伊井直行さん、『愛と癒しと殺人に欠けた小説集』

 『愛と癒しと殺人に欠けた小説集』、伊井直行を読みました。

 “小説の目的とは何か? となると面妖な話題になりそうなので素通りしたいところだが、小説を読んで愛やら癒しやらを感じるとしても(あるいは逆に、非常な残酷さや恐怖、また笑ったり泣いたりすることでもいい)、そういったものは小説の本質そのものではないと私は考えているのである。このような要素が小説の魅力になるなら、それは素晴らしいことだ。だが、なくたって構わない。” 13頁 

 収められているのは、「ヌード・マン」「掌」「ローマの犬」「微笑む女」「えりの恋人」。
 まず驚かされたのは、作者による前書きです。肝心要の作品に入る前に初出等に関しての説明を読まされたりするので、これは甚だ無粋なのでは…と思いながら読んでいますと、作品集のタイトルについても言及されていたりしまして、これが面白かったです。“感情の上がり下がりの補助用具”とか、なるほど辛辣ですが言い得て妙です。

 最初の「ヌード・マン」が私にはかなり愉快な作品でした。主人公の行動がとても素っ頓狂に飛び込んできて愕然としちゃうけれど、そこで一気にぐいっと摑まれるわけです。そして、ラストがまた…ね。かなり気に入った一品でした。
 あと好きだったのは、「掌」や「ローマの犬」。特に「ローマの犬」は、摑みどころのないとぼけた感じが、不思議とツボにくる小品でした。

 読みながら何故かぐらぐらしたのが、「微笑む女」と「えりの恋人」です。特に「えりの恋人」は、読んでいる内に頭の中がボーッなって、えりのブルーが乗り移ったかのように具合が悪くなっていささか困りました。いったいあれは何だったんだろう…? 
 実はまだ消化不良気味なので、反芻しています。小説集のタイトルの意味を、あらためて噛みしめました。
 (2007.9.21)

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