魚住陽子さん、『動く箱』

 『動く箱』、魚住陽子を読みました。

 魚住さんの作品は、3冊目です。収められているのは、「動く箱」「雨の箱」「流れる家」「敦子の二時間」、の4篇。
 どの短篇にも共通しているのは、主人公たちが専業主婦であること。「流れる家」の場合は、夫からの独立を図ろうとしている女性が出てきますし、「敦子の二時間」では、家庭から飛び出していこうとしている女性の、実行までの息詰まるような二時間が丹念に描かれています。袋小路に迷い込んで、何とかそこから抜け出そうともがいている姿でした。 
 でも、袋小路からの逃げ道なんて本当にあるのでしょうか? 大木に絡みつくようにしか生きられないのであれば、それ自体がもう袋小路なのかもしれない。そんな行き詰まり感が、作品の其処此処に影を落としているようでもありました。

 “動く箱”とはつまり家のことです。女性に特有の家への拘りが、凄く巧く描かれていると思います。自分の気配が充満した家の中で、文字通り棲息しているような、取り込まれているようなあの感覚。部屋の壁や床や天井が、妙に馴れ馴れしく有機的になって自分に寄り添ってくる…生ぬるいあの感覚。その居心地の良さへの、抜け出しがたい執着。
 (家に一人でいると、ふと、外から切り離された小さな空間に自分だけが取り残されて、どことも繋がっていないような気分になる。絶え間なく流れ動いていく世界と私を閉じ込めたこの空間とは、何の関わりもないのかもしれない。意識だけがぼ~っと膨らんで、この部屋いっぱいになる。部屋の壁と自我の壁が、重なり合っていくみたいな錯覚に陥る。)

 私が特に好きだったのは、「雨の箱」と「流れる家」でした。静かで淡々とした語り口から、立ち昇ってくる不穏さが堪らなく素晴らしいです。特に「流れる家」なんて、自分の家が欲しくなった主婦が友人と一緒に、田舎の物件を下見に行くだけの話が、どうしてこんなに不穏になるの…と、舌を巻きました。
 (2007.9.19)

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