計算気象予報士の「知のテーパ」

旧名の「こんなの解けるかーっ!?」から改名しました。

どうして「数値シミュレーション」なのか?

2007年09月30日 | 計算・局地気象分野
 最近の研究でニューラルネットワークにGPVを入力する時にちょっとした工夫をする事で(施さなかった場合に比べて)精度が僅かながら向上する?兆しが見えてきました。この仮説は本当にそうなのか?と言った点については更に検証が必要です。また、学習させる範囲についても、色々とコツがあるようです。ニューラルネットワークに気象の学習をさせておりますが、その一連の過程を通じて、人間の側も学習を重ねております。

 ニューラルネットワークの凄いところは入力と出力のパターン(教師信号)をドンドン学習させると、自動的にその入出力関係を分析して、その関係にマッチしたモデルに進化してくれる事だと思います。一度、ニューラルネットワークモデルを構築すれば、後はそのモデル(計算プログラム)を修正する事は無いのです。

 勿論、これは人間の脳も同じ事で、脳の構造は生まれたときからベースは既に出来上がっていて、後は体の成長と共に発育し、情報については実際に色々な経験や勉強を通じて蓄積していくわけです。例えば、さて来年は○○大学を受験するから○○大学入試対応仕様の脳にしようとか言って、こともあろうに自分の脳を取り出してパーツを追加・交換したり・・・極端な話、大脳新皮質のこの部分をこちらのパーツに交換して脳のメモリを強化して、ついでに小脳もこっちの小脳に交換して・・・なんてことはしないですよね。

 もっとも、ニューラルネットワークは人間の脳の構造(神経回路網)の構造を簡略化したものですから、人間の脳構造よりは遥かに単純です。それにしても、この技術を発案した人は凄い。

 さて、気象予測においては様々な計算手法を駆使した数値予報モデルが開発されておりますが、それでもやはり読みきれない現象も少なくありません。精度の向上、と一口に言っても非常に難しい事である、と言う事は言うまでも無い事と思います。

 先日、日本気象学会(←CAMJじゃないよ)の「2007年秋季大会講演予稿集」が私の所にも届きました。分厚いのでまだ各テーマの詳細を見きれていませんが、過去の事例検証や大気擾乱等の現象そのものに関する研究が多く、逆に予報に関するテーマが少ないように感じました(もっと言えば、なかなか見当たらない)。それだけ、予測精度の向上は難しいテーマなのでしょう。逆にだからこそ、やりがいのあるテーマなのだと言う事もできます。

 現在、未来の天気はコンピュータによる数値シミュレーションで予測している、という事実は周知の事でしょう。コンピュータによる予測結果も最終的に気象予報士による判断で修正される事で精度をギャランティーするのはこれまでお話してきた通りです。

 しかし、数値シミュレーションはただ未来を予測するためだけにあるのではありません。様々なパラメータの組み合わせを想定して「もしこのような条件が起こればどのような現象が発生するか」と言った仮想実験を行う事ができます。天気図や観測値は既に起こった(=既知の)現象を表現するものです。逆に言えば、未知の現象を語るものではありません。私達が狙う相手は未来に起こり得る「未知の現象」です

 既知の現象を数多く分析して局地的な気象特性を解き明かす事は大切です。そして、この過程を通じて得られた知見なり理論、仮説と言ったものが本当に妥当なものであるのかを検証し、裏付けるに当たっては数値シミュレーションはその威力を発揮します。(この場合の数値シミュレーションは物理学の理論に基づくものである事が望ましいでしょう。なぜならば、物理学の理論に基づく根拠があるからです。)

 実況の解析と数値シミュレーションによる検証の連動は、これからの局地気象の数値シミュレーション技術の有効な方向性ではないかと考えています。

 ニューラルネットワークは単純な入出力関係をパターン化した計算ですので、経験的学習に基づく予測計算を行います。一方、熱流体シミュレーションは物理学の理論を基にした計算ですので、物理学の法則に基づく予測計算を行います。天気図等の資料だけでは見えないものを見る、そのようなツールとして数値シミュレーションは有効なのです。予測精度を向上するためには、より深く局地的な気象特性を知らなければなりません。この特性を見出すための技術と、予測するための技術を研究しているのです。

