J・G・バラード、『楽園への疾走』

 すっかり大好きになったバラード、読むのは3冊目。
 『楽園への疾走』、J・G・バラードを読みました。


 怖い怖い。この、破滅へ向かう狂気の野蛮な美しさと言ったら!(アホウドリを救え!って…)。  
 いきなり冒頭から、ゴムボートの舳先に立ってメガホン片手にがなりたてるドクター・バーバラの目の前は、誰もいない環礁。がむしゃら過ぎて滑稽ですらある、彼女の一人相撲なのかと思いきや…。   

 イギリス人女医の孤独なキャンペーンから始まった環境保護活動は、フランスの核実験場であるサン・エスプリ島で毒殺されているアホウドリを救うためのものだった。そして、その活動を一人で始めた、なりふりかまわずみすぼらしい中年女性ドクター・バーバラの不思議な魅力にひき込まれ、そのままずるずると同行するようになるのが、16歳のニールである。ドクター・バーバラが素早く獲得したハワイ人の弟子キモとの3人によって進められた活動は、狙い澄ましたかのような一撃が強力なプロパガンダとなり、一躍彼女はエコロジー運動のヒロインとなるのであった、が。
 だらしがなくてエキセントリック、でも聴衆の感情を操ることに長けている。そんなドクター・バーバラの人格の不安定さと、分かりにくさ。アホウドリへの執着の、どことなく奇妙な胡散臭さ。狙いは別のところにあるようにしか思えないのに、なかなか見えてこない彼女の、真の動機とはいったい…? 

 舞台がいよいよサン・エスプリ島に移ると、彼らは少しずつ人数を増やしながら共同生活を送る。物語は、表向きは穏やかさをつくろってゆるゆると展開していくけれど、ドクター・バーバラの集団リーダーとしての決断に感じるちょっとした不可解さとか、彼女が本当に望んでいることが誰にも掴めないことへの苛立ちが、じわりじわりと水面下からストーリーを曳いているような感じだった。意図されたものの最終的な形は用心深く秘され、そこへ向う歩みはあくまでも緩い。その緩さこそが、怖ろしい周到さでもあるのだが。 

 そして少年ニール。素っ気ないドクター・バーバラを心から慕う彼は、自分だけが色んなことに気付いていながら、あえてドクター・バーバラの行動や選択を全て肯って受け入れてしまう。彼女が何をしても彼女なりの理由を、それがたとえ狂った論理であろうと、進んで受け入れ理解しようとしてしまう。まるで無意識のうちに、己を破滅へと向かわせていくみたいに。そんな彼の心理が何よりも怖くていじらしい。 

 ぼんやりとした不安と猜疑を覚えながら読み進んでいくうちに、いつの間にかアホウドリの楽園は、狂気と暴力の島へと変貌を遂げている。そうしてとうとう明らかになる、ドクター・バーバラが目指した理想郷の姿が…!
 終盤に突きつけられる凄惨な美に、身の毛がよだつ。

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