木漏れ日

日差しがキラキラと躍ってる…

母の一年祭

2014年04月17日 | 母のこと
母が旅立ったのは昨年4月29日
 月日が経つのは早いもので 間もなく1年

13日日曜日 母の一年の霊祭をとりおこないました

母の弟妹 叔父 叔母達
 亡き父の 姪や甥

妹夫婦 弟夫婦
 母の孫である 娘 甥や姪たち
そしてその子供達…つまり母から言ったら曾孫

総勢35名が集まってくれました

霊祭をつとめ お墓地に参拝
 その後近くのお寿司屋さんに席を移し 会席

昔話にも花が咲き 母を偲びました


母が旅立ってから
 何度も『あれ』で良かったのか 振り返る日々
後悔とは違うのですが…喪失感でしょうか…

たぶん何をしても 何を選んでも 選ばなくっても 同じ思いになったのでは…

この頃でもまだ ふと「バアバのご飯は… ア もう無かった」
なんて事も…

身近な人を看送るのは 精神的に大変な事としみじみ思わせてもらいました


一年祭に叔父 叔母 子供達 孫 曾孫達 大勢集まってくれ
 賑やかな様子を 母も喜んでいることでしょう 
コメント (2)

50日祭 霊祭

2013年06月12日 | 母のこと
9日 日曜日 亡き母の50日の霊祭を執り行いました

母の弟妹の叔父叔母 父方の親戚
 5人の子供達家族 孫 曾孫 
近しい人ばかりですが30人あまりの人たちが集まってくれました

祭主により 清祓い 献饌 祝詞奏上と進められ
 御霊舎に合祀祭も併せて行い
その後お墓地に移動して納骨させて頂きました

梅雨のさなかでしたが好天に恵まれ
「良かったね バアバ」と空を仰ぎました

納骨のあと
 近くのお寿司屋さんに席を移し会食
色々な話題で賑わい…母をしのびました


もう40年前になりますが
 父はある日突然 無免許運転 信号無視の車に横からぶつけられ亡くなりました
  51歳の若さでした

うちの息子は父の初七日に生まれ
 その息子はこの夏40歳になります

父が亡くなった時 母は40代 一番下の弟は中学に上がったばかり
 父を頼りにしていた母はどんなにか苦労をしたことでしょう

子供達は皆 父の歳を超え 元気で過ごさせていただいてます


母はここ何年かは認知症を患い 手が掛かりましたが
 その事よりも不思議と元気な頃の母が思い出されます

足は不自由でしたが自転車に乗り 針仕事が得意で
 小さな頃はわたし達の着る物はほとんど手作りしてくれました



父とは会えましたか?
 千の風になってあちこち吹き渡ってますか? 
 





   



   
コメント (4)

母の旅立ち

2013年05月09日 | 母のこと
4月末 母が旅立ちました

3月19日 療養型病院に転院した後
 食欲の回復は望めませんでしたが 状態は落ち着いて
面会の度に 目を開いていて
 
…総合病院に入院している時はほとんど眠っていて
  声を掛けるとふわ~っと目を開け また眠ってしまう状態でした
 

呼びかけた方向に顔を向け
「おはよう」「こんにちは」など声も出るようになり

桜の時期には「桜咲いてるよ 分かる?」
 と問えば「分かる」と答え

ある時には 
わたしが「わかる?」と言ったら「分からん」と答え 苦笑するほどでした


亡くなる前の週の月曜日には
いつものように「分かる?」と言った時に
「分かる」と反応があり…

次の日 弟が行ったときには
「又 来るから」と言ったら「頼むで…」と応えたそう

それから間もなくの日曜日の夕方
 「血圧が下がって上が70 下が計測できない状態 合わせたい人があったら…」
と病院から連絡

慌てて弟と病院に駆けつけながらアチコチに電話

妹夫婦 弟達 ひ孫のhonちゃんたちなど
 近しい人と会え 顔色も良くなり 安心したように眠り

看護婦さんにも
「皆さんに来てもらい 顔色も良くなったみたい」
と言ってもらえ

「このまま安定した状態で1週間とか過ごされることもあります でも急変する場合も…」 

面会時間まで居て 看護婦さんにあとを託してそれぞれ帰宅
 

皆に会え安心したのか 祖母の発ち日が5月4日その日が近いので祖母が迎えに来たのか
 
翌日夕方旅立ちました








 
コメント (4)