 ようやく少しずつではありますが、一つ一つの研究が形になり始めています。近い将来、学会の講演予稿集に私の論文が掲載する日が来るでしょう。そして、そろそろ気象特性そのものの研究にも取り掛かっていかなければならないなあ・・・と焦りを感じている今日この頃です。(そもそもシミュレーション技術開発の目的がこのような所にあるので・・・)
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忍冬 冬を忍んで 春が来る

2007年09月24日 | 何気ない?日常
 毎回のように、しつこいようですが・・・「♪一万年と二千年前から愛してる 八千年過ぎたころからもっと恋しくなった・・・」のフレーズが頭の中で四六時中流れています。また、BGMでもず~っとリフレインしています。この時間スケールの長さも去ることながら、この12000年もの間、想い続けてきたその「愛する想い」はどんなものなのだろう・・・12000年と言う時の長さってどんなものなのだろう・・・と色々考えてしまいます。この曲を書いた方、凄い感性です。歌手の方の切ない歌声も見事にマッチしています。久々に聞き惚れる、心揺さぶられる歌に出会いました(^^)。

 長い長い冬を経てようやく春の結末に至る・・・という展開。実は、めっちゃ弱いのです。例えば「長い間辛かったね、よく頑張ったね・・・」ってハッピーエンドにつながる、みたいな展開(さらに感情移入できれば、尚良い)は基本的に感動路線です。苦難の末のサクセスストーリーは基本的にはツボですね(物語の設定にもよりますが)。

 今回の物語は、その長い間が12000年!?前世では互いの愛が実ることなく、悲しい死を遂げて・・・お互いに生まれ変わって再開して、という分けで時空を超えた恋物語、になるわけですが(Wikipedia等で色々調べました)、苦労の末に大願成就、というストーリーにはグググッと惹きつけられます。(ちなみに、勧善懲悪ものも大好きなのです)。かの大作曲家L.V.ベートーベンも「苦難を越えて歓喜に至れ」という言葉を残しています。

 その意味では例えば「フランダースの犬」のような結末は、やはり不満をもっております(意義ありー!!)。物語自体は良いのですが、結末が悲しすぎるのです。ただ、映画の「フランダースの犬」ではアメリカ版と言うものがあって、原作と異なるハッピーエンド版も作られたとか。

 まあ、私のこれまで人生を振り返っても(12000年も生きてませんが・・・)、色々ありましたね。その一つ一つの経験や挫折と言った「冬」が、確実にその後の「春」への展開につながっていると感じています。しかし、その「春」の形が自分の望んだ、予定していた形ではなかった、と言う事も多々あります。一年を通じた天気の移り変わりも、夏が過ぎれば秋になり、秋が過ぎると冬が訪れ、そしてまた必ず春はやってきます

 それにしても、12000年は長いなあ・・・。ただ、物語としては魅力的だなあ・・・。マンションの近くにレンタルビデオ屋さん、ないのかなあ・・・。

 さて、世間は三連休が終わるのですね。弊社は私だけ二連休でした。この連休もマンションの部屋でデータの整理と論文をまとめていました。最近ずっと研究していたニューラルネットワークに関するものです。

 自分で言うのもなんですが、割とこまめに研究成果やデータを資料や論文にまとめています。それは、抱えている研究分野(専門領域)も多岐に渡っているので、自分で自分が何をやっているのかわからなくなってしまう事があるためです。各々の研究がきちっとした形になっていれば、すぐに軌道修正を図ったり、冷静に状況を把握する事ができるのです。

 そして何より、本格的に研究報告を行う場合や論文を投稿する時に、スピーディーに対応する事ができるのです。報告書のデータ等を蓄積しておけば、その中の良いフレーズを使いまわして・・・という荒業を繰り出す事も可能です。でも、やりすぎて墓穴を掘ることも(爆)

 今後は学会発表やCAMJ会報への投稿も積極的に行っていこうと考えているので、そうなると投稿する論文もそれだけ準備しなければなりません。それはつまり、それだけ多くのテーマの研究を進めると言う事を意味します。「いつでも引き金を引ける(投稿できる)ように弾丸(研究論文)を込めておかなくてはならない」のです。しかも、数さえあれば良いと言うものではなく、それ相応の内容でなければなりません。その意味では、現在準備しているの弾丸の数は・・・少ない!少なすぎる!!

