あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

續丹心錄 ・ 第一 「 敢て順逆不二の法門をくぐりしものなり 」

2017年05月04日 12時11分38秒 | 村中孝次 ・ 丹心錄

 
村中孝次
續丹心錄

第一、
吾人は全國民的進軍の動機を打ち出さんと欲せるものなり、
眞崎内閣説の如きは吾人の擧を豫知せる山口大尉、龜川氏等の自發的奔走にして、
吾人と何等の關係なく行はれたるもの、
吾人は更に根本的なる問題として、軍を擧げて維新的進軍をなさしむる爲、
我等の行動を容認し、且 我等と行を共にして奸賊討滅の事をなすすべきを軍當局に希望せり。
此の種の行動の直後に自ら政權を掌握せんと欲し、
或は 某々内閣出現を目的として不穏行動を目論みし過去幾多の例と吾人とは根本の立脚点を異にす。
況や閣僚を予定し、組閣の準備ありしといふが如きに至りては、全く根拠なき浮説に過ぎず。
一、昭和維新の斷行とは臣下の口にすべき言にあらず、
 吾人は昭和維新の大業聖猷を翼成せんが爲、我等軍人たるものの任とすべき、
且 吾人のみに負担し得ることとして、今回の擧は喫緊不可欠たるを窃に感得し、
敢て順逆不二の法門をくぐりしものなり、
素より一時聖徳に副はざる事あるべきは萬々覺悟、
然して此擧を敢てせざれば何れの日にか此の國難を打開し得んや。
一、日本改造法案大綱 」 は 頃日愛讀して思想的に啓發せられし所大なりと謂はざる得ず、
 然れども 今回の擧に於いては同書に掲げたる國家機構を一の建設案として、
これが現出を企圖せりと言ふが如き事實なし、
吾人が平素一の建設理想を有するといふことを以て、
直ちに今回その実現を企圖せりと爲すは、理論の飛躍なり。
吾人は、理想社會現出の爲には、
その前提として國體破壊の元兇を誅して皇權恢復、國體護持を期せると、
然り而して これによる國民精神の覺醒とを目的として蹶起せるものなり、
これ實に維新の基調たり端緒なること前論の如し、
權恢復と之れに伴ふ國民信仰復活興起に次で、
制度機構の改造は始めて着手せらるべきは理勢自ら明かなり。
吾人は皇權恢復を吾人の任とせるもの、其後に來るべき維新の大業に翼賛し得るや否やは、
一に天命の有ると無きとに關す、吾人の餘期し思考し得る範囲ならんや。
人言ふ 「 建設計畫なき破壊は無暴なり 」 と、
何をか建設と言ひ 何をか破壊といふか、
吾人の擧は一に破邪顯正を以て表現すべし、
破邪は即顯性なり、破邪顯正は常に不二一體にして事物の表裏なく、
國體破壊の元兇を誅戮ちゅうりくして大義自ら明らかに、大義確立して民心漸く正に歸す、
是れを これ維新といふべく、少なくとも維新の第一歩にして且其の根本なり、
討奸と維新と豈二ならんや。
一、蹶起以來二月二十九日迄、維新工作を実施せるに非ずやと人は言ふ、
 然り 維新實現を希望し、其端緒を開かんとして各種の努力を試みたり。
イ、
二月二十六日朝、陸相に對し宇垣一成、南大將等の捕縛或は保護檢束を要望し、
 且時局解決は維新に向ふら非ざれば、収拾の途なきことを進言せり。
ロ、同日午後、次官を通じて宮中に在りし陸相に對し、蹶起部隊を義軍と認むるや否やの決定を求めたること。
ハ、同夜軍事參議官に會見し、種々工作せること。
ニ、二月二十七日午後、眞崎大將に対し時局収拾を一任し、
 軍事參議官一同、同大將を中心として盡力ありたく旨を申出でたること。
ホ、維新實現の爲、小藤部隊を成るべく長く南部麹町地區に在らしむる様献策し、
 且撤退の奉勅命令の下らざる様努力せること。
以上は盡く維新へ誘導せんとする工作ならざるはなし。
其他細説すれば尚各種の努力を傾倒せり。
吾人は維新の前衛戰を戰ひしなり、獨斷前衛戰を敢行せるものなり、
若し本體たる陸軍當局が此獨斷行動を是認するか、
若しくは此戰闘に加入するかにより、
陸軍は明らかに維新に入る。
これに従つて國民がこれに賛同せば、これ國民自身の維新なり、
而して至尊大御心の御發動ありて維新を宣せらるとき、
日本は始めて維新の緒に就きしものなり、