療養型病院へ

2013年03月20日 | 母のこと
毎日毎日 片道11kmほどの所にある病院に車を走らせながら
 思う事は「今日は食べられるようになったかな」と望みを抱き…

でも母の食欲が思うように回復せず…

明日は 明日こそはと思う日々

点滴が外せないから退院は儘ならず

でも手術とか大きな治療が無いので
 「療養型の病院を探してください」と言われ

療養型?
「どこで探せば良いですか?」と問う私

「病院の1階によろず相談室があるからそちらで案内してくれますよ」と…
そういえば私が掛かっている病院にも「よろず相談室」って看板見たことあるわ

でケアマネージャーさんにも事の次第を報告しつつ療養型病院の事をお聞きし
 療養型病院ケアマネージャーさんも探す事ができるけれど「紹介」という形をとるので病院で相談する方が良いとの事

で よろず相談室へ
 若い女性の方が親身になっていろいろ説明してくれ
療養型の一覧表 その中から4件ほどの病院を提示していただき
 そのそれぞれに点滴を入れての入院に応じてくれるか?
など問い合わせてくださり

いろいろ検討し 地の利 入院までの期間…1箇所は入院までに1ヶ月ほど待つそう
 
主人の休日にS台病院に見学がてらお話を聞きに
 係りの方が丁寧に対応してくださり…一番大事な幾ら位かかる?
毎月のお支払いの事も丁寧に説明くださり

病棟も見学して ほぼこちらの病院に気持ちは決まり
 それでももう一箇所の候補の病院にも寄りちょっと見学してパンフレットを頂き…
 
で、結局S台病院に紹介状を出して頂くようにお願いしました

その後 S台病院内の審査を無事通過し
 19日に転院しました

奇しくも先月入院した日と同じ日に転院
 

この一ヶ月 調べる事 選ぶ事 決める事があれこれ
 妹や弟と相談したり 決めたり

気持ちが揺れ動き 何が良いのか…
 自分に置き換えれば応えはすぐ出るのだけれど

はたしてそれが良いのか…
 “これがベスト”って言う答えが分からない

考えても考えても…思考回路が麻痺しそう


それでも母を通じていろいろ分からせてもらい  
 母がこうならなかったら いろいろやらなきゃいけない事の存在すら知らなかったもの…

総合病院に入院している時には毎日のように顔を見に行くことが日課
 それくらいしかできないし…

S台病院に転院してからも週2回は行ってやらないと

今まで食事とか介護していたけれど 不思議なことに 私 なにかしていた?
 たいした事してなかったような気がします

バアバ 桜の蕾もだいぶ膨らんだよ
 時々ふわ~っと目を開ける母に声を掛け 四季 春の訪れを伝えます

 
  
コメント (2)

どうして?…どこで?…

2013年02月19日 | 母のこと
昨日夕方ショートステイから帰ってきた母を
 車椅子から降ろそうとしたら「痛~い!」
叫ぶような声

普通に座っている時には痛みを訴えないけれど
 足を動かそうとすると「痛~い!」

やっぱりいつもと違う

今朝 腿の辺りを見たら腫れていて…
 ひょっとして骨折?

かかりつけのT医院に行き診て貰う

レントゲン撮影の結果 左大腿骨 股関節のところが骨折していました

歩けないから転ぶ事も無いのに…
 
どうして? どこで?

