木漏れ日

日差しがキラキラと躍ってる…

術後

2008年04月17日 | 乳がん告知 検査 手術
2月1日
昨晩から喉がイガイガして痰が絡んで風邪ひいた様な状態
痰を切っても切っても絡んで…
手術時に胃まで管を入れるのでその後遺症との事。

朝食 全粥 ツナジャガ 味噌汁 → 完食
昼食 常食 → 完食

三階麻酔科に呼ばれ麻酔時の事をいろいろ聞かれる。
内容は覚えてないけれど明るい夢を見ていた様な…

一階レントゲン室に行く 
頭の上にあるハンドルを持って下さいと…
バンザイするのには脇が痛いのに…
でも何とか摑まり撮影…背の低い人もあの高さ?じゃないよねぇ

午後三時頃リハビリ科からお迎え
握力等の計測…何故か手術前より握力が強く??? 
手に棒状の物を持ち上下10回×3セット 
同じく手に棒状の物を持ち左右10回×3セット
壁に添って横向きに手を挙げ雑巾掛けをする様に上下10回×3セット
壁に向かって手を挙げ雑巾掛けをする様に上下10回×3セット
脇が突っ張って痛いけれど何とか上まで挙げられる。

手術翌日とは思えないスケジュール
手術前に主治医から
「早く帰りたい?木曜日に手術して土日に帰る人もいるけれどどうする?」
って言われた事がちょっと納得できる感じ…

2月3日
寝返りをうったら胸の辺りでチャポチャポ音がする。
軽く叩いてみたらポコポコと空気が入っているような音もする
…右側の胸を叩いた音とは明らかに違う
主治医が来た時に訴えたら
「ああ水が溜まってきたんだね、退院する時に抜くよ」だって

2月5日
水を抜く。
60ccの目盛りの付いた太目の注射器と白い粉の入ったビニール袋を持って
O先生がベットの所まで…エッ太い!
「ちょっと痛いかも」と先生。 
切ったすぐ下の腫れた辺りに注射器を刺す…
アレッ?痛くない
60ccを2回 合計120cc抜く「あまり多くないからもう溜まらないかも」って言われる。

2月6日
退院 朝検診 
「普通の生活して良いよ」
「運動もしていいですか?」と私
「手はあまり無理して動かしたり重いものを持ってはいけないけれど足は動かしていいよ、いっぱい動いて 」
「運転も?」「良いよ。何でも出来る筈だよ」と笑っておっしやる
無事に退院。
夜先生の言葉に押されてスクエアダンスに行く
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手術

2008年04月15日 | 乳がん告知 検査 手術

手術日当日の夜明け前 手を合わせたくなるように神々しい
晴天になる日の朝はこんな夜明けなのですね。
新たな夜明けに感謝!

1月31日
手術当日 AM8:50 O先生が注射の為部屋まで迎えに来てくれる。
外来まで降りエコーで見ながらセンチネルリンパ節生検の為の注射を4個する。
凄~く痛いと聞いていた為か覚悟してた為かあまり痛く感じなかった
(ジワーッっと痛かったけれど泣ける程ではなかった)
むかし(又?)流産した時に出血が酷いからと麻酔をかけながら処置をした事があり、もう死ぬかと思うほど痛かったそれに比べれば…
人生無駄な経験は無いのね
その後核医学室に移動、放射線をかける(多分…)
手術が緊急手術が入った為1時間早まる。

PM12:45 手術着に着替え 血栓予防のストッキングを履き着衣を整え病棟の看護婦さんに付き添われ手術室に徒歩で向かう。
手術室への入り口付近で主人は看護婦さんから
「術後呼ばれたら此処でお待ち下さい」と言われていた。 
手術に立ち会う看護婦さんに迎えられ8番手術室まで歩いていく。
室内に入ったら手術台があり、そこに上がる様に指示され、
履物を脱ぎ、上って横たわる。
昨日説明をしてくれた麻酔科の女医のT先生が挨拶して点滴を入れだす、
左手側に居た人が酸素マスクを私の口の辺りに当てながらいろいろ作業をしている。
T先生が「まぶたが重くなる注射をします」
次に「眠くなる注射をします」(多分そんな事を言った様な…)あとは夢の中…

…肩をトントンとたたかれ「手術終わりましたよ」の声 
「ああ手術中だったんだ」
何を思ったのか私は「今何時ですか?」と聞き、
 看護婦さんが「3時5分ですよ」って答えてくれた。
アッと言う間に終わった様な気がする、でも1時間半少し経っている
明るい所に居た様な…希望が持てる感じがした。
昔流産した時の麻酔の様に奈落の底に落ちていく怖い感じではなくって良かった。

部屋に戻り…緊急手術の人が数人入った為、予定が変わり部屋に戻された。
「痛かったら痛み止めをしますから言って下さいね」と看護婦さん
…でもなかなか痛くはならない…帝王切開の時のお腹の痛みに比べれば全然楽!

