしものなり )
然るに是等多くの同志に臨む極刑を以てせんとしつつあり。
暗黒政治、暗黒裁判も言語に絶するものあり、
不肖斷じてこれを黙過する能はず、
即ち 刑死後直ちに、至尊に咫尺し奉りて、
聖徳を汚すなからんことを歎願し奉らんとするものなり。
一、香田氏以下十五の英霊よ、
 暫く大内山の邊りに在りて我等兩者の到るを待て

昭和十一年七月十四日午前誌

村中孝次 丹心録
二・二六事件 獄中手記・遺書 河野司 編 から

前頁  丹心録 「 吾人はクーデターを企圖するものに非ず 」 の  続き
本頁  続丹心録  「 死刑は既定の方針だから 」 
次頁  続丹心録 「 この十年は昼食、教科書官給の十年なり、 貧困家庭の子弟と雖も学び得る十年なり 」 に 続く


續丹心錄 「 この十年は昼食、教科書官給の十年なり、 貧困家庭の子弟と雖も學び得る十年なり 」

2017年05月05日 01時01分14秒 | 村中孝次 ・ 丹心錄

  
村中孝次  

續丹心錄

一、話によれば、
 陸軍は本事件を利用して昭和十五年度迄の尨大軍事豫算をせいりつせしめたりと、
而して不肖等に好意を有する一參謀將校の言ふに
「 君等は勝つた、君等の精神は生きた 」 と。
不肖等は軍事費の爲に劍を執りしにあらず、
陸軍の立場をよくせんが爲に戰ひしにあらず、
農民の爲なり、庶民の爲なり、救世護國の戰ひなり、
而して其根本問題たる國體の大義を明かにし、
稜威を下萬民に遍照せらるゝ體制を仰ぎ見んとして慾して、特權階級の中樞を討ちしなり。
不肖等は國防の危殆に就て深憂を抱きしものなり、
兵力資材の充實一日も急を要する事を痛感しあるものなり、
然れども 尨大なる軍事予算を火事泥式に鞏奪編成して他を省みざるは、
國家を愈々 危きに導き、國防を益々不安ならしむるものなり、軍幕僚のなす所斯くの如し。
或は 言ふ 昭和十五年度より義務教育年限が八年に延長せらるる、
これ 君等の持論貫徹ならずやと。

謬見も甚し。 ( あやまり ) 
「 
日本改造法案大綱 」 には 義務教育十年制を主張しあり、・・< 註 1 >
この十年と夫の八年と相似たりと雖も、根本精神に於て天地の差あり、
この十年は昼食、教科書官給の十年なり、
貧困家庭の子弟と雖も學び得る十年なり、
夫の八年は獨乙の義務教育年限を直譯受入れての八年なり、
六年生に於てすら地方農民は非常なる經營困難にして、職員に對する俸給不渡りに陥り、
又 弁當に事欠く 欠食児童を多發しあるに非ずや、
八年制の地方農村漁村に与ふる惨害や思ひ半ばに過ぐ、
不肖等は頃來 義務教育費全額國庫負担を主張し來れり、
地方自治體はこれによりて大いに救はるべし、
更に一歩を進めて教科書、昼食等を官給せば、児童と其父兄とは又大いに救はるべし、
然る後に教育年限を八年とすべく十年とすべし。
今の八年制は形骸を學んで大いに國家を謬あやまるもの、官僚の爲す所 斯くの如し。

要するに軍幕僚と新官僚の結託なる寺内ケレンスキー時代に於ける施政は、
口に國政一新を稱導して其爲す所 形式に捉はれ、民を酷使し 國運民命を愈々非に導くものなり、
庶民は益々負担の過重に塗炭し、窮民野に満つるに至る、
民、壓政に憤り、天、不義に震怒す、
ケレンスキー時代はレーニンの出現の爲に其出現を容易ならしむべき準備をなしつつあるものなり、
全國民は宜しく機に乗じ 一齊に蹶起して軍閥官僚を一切否認し、
而して財閥政黨を打倒して、これ等一切の中間存在特權階級を否認排除して、
至尊に直通直參し奉らざるべからず。

不肖は階級打破を言ふものにあらず、
階級を利用して地位を擁して不義を働く者の一切を排除し、
之に代ふるに地蔵菩薩的眞の國家人を以てせば、
輔弼を謬るなく國政正しく運營せられ、民 至福を得、國家盤石の安きを得ん。
之が爲 政党、財閥に代りて暴威を逞ふしつつある軍閥官僚を一洗清掃して、
眞に尊皇臣民にして民の至幸至福を念願する英傑を草莽 そうもう の間より蹶起せしめるべからず、
今の批政、今の不義に憤激蹶起することなき卑屈精神的堕落ならば破滅衰亡に赴く民族にして、
何等將來に期待すべからず。

然れども日本民族魂は斷じて然らざるべし、
大和民族の生成發展は今後に期待さるべきもの、必ずや窮極まつて通ずること邇 ちか からん。
唯々 天の震怒を全國民の憤激に移し、
一齊蹶起、妖雲を排して至誠九重に通ずる慨あるを要す。
七月十五日午前記

村中孝次 丹心録
二・二六事件 獄中手記遺書 河野司 編 から
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< 註 1 >
註九。
國民教育ノ児童ニ對シテ無月謝教科書付中食ノ學校支弁トスル所以ハ、
國家ガ國家ノ児童ニ對スル父母トシテノ日常義務ヲ課スモノナリ。
現今ノ中學程度ニ於ケル月謝ト教科書トハ一般國民ニ對スル門戸閉鎖ナリ。
無月謝ヨリ生ズル負担ハ各市町村此レヲ負フベク、
教科書ハ國庫ノ經費ヲ以テ全國ノ學校ニ配布スベシ。
中食ノ學校支弁ノ理由ハ第一ニ登校児童ノタメニ毎朝母ヲ勞苦セシメザルコトナリ。
第二ノ理由ハ其ノ中食ニ一塊の 「 パン 」 薩摩芋麦ノ握飯等ノ簡單ナル粗食ヲナサシメ。
以テ滋養価値等ヲ云々シテ眞ノ生活ヲ悟得セザル科學的迷信ヲ打破スルニアリ。
第三ノ理由ハ幼童ノ純白ナル頭脳ニ口腹ノ慾ニ過ギザル物質的差等ヲ以テ
一切ヲ髙下セントスル現代マデノ惡徳ヲ印象セシメザルニ在リ。
學校トシテハ簡單ナル事務ニシテ、
若シ児童ノ家庭ガ惡感化ニヨリテ食事ヲ肯シゼザル者アラバ
教師ノ權威ヲ以テ其ノ保護者ヲ召喚訓責スベシ

・・・日本改造法案大綱 (10) 巻六 國民ノ生活權利 
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本頁  続丹心録 「 この十年は昼食、教科書官給の十年なり、 貧困家庭の子弟と雖も学び得る十年なり 」 
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続丹心録 ・ 第一 「 敢て順逆不二の法門をくぐりしものなり 」 に 続く