紹介状とレントゲン画像を持参して聖隷M病院へ
 
血液検査 心電図 骨盤全体のレントゲン撮影

アチコチで待ち時間…
 整形外科に戻って 再度主治医の説明を受ける

「この症例の方 99.〇%は手術になりますが
  骨が脆くなっているから 手術をして金具を入れると2次骨折を起こす恐れがあります」

暖簾に腕押し と言うか 
 コルクに釘を打つようなものだそうで…

ただ骨折箇所から(骨にも血管があり)出血しているから
 貧血の恐れもあるから 今日は帰って明後日また来てください
エ~ッ!
  連れて帰るんですか?

骨折して無くても車椅子に乗せたり降ろしたりするのが大変なのに
 大腿骨骨折している人を連れて帰るの…?

私の困惑した様子に 医師が
「じゃ 様子診る為に2~3日入院しましょう」
と提案してくれ とりあえず入院させてもらう事となりました

入院手続きを済ませ 帰途についたのはもう夕暮れ迫り
「あ~ぁ 今日はお昼も食べられなかったわ…」

ケアマネージャーさんに連絡し
 明日お世話になる予定だった施設にもキャンセルの連絡をして…

オムツ替えをどうやってやれば良いのかしら?
 ショートステイはいつ頃から預かって貰えるのかしら?
  デーサービスは利用できるのかしら?
   医師が療養型病院の利用を勧める…とか言ってたけれど 空きは?利用額は?

退院後の事を考えると タメ息ものです…


先の事考え気分で帰宅したら

ケセラセラさんから 小包「元気玉」が届いていて ビ~ックリ!

中には
小丸煎餅 はとむぎ入りせんべい 美味しそう~
 八重の彩り…NHK「八重の桜」にちなんで作られたんでしょうね お菓子詰め合わせですって
  開けてみたら中には塩羊羹 落雁 蒸し菓子 おきな餅 焼き菓子 などなど




私の好きなものがい~っぱい

そして こけしのプリントが可愛い 東北ふきん
 みどりの胴の元気だるま 赤い胴の招福だるま のふたつの根付

NHKで放映されている「八重の桜」
幕末の…八重の生きた時代が記された冊子
 楽しみに読ませてもらいます 

ケセラセラさん こんなにた~くさんありがとう
 
そう口角上げてニコッ!ですね
 元気だるまを見つつ励まなくっちゃね


コメント (2)

レンタル介護用品の点検&映画「今日 恋をはじめます」

2013年01月18日 | 母のこと
17日 レンタル介護用品の点検に来ていただきました

点検は半年毎 前もって母の在宅日で私の都合も考慮して頂き訪問日が決まります



借りているのは車椅子 車椅子用ジェル座布団 褥瘡(床ずれ)予防マット

車椅子はタイヤの空気圧 留め金などの不具合やグラつき
 傷んでいる箇所は無いか…
アチコチ丁寧にみて

褥瘡マットは今回は新しい物と交換
 …1年毎に新しい物と交換してくれます


3年ほど前から寝返りをしなくなり
 足を延ばして寝られないので 右か左 同じほうを向いて寝ます

一昨年 春ころ 脇 腰の辺りに 褥瘡が出来てなかなか治らなくって…
 夏になったら尚更酷くなりそう… 
ケアマネージャーさんと相談して「ジェルマット」を使うようにしました

暫くして完治

このまま治らなかったら…
 ウォーターマット エアーマットなどが在るとか…
 
車椅子用のマット(座布団)
 足(腿)からお尻があたる部分にジェルが入ってます

いろいろ研究された物が出ているのですね

レンタル介護用品 
以前まだ歩ける頃 杖を使っていました その頃は普通の一本杖

ケアマネージャーさんから「安定が良い4点杖を使ったら?」と提案があり
 購入しようとしました
…そんなに高価な物ではないし自分の物の方が遠慮なく使いよいかな?
なんて思って…



