あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

獄中からの通信 (10) 森伝宛 「 朕は青年将校の行動を許すとの一言でもいい 」

2017年05月13日 13時42分01秒 | 磯部淺一 ・ 獄中からの通信


磯部浅一 

賀 正
お元気ですか。
小生は無やみに元気です。
菅野教官によろしく御伝言下さい。
色々の事を真に感謝しております。

真崎将軍の為めに最も善い事は不起訴になる事だと考へてはなりません。
不起訴になれば真崎の個人は救はれます、
が 在獄中の数十名の同志はすべて実刑を
受けねばなりません。
将軍は今将軍を尊敬する多くの青年と共に虎穴に入っているのです。
虎児を得ることなく独り不起訴になつて出所したならば、
神も人も真崎を笑ひ、
維新は
真崎を見棄てるのではありますまいか。
将軍が若し非常なる決心をして青年将校の為に戦ひ抜いたなら、
真崎は日本の英雄になるのです。
今や将軍は一大決心を以て自ら進んで公判庭に立つ可きではありますまいか。
而して将軍と将軍の周囲は一致協力して、
水も漏らさぬ対公判方針を速かに確立すべき
ではないでせうか。
確呼(乎)不抜の作戦方針を立て、
之に基き内外呼応して司法的、政治的従(縦)横の戦斗
を以てすれば、
僭上専断な寺内等の方針を打破する位ひな事は唯(易)々たる事です。
必勝歴々です

勤皇公喞(キンノウコウショク)百武、松平、小笠原、加藤寛治等々。
憐みを敵の膝下に乞ふて不起訴運動をしたり、
不安の中にまん然として日を過ごしたりする事は、
あまりに陸軍大将真崎甚三郎氏の為めになさけない事です。
何故攻撃をしないのです。
杉山大将を告発し、閑院宮様の御責任に及ぼし、
且つ真崎の裁判官たる可き杉山等を事前に
打倒しておく。
川島、香椎、前軍事参ギ官を告発して、二月事件を全軍部に負はす。
右の告発が司法問題として発展しないなら、
公開告発の方法により国民の正義心に
訴へる如くする。
同時に告発文を御上に密奏する。
勤皇公喞のブロック結成により上奏すること出来る筈です。
方法はいくらでもあります。
決心さえ強固なら如何なる方法でもあり、又之を貫徹する事もわけなく出来るのです。
少なくも真崎将軍の公判を
勅命による査問会?位ひの所迄もつてゆく事は出来そうなものです。
此の査問会に於て
正義派が青年将校の行動の正義を主張して勝てば、
それが直ちに維新になり、
真崎将軍が大勝する所以ではないでせうか。
察するに青年将校の精神はいゝが行動がわるい、
青年将校は北、西田に煽動されたのだ、
我輩(真崎)は青年将校と関係なしとか、
磯部が真崎将軍を告発したのが悪いのだとか、
死刑になつたものは仕方がないとか、
数十名の獄中の青年も まあ止むを得ん
と 言った様な弱腰の為めに方針も立たぬ、
攻撃をする気力もなく、
仕方なく指をくわえて泣き面をしておるのではないでせうか。
それでは駄目です。
真崎将軍自身も青年将校の行動を全部的に認め、
将軍の周囲の有士(志)も全力を以て将軍を激励し
補佐し、
敵の要点に肉迫せねばならぬのです。
問題はコチラの決心です。
寺内が強いから、負けるのではありませんぞ。
コチラの決心が弱いから、敵にスキな様にあやつられるのです。
ひそかに聞くと、将軍は獄中で意気消沈しておられるとの事、
誠に気の毒です。
荒木も柳川も川島も杉山も敵も味方も好(巧)妙ににげてしまつて、
将軍一人いぢめられているのは情に於て忍び得ません。
然し将軍は日本にたつた一人の勇士として今天の試練を受けているのです。
どうか将軍の事を思ふ外部の有士は絶えざる激励をしてあげて下さい。
そして勇(雄)心ウツ勃たる大丈夫の意気を以て正義を公判庭に争はしてあけで下さい。
しかも将軍の正義を貫徹させる為めに、
宮中、府中をかため、国民の義心をさます等
必死の御活動御願ひします。
何とかして御上から
「 真崎や青年将校の云ひ分が正しい。 寺内がわるい 」
との 一言をいたゞけないものでせうか。
朕は青年将校の行動を許す
との 一言でもいゝのです。
維新の勅を賜はる事ならこの上の望みはありません。
去年七月十二日の朝まだき
血涙を呑んで逝った義士等の魂を救ってやつて下さい。
成仏さしてやつて下さい。
今獄中にいる数十名の同志は苛酷な求刑に怒り、切歯しています。
何とかして彼等を救ふ道はないでせうか。
寺内が勝手にやつている出鱈目の裁判を真に陛下の大御心の及んだ明るい
裁判にする事は出来ぬのでせうか。
一言御言(コト)わり申しておきますが、
「 磯部の奴、自分が助かりたいものだから、色々んな策を用ひるのだ。放(ホ)つて置け置け 」
では一寸こまります。
私は何と思はれてもいゝのですが、
放つておかれては多数青年将校が皆
寺内の独断苛酷な判決に服せねばなりません。
小生の真意を御汲みとり下さい。
実は十月頃 勝治(次)将軍に、
川島、香椎、杉山等を告発せねばいけないと云ふ意見を
申込みました所、
将軍は
「 磯部が妻君を使って検事総長の所へ訴へたらよからふ 」
と 云ふ様な御話しだつたのです。
私はこの時実にガツクリしました。
私は妻でも弟でも如何様にでも使ひます。
然し、女子供を使って告発しても何の効果もあるものですか。
此の告発問題は司法問題としてよりも
政治問題として多くの発展性をもつているのですから、
有力な外部の人によつてなされねば効果がない事位ひは
勝治(次)将軍は知っておられる筈です。
それにですね、
あんなことを云はれたので、一寸変な気になりました。
然し、今は何とも思ひません。
只管に同志を救ひたいだけです。
勝治(次)将軍が真に大局高所から見て兄将軍の事を考へられるならば、
小生の意見を
サイ用なさる筈と信じますから。
先生から小生の真意をよくよく御伝え下さい。
獄中の将軍も小生に対しては未だ意がとけないと思ひます。
先生に対しても何等かをふくんでいるのではないでせうか。
そんなケチな考へは棄ててもらいたいですね。
先生が真崎将軍をかばつて男児的態度をとつてゆづらなかつた事は、
私と沢田さんがよく知つていますのですからね。


チリ紙五枚に墨書
森伝宛か