村中孝次
・
同志ニ告グ
一、
相澤中佐殿以下 不肖等 二十勇魂ハ斷ジテ滅スルコトナシ
同志一体魂ノ中ニ生キ 維新達成ノタメニ精進セント欲ス
翼クバ幽明相倶ニ維新完成ノタメニ驀進セン
一、
前衛ハ全滅セリ
然レドモ敵全軍ヲ引受ケテ要点奪取ノ任務ハ完全ニ遂行シ得タリ
支配階級ノ頽勢必至ナルヲ信ズ
本隊ノ戰斗加入ニヨリ前衛ノ戰果ヲ擴大シ
最後ノ戰捷ヲ克チ得ラルヽコトヲ万望ス
前衛ハ全滅セリ
而シテ 敵全軍ハ動揺困乱シアリコノ戰況ニ於テ自ラ施スベキ方策アラン
言志録ニ 「一息ノ間断ナク一刻ノ急忙ナキハコレ天地ノ気象」 トアリ
最後ノ大勝利を目標ニ進軍アランコトヲ
一、
全同志ノタメ悲惨ナル苦斗時代ガ一、二年
或ハ数年現前スルヲ予期セザルベカラズ
凡ユル難苦ニ堪ヘテ最後ノ勝利、
終局ノ目的達成ニ向ヒ焦ラズ撓マズ直進サレタシ
○
一、
今事件ハ不肖ハ失敗ト思ハズ
又 時機ノ選定失當トモ思ハズ不肖ハ神佛ノ意ニ従ヒ 神佛ノ導ニヨッテ
而シテ 神佛ノ照鑑加護下ニ今事件ヲ決行シ大ナル成功ヲ克チ得タルヲ確信シアリ
然リドモ 意外ノ結果ニ陥リ
多數同志ノ犠牲ヲ出シタルハ一ニ不肖等中心的二、三士ノ全責任ニシテ
殉國ノ多數同志ト事件ニ坐シテ縲紲ノ苦辱ヲ受ケラレタル
同志諸兄ニ對シ唯々萬謝ノ外ナシ
時機トシテハ二月二十六日以前ハ實行不可能ニシテ同日以降ニ於テハ
恐ラクハ企圖ヲ暴露シ、ヨリ悲惨ナル結果ニ陥リシナルベシ
一、
不肖等ノ最モ痛恨シ且責任ヲ感ジアレコトハ
一木喜徳郎、湯浅倉平、林銑十郎ニ 天誅ヲ加エザリシコト
及 鈴木貫太郎、片倉衷ヲ完全ニ誅戮シ得ザリシコトナリ
( 時機切迫シテ準備十分ナルヲ得ザリシ点アリ諒察セラレヨ )
二月二十七日迄ハ極メテ順調ニシテ
爾後些少ノ努力ヲ以テ維新ノ曙光ヲ見ントシテ
一木、湯浅ノ徒ガ君側ヲ擁シ
林、寺内寿一、植田謙吉ガ他ノ軍事參議官ト別行動ヲトッテ策動シ出シ
之レニ省部ノ天保連中ガ反對策動ヲ始メタルタメ
折角ノ戰果ヲ拡大シ得ズ事空シク去リタリ
○
一、
現陸軍ハ特設軍法會議ナル妙案ヲ考案シコノ秘密裁判ノ下ニ
凡ユル暗黒政治ヲ敢行シ反對派ノ清算、維新勢力ノ彈壓ヲ續行セリ
維新ハ畢竟新旧力ノ移動ガ最大要件トナリテ遂行セラル
軍閥ノ破壊潰滅ナクシテ維新ノ成就を期シ難シ
而シテ 軍閥ハ今次吾人維新黨彈壓ノタメニ其ノ全貌ヲ暴露セルモノトイフベシ
彈壓ノ中心ハ局課長級ナリトイフ
現局課長全部ニ課員ノ目星シキ者 及 大臣、次官等等ヲ打ッテ一丸トセル
コノ軍閥者流ヲ悉ク顚覆スルニ非ザレバ絶對ニ維新ヲ招來シ得ザルベシ
一、暗黒裁判ノ數例ヲ擧ゲン
イ、公判ニ於テ吾人蹶起ノ眞精神ニ就イテハ口ヲ封ジテ云ハシメズ行動ノミヲ審理セリ
最後ニ蹶起事情ヲ問ヒシモ十分ニ意ヲ盡サザラシム
ロ、蹶起ノ動機、原因ヲナシタル統帥權干犯問題ノ審理ヲ要求シタルモ採用セズ
ハ、眞崎總監更迭時ノ統帥權干犯ニ關シテ証人、証書ノ申請ヲナセルも一蹴セリ
ニ、検察官ハ最初犯罪事實トシテ論述セルモノハ
吾人ガ奉勅命令ニ反セリトイフコトヲ主眼トシテ述べ事實審理中、
同志全員ハ然ラザル所以ヲ力説スルニ全力ヲ傾倒セリ
而シテ 論告ニ於テハ一言モコノコトニ触レズ
「 民主主義、民主革命 」 ノ語ヲ以テ吾人ヲ深淵ニ陥入ラシム
吾人ノ主義思想ニ就イテハ論告前ニハ殆ンド触レズ單ニ吾人ガ
「 改造法案 」 ヲ信奉ストイフ一事ヲ以テ同書ノ内容ニ對スル審理、
論及ハ毫末ヲナスコトナクコノ獨斷的斷定ヲナシ