術着の襟をそっと開き左胸を見る
 
エ~ッ びっくり!傷口が見えるよ。
     縫い目もない!
       ガーゼで覆ってない!
        傷の上に直接透明のシールが貼ってある
(まるでサ○○パスの透明版をぺタッと貼ってある様な)


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術前検査

2008年04月14日 | 乳がん告知 検査 手術
H医大に紹介状を持って受診、迅速な検査に驚き!
術前検査のいろいろを書き留めます。

1月15日
PM12:30 主人とH医大第一外科に行く。待合室で待つ間も何も考えられない、思考回路が麻痺している様。どの位待ったのか呼ばれる…主人と入室。
写真を広げ「この様に周りがぼんやりボコボコしているのは悪性である事が多いです、今日は太い針で4個位細胞を取ってみましょう。それから他の臓器に転移していないか調べるためにCTも今日撮ります。時間はありますか?」とO先生。

検査室にて採血 心電図 肺機能検査(肺活量検査の様に筒の様なものをくわえ吸ったり吐いたり)レントゲン撮影等が次々部屋を移動しながら流れ作業の様に進んでいく。 
CT検査室へ行き病衣に着替え台に横たわる、点滴を入れる(最初は水)撮影中造影剤を入れながら…「今から造影剤を入れます、熱くなりますよ、気分が悪くなったら言って下さいネ」と言われた途端、瞬間にウァ~と熱くなり驚き、こんなに早くに血管の中を液が通過するの?
無事CT検査も済み、検査後の注意事項を書いた紙を貰い退室。
乳腺外科外来に戻りO先生から「最速で31日に手術になります。」と言われる…他人ごとのように落ち着いて聞いていた。

1月16日
骨シンチ検査の為 AM10:00核医学室に行く。血管注射(アイソトープ)を受け1度帰宅
PM13:00 再度核医学室に行き、病衣に着替え台の上に横たわる。
30分程そのままジッと身動きできず顔のすぐ近くを機械がゆっくりゆっくり移動していく

1月18日
AM10:00 超音波検査の為、地下のMRI検査室に行く。
ゼリーの様なものを胸に塗られ、バーコードを読み取る機械の様なもので撫でていく。
画像を見ながら脇の辺りや鎖骨の辺りを念入りに何度か撫でている
…異常が有るのかな?ちょっと心配

第一外科外来に行きこの前の検査結果を聞く
「骨・肺・肝臓に転移はない模様、リンパは少し腫れている模様…でもリンパに入っていると決まった訳では無いからね、MRI検査をすれば分かるからね」とO先生。
私が検査を受けている間に主人が入院手続きを済ませてくれる。

1月21日
AM10:00 母が退院、E総合病院に迎えに行く。
手術をしなくて済んだから体力の衰えは少なくて良かった
…でも足は確実に衰えて…もう歩けなくなるだろうな
食事は1ヶ月はお粥,消化の良い物を食べる様にとの指示。
私の入院が目前…弟達のお嫁さんに母の食事をお願いに行かねば…

PM16:00 H医大MRI検査の為地下のMRI受付に行く。
病衣に着替え点滴を入れる、今日も途中で造影剤を入れるとの事。
右手に注射器を持ちMRI室に移動
「ヘアピン、エレキバン等着けていませんね」最終確認。
台に上る「エッうつ伏せ?この穴は?…」そう私は乳がんでした(^_^;)
2つ並んだ穴に胸を入れ、うつ伏せになる。
技師のお兄さんが「失礼します、胸を触ります」と言い2つの穴に具合良く納めてくれる
…違和感無く。
この時1昨年の検診時院長先生の触診がイヤで乳がん検診を辞めた事が脳裏を横切った…実際に乳がんになってしまえばあらゆる所で男性の前にさらす事になるのに…おバカな私
音が喧しいからと耳に栓を入れてくれMRI開始。うつ伏せだから涎が…
いよいよ開始「カツンカツン ガッガッ コンコンカリカリ」(表現力に乏しく(^_^;))…まるで工事現場の隣にいる様、途中造影剤を入れるがCTの時と違いあまり変化なし
「ジッとして動かないで下さいネ、深呼吸もしないで普通に息していて下さい」って言われると動きたくなるのは私だけ?
帰りには外はもう暗くなっていた