ところが…
ケアマネージャーさんからまたアドバイス

「レンタル使った方が良いよ 壊れたり もっと良い物が出た時に交換してくれるから」

で レンタル介護用品を利用する事にしました
 
ベットなど介護度によっては利用できない物もありますが 有難い制度です 


そして フリーパスポートを利用して



「今日、恋をはじめます」を観てきました

原作は水波風南さんの人気少女コミック 
 
10代限定 漫画チック オトメチック
 なんてったって孫のhonちゃんが読んだ事あるって言ってるくらいだもの

でも気持ちがホンワカ 胸キュンして なかなか良かったですよ
コメント (4)

介護認定面接

2012年05月11日 | 母のこと
8日
 母の介護認定見直しの為 市役所職員さんが来られました

3月末
 介護認定見直しの書類を作成、提出
4月上旬
 生活の様子・認知などの状態の質問に応えた書類を持参して医師の診察を受け
 
 その後 半月ほどした頃 市役所から電話があり母が在宅しているこの日が面接日となりました

9時半
 こられたのは若い女性職員さん

まず母に
「お名前は?」…〇〇  

あっ 今日はちゃんと自分の名前を言えた^_^;

日替わりで 息子の名前だったり 親戚の人の名前だったりするんですよ

「生年月日?年齢は?」
  
昭和…う~ん何年だっけ わすれちゃったよぉ
 ホントは大正15年生まれ^_^;
年齢?
  63歳…かねぇ  
   (おいおい 私と一緒?…心の中でつっこみ)
  あぁ違った60歳だった
   (私より 若!)

「今の季節 分かる?」
  冬でしょ?

と まぁこんな具合

職員さんが腕時計を見せ 
「これ何だか分かる?」
うん 時計でしょ?
 「そうだね」と言いながら腕時計を外して見えない所に置き…

職員さん「私ねぇ Rって名前なの(職員さんの名前は偶然私と一緒だったんです) 
  誰かこの名前の人知っている?」

母「そうRさんなの ふ~ん 娘の名前と一緒だね」
 へっ(@_@) 私がわかるの?  

もう暫く前から
「私の名前分かる?」って聞くと
“施設の人…私の世話してくれる人”とか“おばさま”とか…
もう何ヶ月も前から母の口から私の名前は出てきません

久々分かったのかな?って喜んだのもつかの間

職員さんが私を指差して「この人の名前はRさん?」って聞いたら

この人はRさんじゃないよ 娘じゃないよ(どっひゃ~)
 この人は哲子さんじゃんねぇ
 (母の従姉でもう10年も前に亡くなって…私とは体格も顔も似ていないんです)
 
「じゃ娘さんは どこにいるの? お勤め?」
  どこへ行ったのかねぇ?お勤めはしてないよ ねぇ(って 私に同意を求め)

やれやれ なんとも漫画チックな受け答え
 
椅子に座って足を延ばしたり曲げたり
 ホントなら 母が自分で椅子に座らなければいけないんですが
足が悪く自立できないのでそれは不可能

…不可能でも 検査項目に入っているので一応やらなければいけないとの事で 困った様子
そこで思案
 車椅子に座らせて 足を曲げたり延ばしたり

もうひとつは 自分で寝返りが出来るか?
 それも上を向いて寝るのが出来ないので 寝返りは出来ないのですが
一応それも見なければとの事

で、痛がるところを見てもらえば良いと やらせてみました

諸々の質問 検査を終え
 帰るときに腕を見せて
「さっき 此処に何か着けてなかったっけ? なに着けてたか分かる?」
  分からない 何か着けていた?(腕時計の存在はすっかり忘れています)

最近では排泄の自覚も無く 自分でトイレも行けなくなり

こんな状態の母をみて職員さんは 
「この状態で自宅で看るのは大変でしょ? 施設に入れる事は考えた事はないですか?
  何か希望は?」
と…

考えた事がないと言えば嘘だけれど
 介護する人がいれば“特養”への入居は不可能に近く
高額の費用が掛かる施設には手も届かず…期限の分からない介護の為に使う事もできず