且 検察官ハ 「 資産限度制ノ限度ガ確定的デナイ以上共産主義ナリ 」 ト云ヘリ
最後ノ陳述ニ於テ駁論シ置キタルモ判決文ハ
吾人ニ遂ニ民主革命ノ徒トイフ烙印ヲ与フルコトニヨリ吾人ヲ抹殺セリ
ニ、「 改造法案 」 ヲ中心思想トスル維新勢力彈壓ノタメ 「 民主革命 」 ヲ以テスルハ
彈壓ノ中心方針ナリシガ如ク之ガ爲メコレニ關シテ吾人ニ論述ノ餘地ヲ与フルコトナク
計畫的ニ陥穽ニ陥チ入ラシメシガ如シ
ホ、眞崎大將ハ収監後統帥權干犯ハ事實ナリト主張シアリ
コノ實否ヲ審理セザル限リ吾人ニ判決ヲ下スこと絶對ニ不可能ノ筈ナリ
處分ヲ急ギ 當然審理スベキヲ審理スルコトナク吾人ヲ葬リ去レリ
ヘ、判決文ニ於テハ吾人ノ眞精神ヲ全ク没却セリ
兵馬大權干犯者ヲ討チ大義ヲ明カニ國體ヲ護持スルニ在リシ点ハ
一同ノ極力主張セル所ナルモ全然葬リ去ラレタリト、其他某氏 ( 薩摩 ) 宅書類参酌ノコト
一、眞崎大將ハ豫審官ニ對シ 「 統帥權干犯ノアリシコトハ事實ナリ、三長官会議ノ内容ハ勅許アレバ申述ブ」
ト陳ベシ如シ
若シ勅許アリテ統帥權干犯事實ガ肯定セラレヽナラバ
兵馬大權干犯者ヲ討チシ吾人ハ明カニ國賊ニアラザルベシ
現在ノ頽勢ヲ一転スルハコレヲ樞軸トシテ行ハルベシ、
統帥權干犯問題ハ飽ク迄モ究明スルヲ要シ
皇道派ハコレヲ攻勢軸トシテ態勢ノ挽回ヲ圖ルヲ要ス
一、五月廿九日附ヲ以テ
三月擬砲音事件ノ宇垣、建川、小磯、重藤、橋本ノ五名ヲ告発セリ
今更橋本一派ヲ問題ニセルニ非ズ
事態ノ拡大ニヨリ軍閥ヲ窮地ニ追ヒ込メント欲セシナリ
三月、十月、十一月ファッショ 其他陸軍ヲ窮地ニ追ヒ込ム材料ハ数多シ
是等ヲ携ゲテヂリヂリ態勢ノ挽回ヲ圖ルヲ要スベシ
一、昭和維新ハ天皇ヲ中心トセル自主的人格國民ノ一大運動ニヨリテノミ達成セラル
至尊ノ自主的稜威ノ迸出 ( 自主的人格國民ノ一体的國體ヲ実現スル為メ
至尊ノ自主的人格確立ハ最モ急務ナリ 今ノ機關的御状態ハ恐レ多クモ悲シキコトナリ)
ノタメノ宮中工作
上層部ニ於ケル態勢ノ挽回
國民ノ決定的一大運動
武力ノ確實ナル掌握
等々必勝ノ態勢ヲ以テ支配階級ヲ潰滅シ軍閥ヲ崩壊シ特權階級ノ幽閉ヨリ
至尊ヲオ救ヒ申シ國民ノ天皇ト仰ギ奉ルコトニヨリテノミ維新ハ達成セラル
昭和維新ハ 「 法案 」 ヲ中心トスル一團ノ同志ノ外ニ實現シ得ルモノナシ
隠忍自重刻苦不退、必ズヤ目的ヲ達成セラレヨ
一、青年将校ノ運動ニテハ維新ハ來ラズ
不肖等今回ノ擧ハ青年將校運動ヨリ全國民運動ヘノ転換ヲ成シ得タルヲ信ジアリ
コレニ著意シテ凡ユル迫害ヲ突破シテ自重邁進ヲ願フ
一、
香田氏ハ刑死ノ前日
「 昭和維新ハ精神革命ニ始マル、吾人ハ精神力、霊力ヲ以テ勝タザルベカラズ 」
ト 伝ヘリ
不肖等は霊界ヨリ諸盟友ノ獅子奮迅ニ協力セン
○
一、無期刑中 常盤稔ハ信頼スベキ同志、池田ハ純情純眞ノ人、山本又氏ハ信仰ノ人、以上三人ハ同志ナリ
一、前後シ意ヲ盡サズ諒察ヲ乞フ
尚S氏宅ニアル書類ヲ御參酌サレタシ
八月十七日
菅波三郎 末松太平 明石寛二 --
大蔵栄一 志村陸城 市川芳男 │
朝山小二郎 杉野良人 黒崎貞明 │諸盟兄 村 中 孝 次
北村良一 --
村中孝次 丹心録
二・二六事件 獄中手記・遺書 河野司 編 から
前頁 続丹心録 ・ 第四、五、六 「 吾人が戦ひ来りしものは 国体本然の真姿顕現にあり 」
本頁 村中孝次 ・ 同志に告ぐ 「 前衛は全滅せり 」
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