余はこれに翼願し、これを目標とし、蹶起後に於て専念この工作に盡力せり、・・・大谷敬二郎著 『 二 ・ニ六事件
』 で 引用される
然れどもこれが蹶起の眞目的にして、重臣を襲撃せるは手段に過ぎず、
斯くの如く維新を斷行して 「 日本改造法案大綱 」 の如き國家改造を企圖せるものなりと云ふものあらば、
これに戰理を説明するの煩わずらいを爲さざるを得ず。
バルチック艦隊を迎撃する目的の爲に旅順を攻陥し、港内の敵艦を撃滅するを要し、
これが爲の手段として先づ 二〇三高地を奪取する方針は、
大本營 或は第三軍司令官の作戰方針としては妥當なり、
然れども 二〇三高地攻撃部隊の指揮官が同地攻撃を以て自己の目的にあらず、
手段なりと考ふるは顚倒事ならずや、
維新御斷行に依る國家改造の實現は吾人究極の希望として目的とする所なり、
然れども現在吾人の爲すべき任務は二〇三高地の奪取にあり、
之を目的として全力を擧げて奮戰し、而も幾度か占領し、幾度か奪還せられしにあらずや、
實に然り、從來幾度か計畫され企圖されし武力行使は、盡く未發失敗に終りしに非ずや、
我等より遥かに高き地位と、より大なる利便とを有し、
而も實施容易なる時機に於て企圖せられしものにして盡く然りしなり、
今や官憲の耳目は盡く我等の上に注がれあり、
吾人の動向は軍當局の爲に盡く抑壓せられつつあり、
この危険にして困難なる事態に於て、微力我等の如き自ら量らずして蹶起せるものなることを冷靜に考へ見よ。
維新の大號令間髪を満腔より熱願せり、
然れども叡慮如何は吾人の憶測餘斷を容すことならんや、
吾人は不義討滅----其結果として大義宣布、民心一新即維新----を以て目的として主眼となしたり、
而してこれが達成に全努力を傾倒せり、
即ち吾人は、二〇三高地攻撃の一部將校にして、
二〇三高地占領即旅順攻略の端緒を爲すことを目的とすれば足れり、
旅順攻陥は然り而して戰爭全局の勝利とは爾後第三軍司令官乃至大本營の作戰に俟つべきものにして、
吾人は第三軍司令官にあらず大本營幕僚にあらざることを知れば、釋然これを了得すべし。
一、「日本改造法案大綱 」 の建設を行はんとして直接行動を行ひ、
 志を得ずして失敗せるものなりとなすは結果論なり、 皮相の見たるを免れず、
事の結果を論じて、不徹見、無思索なる解釋を下さんとする態度のものあるに吾人は嫌厭 けんえんたらざるを得ず。
我等が蹶起前、所期の目標を誅戮することに全幅的努力を以て準備せるが、
如何に企圖の未然暴露に戰々兢々たりしか、
如何なる經緯を以て同志を糾合し、其決意を固めたるかに想到し、
我等の苦心の存したる所を察せず、所期の目的は略々達成せり、
吾人は大なる成功を克ち得たるものなることを斷言す、
而して此成功を基点とし、出發點として、
維新回
の具体的工作を種々試みたるも完全に戰果を拡大し得ざりしのみなり。
吾人は一武將として二〇三高地を占領し、完全に初期任務を達成せるものなり、
唯これを直ちに旅順攻落まで發展せしむる一人の乃木將軍なかりしのみなり。

村中孝次 丹心録
二・二六事件 獄中手記遺書 河野司 編 から 

前頁  続丹心録 「 この十年は昼食、教科書官給の十年なり、 貧困家庭の子弟と雖も学び得る十年なり 」 の  続き
本頁  
続丹心録 ・ 第一 「 敢て順逆不二の法門をくぐりしものなり 」 
次頁  続丹心録 ・ 第二 「 奉勅命令は未だに下達されず 」 に 続く


この記事についてブログを書く
« 續丹心錄 ・ 第二 「 奉勅命... | トップ | 續丹心錄 「 この十年は昼食... »