なのでできる事なら安価に利用できる施設を増やして欲しいとダメモトでお願い

面接が終わったのは11時半過ぎ
 2時間も経っていたんですね 

2年程前に介護認定の見直しをしてその時の判定が要介護4
 さて今度は…
下がってしまうと今利用しているサービスが受けられなくなってしまい…
 今のままのサービスが受けられる介護認定が降りますように  


足が悪くて自立歩行できない事もこうなったら幸いと思って
 …もっとも自立歩行が出来なくなってから 認知症が出てきたんですが…

今の状態を少しでも長く 横這い状態で…
 これ以上悪くならない事 願うばかりです

 
コメント (4)

とろみ食

2011年09月06日 | 母のこと
母は熱も安定し 炎症反応も消え7日には退院できる事になりました

飲み込みが上手くできず…慌てて食べる癖も災いして 咽もみられるので
 
帰宅後の食事の形態をとろみ食にするようにとの指導

昨日昼食を見学しながら献立をみてきました

全部がペースト状になっています



メニュー分かりますか

1はお粥 分かりますよね
2はとろろ?
3は???
4は豆腐に???
5は卵?

実は
1 全粥ゼリー
2 筑前煮
3 ジャコ入りソテー
4 オクラたっぷりやっこ
5 黄桃缶コンポート
 
カロリーは475kcal  ほぼ500kcal
 …何だか自分の入院していた頃を思い出しちゃった

豪華ぁ
 でもなんだか見栄えはしなくって 味気なく(-_-;)

水分が多くシャビシャビしていても咽るのだそうです
 おかゆの粒粒も食べ方によって危ないのだそうです
なので滑らかにしてとろみを付けて…
この全粥はプリン状でプルプルしています

お話してくださった管理栄養士さん
 「全粥では粒粒が心配… これの様な状態にしてください…
でもこれをどうやって作るかわかりません この元は市販の製品でも見たことありません」と

え~っ(@_@)そんなぁ 
 そんな指導ってあり? ちょっとお腹の中でムッ!
言っても仕方ない…
 …そうだバーミックス使ってやってみよう

看護師さんに「栄養指導受けますか?」って聞かれたけれど
 こんな指導ならいらないので 丁寧にお断りしました

バーミックス
鍋の中でグイ~ン
 かぼちゃスープ ポテトスープ 野菜ジュース バナナジュース
マヨネーズもアッと言う間 材料にバーミックスと細長い器があれば簡単に作れるアレです
10年も前にスープを作るのを見てひとめ惚れ 買い求めました
バナナジュースもコップの中で作れ重宝しています

姪や甥のところで子どもが生まれた時には 兄弟でお祝いにした物です
 離乳食作るのにも良いかな?って

アレがあれば百人力 …大袈裟かな^_^;

全粥を炊いてまだ温かいうちに バーミックスを使ってグイーン 
 鍋の中 見る見るうちに粒粒が消え…言ってみれば糊状 ちょっ冷めればポテッ!
丁度良い状態になりました(*^^)v

とろみ食用の粉も買って来ました
 今週中はデイサービスもショートステイも取り止め
家で状態を見てくださいとのこと

慣れるまで暫くばあさんの食事の事で頭がいっぱいになりそう
 あんなにいろいろ作れないけれど…家庭では家庭のやり方がありますもんね 
ま、冷蔵庫もあるしバーミックスも在るし やるっきゃないですネ

コメント (4)

誤嚥性肺炎

2011年08月24日 | 母のこと
昨日 病院にかかり抗生剤と去痰剤を処方してもらいました

今朝 起こしたところ身体が熱く…
 熱を測ったら38度5分 パジャマは汗でぐっしょり
本人はグッタリ 肩で息をしているようなハァハァした息遣い
身体を起こしてもグッタリしてシャンと座っていられません