 私の前途には厳しい冬が口をパックリ開けて待ち構えているようです(爆)。


(補足)忍冬・・・「にんどう」「すいかずら」の読み方があります。ちなみに今回のタイトルは五・七・五の形式なので、もう分かりますね!
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気象学は難しい。

2007年09月20日 | 気象情報の現場から
 昨日は珍しく、アニメに関する話題を書きましたが、さすがにそろそろ気象関連の話題も書かなくては・・・と感じてきました。

 突然ですが・・・この度、CAMJの会員の方からも勧めて頂きました社団法人 日本気象学会に入会しました。諸般の事情が許せば、2008年度春季大会での「デビュー」を視野に入れています。

 早速、機関紙の「天気」が届きましたので見てみると、その中には「2006年度学位論文紹介」が掲載されていました。気象学に関連する研究の修士及び博士学位論文のタイトルが色々と紹介されていました。どのテーマも、題目だけからは内容が想像できないくらい難しいですね f(^^;)。大学の気象学課程がどのような教育・研究を行っているのかはイマイチよく分かりませんが、とにかく難しい事をやっているんですね。

 最近、各大学院の入学試験の気象学の問題も解いているのですが・・・途中で放り投げたくなるような難しさです。まあ、数少ない気象関連の専門書を総動員して何とか答案をまとめているのですが、大学で気象学を専攻している皆々様にとっては、こんな知識が当たり前なんですよね・・・(すご~~い)。とは言っても気象予報士である以上、このレベルは何とかマスターしておきたいものです。大学院の入試で問われる事は、大学学部レベルの専門知識です。これくらいできないと気象分野の「学士(理学)」とは見なされないよ、という大学側のある種の意思表示ですからねぇ。

 そしてこの試験問題は、大学によって面白いように難易度が違います。しかも毎年毎年出題される内容が、これでもかこれでもかと言うほどに様変わりしています(つまり難易度も年によってマチマチなのだ)。特に難しくてコノヤローと思った大学は・・・某旧帝大院の問題です(←ちなみに東京大学大学院の問題はまだ見てません)。同じカテゴリの旧帝大院でも難易度が結構違ってきます。

 参考までに申しますと、気象学の問題が出題される専攻は、理学系の地球物理学専攻、地球科学専攻、環境科学専攻、大気海洋学専攻、地球惑星科学専攻等の過去問を当たってみると良いでしょう。また、気象学を専攻していなかった気象予報士の皆様、これらの問題を解くのはシンドイですがかなり勉強になります。尚、気象学を専攻していない方で気象予報士試験に向けて勉強されている皆様は、とりあえず止めといた方が良いです。気象予報士試験に合格した後で、さらなるパワーアップとして勉強される事をお勧めします。(それにしても、最近は大学院の入試問題もネットで公開する時代なんですね。下手な出題はもうできませんね・・・)

 さて、良く聞く話ですが、異なる専門分野の大学院を受けるというのは、並大抵の難しさではないですね。国家公務員採用試験を(本来の専攻からすれば「機械」で受けるのが筋なのにも関わらず)敢えて「物理」区分で受験してものの見事に撃沈した過去を持つので、今更のようにその難しさを実感しています。

 そんなわけで、冒頭の「天気」の学位論文で紹介された皆々様は、このような難しい試験を突破されたわけですから・・・やっぱり凄い。ネット上のスラングでいうところの「マジネ申!!」っていう所でしょうか。それ以前に、根本的な専門分野が異なるのだから仕方が無い、という事なのかもしれませんね。ま、そういうことにしておきましょう!!

