木漏れ日

日差しがキラキラと躍ってる…

Jさんがお星様になりました

2013年09月22日 | 乳がん
20日 Jさんがお星様になってしまいました


Jさんから頂いたルノワール「春の花束」3D絵葉書 

16日 月曜日 Jさんの携帯からの着信記録に気付き電話をかけなおしました

出られた声は あれっ? Jさんとは違い若い方???

「Jの姪ですが 『患者会に出席できる状態じゃなくなったので
  やめさせて下さい』と言ってるので変わりに電話しました」との連絡でした

心配していた食欲の事などお聞きしたら食欲は戻らず 今入院してらっしゃるとの事…



7月の患者会の日 病院の展望レストラン
 IさんとJさんと3人で11時頃待ち合わせしてランチするつもりで待ち合わせ
 
2~3日前から胃の調子の悪い私
「食欲無いから どうしよう…」

Jさんも「風邪気味で食欲無いから どうしよう…」

で、悩んだ末「オムライスを半分こして食べよう」と決まり注文しました

レストランの方の計らいで出来上がったオムライスを半分こじゃなくって
 半分量を ちゃんとひとりずつの小さなオムライスに仕立てて持ってきてくれました

レストランの方 ありがとうございますm(__)m

食べながらいろいろおしゃべり
 いつもの穏やかな にこやかなJさんでした  

その日の午後の患者会「第19回スノードロップ勉強会」にも参加

私は半分このオムライスがきっかけで食欲が戻ってきました

2~3日後 Jさんに
「半分こして貰ったおかげで食欲が戻ってきました Jさんはその後いかがですか?」とメール
「あれからずっと調子が悪く 一日おきに夜になると熱も出て 食欲もあまりなくて元気が出ません
  風邪ではないのかもしれません 様子を見ながらジッとしてます」 
の返信に
「暑いから口あたりの良いもの ゼリー状の…寒天系じゃなくってゼラチン系の物少しずつでも食べて…」
と返信 案じていました

8月26日にJさんに会ったIさんMさんから
「まだ食欲があまり無く夜になると熱も出るそう」と伺い心配してました


で、冒頭の姪ごさんからの電話を受け

9月20日都合がつくIさんとふたりでお見舞いに行く事にしました

11時病院で待ち合わせ
 患者会でお世話になっている事務員のFさんに様子をお伺い

そこで思いがけないFさんからの言葉…

「かなり厳しい状態なの…
  一昨日に『退院して自宅療養しましょう』って決めて…昨日退院の予定で…
それが昨日急変して 今 意識が無い状態なの…」

Iさんとふたり言葉もありません
 「又 ランチ行こうね」と元気づけるはずだったのに…

家族の方に伺って 会わせて頂きました

以前「意識なくても聞えてますよ」と聞いた言葉が思い浮かび

「Jさん Jさん」

リンパ浮腫でパンパンだった右手が何だか柔らかく ふっくらしているだけになり
 その手を撫でながら「Jさん Jさん…」語りかけるだけでした

私達が会いに行くのを待っていてくれたかのように
 それから間もなく息を引き取られ…

思いがけない急なお別れに 涙 涙 涙


今年の3月には川売梅の里に行きましたね
 「楽しかった 五平餅やおでんも食べられた」喜んでいた様子

去年11月には「ボンヌフ」でランチしながら一緒に誕生日を祝ってもらいましたね

一昨年11月にはJさんが会員になっているリゾートホテルにお泊り に行きましたね

私はそのとき左手骨折中
 Jさんが運転するファンカーゴに乗せて頂きました
右手がリンパ浮腫で不自由なのに 手で握れるハンドルに取り付けた物を使って 難なく運転

すご~い 感嘆

Jさんは30代の若さで乳がん手術 それから7年して再発 そして7年して再再発 再々再発
 その時々で治療法は様々
鎖骨の奥に出来た時には手術が出来ないから放射線でたたいたり
 そのほかにもホルモン剤や抗がん剤…

30数年に及ぶ乳がんとの闘いはどれほどの思いとの闘いだったのでしょう

でもいつも穏やかで にこやかで おしゃれで ステキで
 辛い顔やしんどい顔は見たことありません

いつだったか
 「Jさん(その姿勢)尊敬しちゃう 泣き言 言いたい時もあるでしょうに…」
って言った事があります

そんな時でも「言っても仕方ないじゃん」って笑っておられました

右手が不自由になるまでは 書道をなさって 
 生徒さんにも教えていたこともあるそう

それはそれは達筆で 書かれた掛け軸や 額装した作品も数々

今 空の上で右手を存分使って得意の書をしてますか?

本当にいろいろありがとう
 Jさんは私達の希望の星 いつまでも輝いて 私達を導いてください