まず汗で濡れたパジャマを着替えさせシーツも替え
 シーツは身体を起こしておく事が難しいからまず向こう側へ寝返りさせておいてこちら半分だけシーツを敷いて
向こう側を畳んだまま置きゴロンとこちらへ寝返りさせたところで向こう側のシーツを広げ

薬を飲ませるにはご飯を食べさせなくっちゃ…
おじやを子ども茶碗に軽く1杯 
 手を出さないので仕方なし私が口に運び 口に入れても含んだまま飲み込みません(-_-;)

頬を叩きながら何とか何口か食べさせ ようやっと薬を飲ませ…

ディサービスに出掛ける日なのでとりあえず施設に電話
そこは掛かり付けの医院が併設している施設

もう一度お医者さんに掛かるにも
 足が悪い母なのでグッタリしていて自家用車への乗り降りもままなりません
婦長さんに事の次第を説明し 相談
“医師に病院への紹介状を書いて貰い総合病院に掛かった方が良い”
と言う話になり 折りしもディサービスに出掛ける日だったので家まで送迎車で迎えに来てもらえました

診察をして医師は「点滴しましょう」
って事でしたが 点滴して家に帰っても食べられないんじゃぁ
「食事が噛み砕けないんですが…」と申し出
「じゃ 入院させますか?」と
それからやっとレントゲンを撮り
「肺に水が溜まってる様子」との事

弟に迎えに来てもらいN総合病院に向かいました

外来は混んでいて…30分以上待った所で 看護師さんの計らいで緊急外来にまわして貰えました
レントゲン撮影などの結果 「肺炎を起こしている」との事で入院となりました

あのまま点滴して帰宅しなくって良かった

「誤嚥性肺炎」とただの「肺炎」では治療が違うようです
で普段の様子をいろいろ聞かれ
介護度4で認知が著しい事 いっぺんにたくさん口に含む事もあり のんばめる事もあること
のんばめた場合痰が絡む事もあること
いろいろ話して「誤嚥性肺炎」ではないかと言う事です

グッタリしていて「痰を切って」とティッシュを渡しても認知のため言葉の意味が分からない様で出来ず
言葉も発せず 症状も言えず
こちらとしては手の施しようもなく とりあえず入院させて貰いひと安心

いろいろな書類にサインをしたり書き込んだり その中に
“退院した後は家で介護しますか?施設に入れるますか?”と入院したばかりなのに…どうなの…

余裕もなく 期限もなく おいそれと施設に入れるとは言えません
 せめて具合が悪くなる前くらいに回復する事を願うばかりです
コメント (2)

驚き 

2011年04月22日 | 母のこと
昨夜遅く飛び込んできたニュース
 スーちゃん 田中好子さんの乳がんのため死去
突然の悲報に絶句!
 エッ! ザワザワ 言葉がありません

ご主人の話によると 
19年前 平成4年に発症 手術 早期発見だったそうです
 その後再発を繰り返されたとか…

思い出すのは彼女の笑顔 その裏に こんな苦悩があったのですね

NHKで放送された鶴太郎さんから絵を習う姿
 滑稽なところが可愛くおもしろく 笑顔が似合い 
絵が上手とお世辞にも言えなかったけれど
 楽しんで描かれ 取り組む一生懸命さが印象的でした
その後何年かして他の番組で見せていただいた毎年作られるというカレンダーとか年賀はがきの絵が味があってとっても素敵でした