 ちなみに同じ気象でも工学系の知見をフルに活用しているのが私の研究アプローチです。理学的な知見、工学的な知見、そして気象予報士としての経験、これらが三位一体となって合体し、私の研究が進められています。(あなたと合体したい・・・←ハイ!、しつこいですね。)

 私が現在進めている主な研究テーマは次の3つです(実際はこの他にも形になっていないテーマの卵が多数?あります)。

(1)山形県置賜地方およびその周辺地域における冬季局地風の解析(計算流体力学・乱流工学)
(2)半径方向に温度勾配を有する回転二重円筒内に発生する渦・波動の数値解析(回転流体力学)
(3)ニューラルネットワークを応用した局地降水ポテンシャル予測法の研究開発(知能情報処理・人工知能)
 ※この他にも局地的な気象特性に関する文献調査や数値解析手法の開発、天気予報に関する事などなど・・・

 (1)はもうCAMJの会報「てんきすと」で紹介されています。(2)もこのブログで何回か紹介しました。と言うわけで現在は(3)をメインに取り組んでいます。

 ニューラルネットワークそれ自体は電子情報工学の専門分野ですので、機械工学ではなかなかお目に掛かる事はありません。ぶっちゃけ独学です。ただ、大学院で生体工学に近い分野の独立専攻に籍を置いていたので、ニューラルネットワークのお手本となった神経細胞(ニューロン)についての講義を受講する機会があり、前の職場ではエレクトロニクスの感覚を養いました(Verilog-HDLはもう忘れてしまいましたが)。

 学生時代に「どこかの気象会社がニューロ天気予報を実現した」と言う噂を聞きつけて、凄いプロジェクトが動いているんだ~~・・・と驚いていたものですが・・・私は今「一人で」ニューロ予測の研究を進めています(爆)。最近、ニューロ予報という言葉を聞かなくなって久しいですがそれだけニューロによる天気予報が当たり前になったのか、それとも・・・。そういえば、日本気象学会での学会発表や各種学会の論文発表の情報を見ても、余りこの手の発表は見られません。なんとな~く、分かるような気がします。

 結論としては、最後はやはり気象予報士の判断に委ねざる得ない、と言う所に行き着くのだと思います。なぜそうなってしまうのか、今後論文の紙面上で明らかにしたいと思っています。
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10年目にして「てんきすと」デビュー

2007年09月08日 | CAMJ参加記録
 この度の台風9号の被害に遭われました皆様には心より御見舞い申し上げます。

 さて、つい先日の事ですが日本気象予報士会の会報「てんきすと」の最新号が届きました。いつものようにパラパラとめくっていると・・・ん?どこかで見覚えのある図や数式が乗っていました。山形県に関する研究でした。「偶然にも、同じような研究をしている気象予報士がいるのか~~。山形県ってそんなに興味深い地域なのか~~。」と思い、著者名を見て驚きました。それは紛れも無く私の名前。タイトルを見ると確かに「熱輸送を伴う3次元乱流数値シミュレーションを・・・」

 この時、はじめて自分の研究論文が会報に載ったという事実を認識しました。そういえば・・・半月程前に校正依頼がありました(半月前の事さえもすっかり忘れているのもどうかと思うが)。私が、日本気象予報士会(当時はまだ気象予報士会)に加入して今年で10年目。つまり入会「10年目」にして念願の「てんきすと」デビューを果たす事ができました。いつも送られてくる「てんきすと」を眺めては、こんな記事を書ける人が羨ましい・・・といつもいつも思っておりました。そして「いつか自分も記事を投稿できるようになりたい」と思いながら、月日は流れていきました。

