あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

續丹心錄 「 この十年は昼食、教科書官給の十年なり、 貧困家庭の子弟と雖も學び得る十年なり 」

2017年05月05日 01時01分14秒 | 村中孝次 ・ 丹心錄

  
村中孝次  

續丹心錄

一、話によれば、
 陸軍は本事件を利用して昭和十五年度迄の尨大軍事豫算をせいりつせしめたりと、
而して不肖等に好意を有する一參謀將校の言ふに
「 君等は勝つた、君等の精神は生きた 」 と。
不肖等は軍事費の爲に劍を執りしにあらず、
陸軍の立場をよくせんが爲に戰ひしにあらず、
農民の爲なり、庶民の爲なり、救世護國の戰ひなり、
而して其根本問題たる國體の大義を明かにし、
稜威を下萬民に遍照せらるゝ體制を仰ぎ見んとして慾して、特權階級の中樞を討ちしなり。
不肖等は國防の危殆に就て深憂を抱きしものなり、
兵力資材の充實一日も急を要する事を痛感しあるものなり、
然れども 尨大なる軍事予算を火事泥式に鞏奪編成して他を省みざるは、
國家を愈々 危きに導き、國防を益々不安ならしむるものなり、軍幕僚のなす所斯くの如し。
或は 言ふ 昭和十五年度より義務教育年限が八年に延長せらるる、
これ 君等の持論貫徹ならずやと。

謬見も甚し。 ( あやまり ) 
「 
日本改造法案大綱 」 には 義務教育十年制を主張しあり、・・< 註 1 >
この十年と夫の八年と相似たりと雖も、根本精神に於て天地の差あり、
この十年は昼食、教科書官給の十年なり、
貧困家庭の子弟と雖も學び得る十年なり、
夫の八年は獨乙の義務教育年限を直譯受入れての八年なり、
六年生に於てすら地方農民は非常なる經營困難にして、職員に對する俸給不渡りに陥り、
又 弁當に事欠く 欠食児童を多發しあるに非ずや、
八年制の地方農村漁村に与ふる惨害や思ひ半ばに過ぐ、
不肖等は頃來 義務教育費全額國庫負担を主張し來れり、
地方自治體はこれによりて大いに救はるべし、
更に一歩を進めて教科書、昼食等を官給せば、児童と其父兄とは又大いに救はるべし、
然る後に教育年限を八年とすべく十年とすべし。
今の八年制は形骸を學んで大いに國家を謬あやまるもの、官僚の爲す所 斯くの如し。

要するに軍幕僚と新官僚の結託なる寺内ケレンスキー時代に於ける施政は、
口に國政一新を稱導して其爲す所 形式に捉はれ、民を酷使し 國運民命を愈々非に導くものなり、
庶民は益々負担の過重に塗炭し、窮民野に満つるに至る、
民、壓政に憤り、天、不義に震怒す、
ケレンスキー時代はレーニンの出現の爲に其出現を容易ならしむべき準備をなしつつあるものなり、
全國民は宜しく機に乗じ 一齊に蹶起して軍閥官僚を一切否認し、
而して財閥政黨を打倒して、これ等一切の中間存在特權階級を否認排除して、
至尊に直通直參し奉らざるべからず。

不肖は階級打破を言ふものにあらず、
階級を利用して地位を擁して不義を働く者の一切を排除し、
之に代ふるに地蔵菩薩的眞の國家人を以てせば、
輔弼を謬るなく國政正しく運營せられ、民 至福を得、國家盤石の安きを得ん。
之が爲 政党、財閥に代りて暴威を逞ふしつつある軍閥官僚を一洗清掃して、
眞に尊皇臣民にして民の至幸至福を念願する英傑を草莽 そうもう の間より蹶起せしめるべからず、
今の批政、今の不義に憤激蹶起することなき卑屈精神的堕落ならば破滅衰亡に赴く民族にして、
何等將來に期待すべからず。

然れども日本民族魂は斷じて然らざるべし、
大和民族の生成發展は今後に期待さるべきもの、必ずや窮極まつて通ずること邇 ちか からん。
唯々 天の震怒を全國民の憤激に移し、
一齊蹶起、妖雲を排して至誠九重に通ずる慨あるを要す。
七月十五日午前記

村中孝次 丹心録
二・二六事件 獄中手記遺書 河野司 編 から
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
< 註 1 >
註九。
國民教育ノ児童ニ對シテ無月謝教科書付中食ノ學校支弁トスル所以ハ、
國家ガ國家ノ児童ニ對スル父母トシテノ日常義務ヲ課スモノナリ。
現今ノ中學程度ニ於ケル月謝ト教科書トハ一般國民ニ對スル門戸閉鎖ナリ。
無月謝ヨリ生ズル負担ハ各市町村此レヲ負フベク、
教科書ハ國庫ノ經費ヲ以テ全國ノ學校ニ配布スベシ。
中食ノ學校支弁ノ理由ハ第一ニ登校児童ノタメニ毎朝母ヲ勞苦セシメザルコトナリ。
第二ノ理由ハ其ノ中食ニ一塊の 「 パン 」 薩摩芋麦ノ握飯等ノ簡單ナル粗食ヲナサシメ。
以テ滋養価値等ヲ云々シテ眞ノ生活ヲ悟得セザル科學的迷信ヲ打破スルニアリ。
第三ノ理由ハ幼童ノ純白ナル頭脳ニ口腹ノ慾ニ過ギザル物質的差等ヲ以テ
一切ヲ髙下セントスル現代マデノ惡徳ヲ印象セシメザルニ在リ。
學校トシテハ簡單ナル事務ニシテ、
若シ児童ノ家庭ガ惡感化ニヨリテ食事ヲ肯シゼザル者アラバ
教師ノ權威ヲ以テ其ノ保護者ヲ召喚訓責スベシ

・・・日本改造法案大綱 (10) 巻六 國民ノ生活權利 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

前頁  続丹心録  「 死刑は既定の方針だから 」 の 続き
本頁  続丹心録 「 この十年は昼食、教科書官給の十年なり、 貧困家庭の子弟と雖も学び得る十年なり 」 
次頁  
続丹心録 ・ 第一 「 敢て順逆不二の法門をくぐりしものなり 」 に 続く


この記事についてブログを書く
« 續丹心錄 ・ 第一 「 敢て順... | トップ | 續丹心錄 「 死刑は既定の方... »