一生懸命さも ひたむきさ 笑顔も
 今思えばそういうことだったのかしら?と思えます

昨晩 夜中に目が覚めその後いろいろ考えて寝付かれませんでした
 同じ病で亡くなられるのはホントに辛く哀しく悔しい…

スーちゃんのご冥福をお祈りします
 安らかにお眠りくださいね
 

さて驚いた事がもうひとつ
昨夕の事 太極拳教室からの帰路 スーパーで買い物をして帰宅したのが5時ちょっと過ぎ

5時頃ショートステイから帰宅したと思われる母の様子を見ようと玄関を開けたところ

ビックリ!
 そこには裸の母が…
何か大きな声がすると2階から降りてきた弟が
ちょうどそこに在ったコートを裸の母に着せ掛けていたところに居合わせました

「どうしたの! 何やったの?」
本人は「寒い 寒い」

どうやらトイレに行きたかったらしいのです

ふ~っ!
 今朝ホットカーペットカバーを洗って 乾いたところにこの始末(+_+)

そして夜 寝かせる為に行ったところ 靴を履いて玄関の外に座っていて(@_@)
 またもやトイレに行きたかったらしい
歩けないのに“いざって”出たらしい 
トイレは自分の座っているところからも見える家の中 方向も真反対
最近ではトイレに自分から進んで行けなくって
 私が時間を見計らって連れて行く状態なのに…

このごろ認知の進み具合が…と思っていた矢先の出来事です

春夏秋冬が分からない 誰か分からない…以前は時々だったけれど… 
 たぶん私の事も介護してくれる人 娘ってこともわからないみたい
「ニコッ」と笑って挨拶するくらいだもん

私を呼ぶにも「おばさん」だったり「おかあさん」だったり「お姉さん」だったり…
「おばさん」と呼ばれたときに
「バアバ 歳はいくつ?」って聞いてみたら
「18歳」と
「そうかぁ あんたが18歳なら私はおばさんに間違いないねぇ」って大笑い!

食事には貪欲で 食べた事は忘れ
 しっかり食べても「私には ちょびっとしかくれない」「何にもくれない」とのたまう 

この頃は認知に拍車がかかってだいぶ進化した…あっ こういうのは退化って言うのかな

こちらの言っている意味も理解できないみたい
「四つん這いになって」と言ってもその格好が分からない やり方も分からない
毎回 「此処 左手で踏ん張って 右手は前 体を前に倒しながらお尻を上げて…」と

トイレに誘導し座らせても「今から何するの?」と
 鬼娘は声を荒げ「他に何するの!」

洋服の着方もわからない 順序も裏か表か逆さまかどうかも…
 
いろいろ自分で出来ることはやらせようとする私を睨み付ける
 なにしろ食事もくれない人って認識だもの 気に入らない様子
歯向かってくるし あかんべぇをすることも

来月の予定を持って来てくれたケアマネージャーさんにその旨伝えたら
「あんな しっかりしたおかあさんでもねぇ そこまでになっちゃった…
 でもみんなそう 1~2歳の子どもと一緒だから ストレス溜めないで上手く解消して
何とかかんとか言いながら娘さんは(実の親子関係)良いよ ドロドロしたものが無いから…」ですって

声を荒げても仕方ないと思いつつ 
 優しく接しないと認知は進む とも分かっているつもりだけれど

言ってもやらない やれるのに出来ないって言う母に向かい
“やらせなきゃ やれなくなる”と悪循環が怖いから ついつい声が大きくなります

人間ってこんなに壊れるものなんですね
 大きなため息をつきつつ まじまじと見つめてしまうこの頃

母が在宅のとき 昨日のような事があると…
 今までは昼食を出して出かけたりしたけれど それもちょっと危うく 
在宅時 誰もいない長時間の外出は控えるしかなさそうです

老いは誰にも訪れること
「身体に故障が出るか 頭に故障が出るか… どっちも一緒よ」とケアマネージャーさんから言われ

そうか身体の具合が悪いのと一緒と考えなきゃいけないのね
 しっかりしていた現実があるから受け入れるのがなかなか大変


楽しい話題じゃなくm(__)m
ちょっと目をつぶって避けて通りたいけれど
 あまりブログに書きたい話題じゃないけれど これも現実
備忘録の意味で書くことにしました
コメント (4)