1月25日
AM11:30 検査の結果と手術の説明を聞きに夫と一緒に乳腺外科外来に行く。
MRI検査の画像を見ながら 「癌のひげ伸びはない模様、リンパ転移もない模様、
造影剤を入れてすぐにこの様に取り込んでいるのは悪性の証拠」とO先生。
 見れば腫瘍がモコモコしていかにも悪性と言う感じ!
手術の方法 乳房温存手術 
  腫瘍の周り2~3cmを付けて6~7cm角程切り取る方法 
色水や放射線をかけて行うセンチネルリンパ節生検の事 
近赤外乳がん検査装置研究の協力の件 などの説明を受ける。

1月30日
AM10:00 入院手続きをする。 
その後8階西病棟に移動、801号室に入る。
午後 患部に印し付け 近赤外乳がん検査装置研究に協力する。
改めて手術方法についての説明を丁寧にしてくれる。
麻酔科に行き手術中の麻酔の仕方等の説明を受ける。


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乳がんになって

2008年04月13日 | 乳がん告知 検査 手術
新年早々乳がんと診断され手術をし、放射線治療も終わりました。
4月半ばから抗がん剤治療を始める事になり、今ようやく1月からの検査、手術、そして今後の事を書いてみようとブログを立ち上げました。
今日は検診から告知までの事を書いてみます。

12月11日
O健康クリニックにて健康診断。マンモグラフィー検査の技師さんが「ちょっと気になる所があるからもう1枚ずつ撮らせて下さい」と上下に挟んだ画像も撮る。

12月14日 
Oクリニックから検診結果が届く。乳がんの項目を急ぎ開く、触診は「異常なし」マンモグラフィー結果「左乳房腫瘤疑いを認めます精検をお受け下さい」…でも何処で受診すればいいの?夜お風呂の中で胸を触ってみる…なかなか見つからない…ウッ!左胸の上部真ん中辺、奥の方に小さくしこりが僅かに触れる…

12月17日
Oクリニックから追伸が届く「先日の検診結果書に同封し忘れてしまいました。希望の医療機関が決まりましたらご連絡下さい。医療機関は総合病院の乳腺外科・外科です。他にK外科クリニック等開業医もあります。再検査を受けて下さい」とのこと…乳腺外科なんだ

12月18日
 Kクリニックに精密検査の予約を入れる為に℡をする、今年中の予約は既にいっぱい 来年早々の予約しか空いていないとの事…総合病院はもっと遅くなるかもしれないと思い1月4日に予約入れる。

平成20年1月4日
 Kクリニック受診 マンモグラフィー エコー検査…「癌ですか?」と私…「細胞診(穿刺細胞診)」してみますからね」と先生。「細胞診の結果が9日に出ますが腫瘍の姿からして(表面が凸凹している)6:4の割合で悪性の確率が高いです。何処で手術を受けますか?紹介状を書きますよ」と穏やかに、しかし敏速に…「H医大が近いです」と言う私に「H医大の先生も良い先生ですよ」とすぐ電話を入れ15日の予約を取ってくださる。…でも残りの4割に望みをかけたい私…主人に言うのは9日の結果を聞いてからにしよう

1月9日
16時Kクリニックに結果を聞きに行く。
「ステージ1 大きさ1.7×1.6 クラスⅣ(4)おそらく癌と思われます。おとなしめですよ。早く見つかって良かったですね、部分切除が充分出来ますよ。温存するか全摘するか考えておいて下さいね」とK先生、やっぱり癌だった…1昨年の検診時にマンモグラフィーを受診しなかった事を後悔…触診をする女医さんがその日は居ず、代わりに院長先生がすると聞き躊躇…自分は乳がんにならないとどこかで思っていたからだよね、2年に1度の受診で良いって言うのを鵜呑みにしたのも後悔。写真を借りて帰宅。

Kクリニックから帰宅後、
母が気持ちが悪く吐き気がすると言うので罹り付けの医院に連れて行く。
レントゲン検査の結果
「小腸がパンパンになって腸閉塞をおこしている」との診断 
その場から救急車でE総合病院に入院。
…付き添いながら「あ~ァ私は乳がん 母は腸閉塞…」途方にくれる

乳がんの事は今日まで誰にも言えず…
主人に夜遅くパソコンをしながら顔も見られず
「15日に休み取れる?」「どうして?」
「医大に一緒に行ってほしい…乳がんだって…」それだけ言うのがやっと

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