計算気象予報士の「知のテーパ」

旧名の「こんなの解けるかーっ!?」から改名しました。

水蒸気の鉛直分布と降水量

2020年07月11日 | 気象情報の現場から
 この度の豪雨災害に遭われた方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
 未だ続く「令和2年7月豪雨」の状況の推移に対して、注視して行かなければなりません。

 今回は、気象庁HPの「過去の気象データ検索(高層)」で公開されている2020年7月5日~8日の福岡の高層気象観測データを基に分析を試みました。

 この期間の大雨の要因としては、既に「梅雨前線帯に発生した線状降水帯」のメカニズムが指摘されています。そこで、福岡の上空における「水蒸気の鉛直分布」の変化に注目して、相当温位・湿度・比湿の鉛直分布、および降水量の推移を分析しました。

 ここで、相当温位とは「水蒸気の凝結潜熱も考慮した温位」のことです。また、比湿は「空気1kg当たりに含まれる水蒸気の質量」のことです。


 まずは7月5日の鉛直分布(相当温位・相対湿度・比湿)と3時間降水量の時系列変化です。
鉛直分布は9時(青実線)、21時(赤実線)、および7月平年値(緑破線)を表示しています。これは「平均的な状態」からの偏差を見やすくするためです。

 平年値に着目すると、相当温位は地上~3000mまでは高度と共に値は小さくなる一方、4000m以上では高度と共に値が大きくなっています。本来、温位は高度が上がるにつれて値も大きくなる傾向にあります。しかし、地上~3000mの層では水蒸気を多く含んでいるため、その凝結潜熱が(下層の)相当温位の値に反映されています。このため、下層の相当温位は「暖かく湿った空気」の指標としても用いられます。

 平年の相対湿度を見ると、地上~2000mの範囲では70%以上で、1000mの辺りで極大となっています。また、比湿は地上~2000mの範囲で10~15g/kgであるのに対し、4000m以上では5g/kg以下と小さな値となっています。水蒸気が海面から供給されることを考えると、下層では水蒸気量が大きく、上層に行くにつれて急速に小さくなることも理解できます。

 この平年値を比較の基準として、9時と21時の鉛直分布を見てみましょう。相当温位の鉛直分布はの9時の時点では、平年値よりも概ね低い状態にありました。しかし、21時の時点では地上から上空にかけて平年値よりも高い状態に推移しました。

 天気予報では、相当温位の中でも特に「1500m付近」の値に注目します。1500m付近では、9時の時点では331Kであったのに対して、21時の時点では345Kを示しています。この高度で345Kという値は非常に高い水準です。よく「暖かく湿った空気」と表現されますが、その中でも「何等かの大雨や豪雨の可能性を考える」ような高いレベルと言えるでしょう。

 湿度の鉛直分布を見ると、9時の時点では2000~5000mでは平年よりも湿度が低く、乾いた状態にありました。しかし、21時の時点では、地上から上空にかけて80~100%と高く、全体的に湿潤化したことがうかがえます。この事は、比湿の鉛直分布でも確認することができます。9時の時点では概ね平年並みか低い状態でしたが、21時の時点では平年を上回る値となっており、大気全体として水蒸気を多く含んだ状態にありました。

 大気の湿潤化が進むにつれて、降水も発生しました。この日の夕方以降(18時~24時)に降水量が観測されています。


 続いて7月6日の場合です。相当温位は、概ね平年値よりも高い状態を維持しています。これは、地上から上空に至るまで湿潤化が進んだことが反映されています。1500m付近の値を見ると、9時で343K、21時でも340Kと高い水準を維持しています。

 相対湿度を見ると、9時の時点では地上から上空まで100%となっており、21時の時点でも2000m以上は90~100%、2000m以下でも80~90%と湿潤状態が持続しています。比湿を見ても、概ね全層的に平年の水準を上回る水準となっています。大気層全体で(平均的な状態に比べて)過剰な量の水蒸気を蓄えている状態にある様子が浮き彫りになっています。

 線状降水帯の発生に伴い背の高い積乱雲が次々に流れ込んだ結果、大気層全体に対して水蒸気が持続的に流入したことが判ります。この結果、3時間で20~40mmにも達する雨が続いたことが観測されました。


 さらに7月7日の場合です。相当温位は、概ね平年値よりも高い状態を維持しています。また、1500m付近では9時で341K、21時でも345Kと高い水準を維持しています。

 相対湿度を見ると、9時の時点では地上から上空まで、21時の時点でも1000~6000mの範囲で100%が観測されており、湿潤状態が持続しています。また、比湿を見ても、1500~7000mの辺りで平年よりも3~4g/kg程度高い水準となっています。大気層全体で(平均的な状態に比べて)過剰な量の水蒸気を蓄えている状態が続いています。

 大気層に含まれる水蒸気量が多いことは、降水量にも反映されています。3時間で30~50mmにも達する降水が観測されました。


 最後は7月8日の場合です。相当温位は平年値よりも低い水準にまで戻りました。1500m付近では9時で331K、21時でも337Kと、それまで続いた高相当温位の状態が解消されました。

 相対湿度を見ると、2000m以下と8000m以上で湿潤となる一方、その中間では湿度が低下しています。このことが相当温位の全体的な低下にも反映されているわけです。また、比湿も全層的に平年並みか平年よりも低い水準に落ち着いており、降水も小康状態になったことが観測されています。

 付録として、使用した計算式を以下に挙げておきます。ご参考になれば幸いです。

t:気体の温度[℃]
es:飽和水蒸気圧[hPa]
Rh:相対湿度[%]
e:水蒸気圧[hPa]
p:気圧[hPa]
w:混合比[kg/kg]
q:比湿[kg/kg]
p0:基準気圧[hPa]
R:気体定数[J・K-1mol-1]
Cp:定圧比熱[J・K-1kg-1]
T:気体の温度[K]
θ:温位[K]
L:水蒸気凝結の潜熱[J/kg]
θe:相当温位[K]

(注)混合比w[kg/kg]を相当温位θeの式に代入する時は、w[g/kg]に単位換算します。
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