 山形に関する研究は、私が気象予報士になってからずっと続けている研究でもあり、当時まだ見ぬ東北地方の気象予報士会支部の場で講演するのが夢でありました。まさか、その研究を「てんきすと」に掲載できるまでになるとは・・・当時は想像さえしていなかった事です。しかし、今後は学会進出を視野に入れようとしています。思い起こせば、かつての気象予報士会の行事は主に大都市圏が中心となっていましたが、地方支部での活動も活発になってきました。かつては、地方支部も整っておらず、地方が全体の動きから取り残された感がありましたが、今はもう違います。地方がそれぞれに動き出しているのです。

 一旦、話は変わりますが、前農水相の辞任劇は記憶に新しい事と思います。私は正直、落胆しました。既にお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、前農水相は私の故郷である米沢の出身です。地域を代表する政治家です。私自身は、詳しくは存じ上げない方でしたが「地方が良くならなければ、国が良くなるはずはない。」をスローガンに掲げておられた事だけは覚えています。この一件で、故郷がマスメディアに大々的に報道されるのを見るのは何とも辛いものです。

 先に安倍改造内閣の組閣人事が発表された時、前農水相に少なからず期待を寄せた同郷の方も決して少なくなかったでしょう。そしてそれは、閉塞感漂う地域にとっての希望の星として期待ではなかったかと思います。自分の町からこの置賜の地から大臣を輩出した、その事実が少なからず勇気になるのでは、そのような想いを私は感じていました。それだけに、残念でなりません・・・。それにしても、この落胆は「加藤の乱」の時以来です。

 かつて、まちの広場にサンホーユー(ファミリーデパート)、そしてその隣にポポロというよりジャスコが建って双璧をなし、その真ん中に噴水がまだ残っていたあの頃の米沢が懐かしいです。あの頃はまだ町が活気付いていました

 私も就職を機に様々な地域に移り住むようになり、年に何回か帰省をする生活になりましたが、その度に変わり行く故郷の姿は、閉塞感を感じてしまいます。これが単に「よそ者の錯覚」であるのなら、それで良いのです。これまで故郷を離れて、異なる地域文化に感化されてきた結果、かつての自分とは異なる感性で故郷を見ているが故の錯覚なのかも知れません。それならそれでよいのですが、やはり時代の流れを痛感します。地域の雇用を支えてきた工場が次々に諸外国へと移され、この結果、雇用や将来への不安が増大の一途を辿っています。現実を直視すれば直視するほど、ネガティブな気持ちにさえなってきます。

 これからの地方再生・地方発展の鍵となるのはまず「変えるべきもの、そのままで良いもの、変えてはいけないもの」は何なのか、と思います。そして、デスティネーションである地域の発展、地域の活性化とは一体、何を持ってそういえるのか。単純に大都市圏のクローンやミニチュアになれば良いのか?という視点です。こんな事を書いていながら私自身、具体的な未来像のデザインやビジョンを持っているわけではありません。しかしながら、その地域に住む者達が活き活きと、活躍できる場が多くあるという事は必要不可欠な要素ではないかと思います。

 しかし、主な活躍の場である地域の産業の構造は、変えるべきか否かを論ずるまでも無く、否応なしに勝手に変わって行ってしまいます。極論を言えば、地域の大企業の系列企業の海外移転が、挙って地方の雇用不安を煽っているようなものです。「ウチは大企業のグループ企業だから大丈夫さ」等といって安心してはいけないのです。いや、大企業こそ明日は何が起こるかわかりません。私もその経験者の一人です。

 だからこそ、地方発のベンチャー企業が続々誕生し、大いに全国を、そして世界を視野に活躍してほしいと思っています。地方の中小企業やベンチャーを育成する社会的土壌を整えていく必要性を感じています。今でこそ輝ける?大企業も、創立当時から大企業だったわけではないのです。こんな事を考えるようになったのも、今私が住んでいる地域の影響かもしれません。色々な地域で色々な地域事業を展開しています。その中には、他の同じような問題を抱えている地域にも応用できるアイデアがあるかもしれません。

負けるな地方!うつむくな地方!
地方が良くなるためには、地方から新たな波を発信していこう!


 「地方だから何をやっても駄目」なのではないのです。地方発の新しいインセンティブであったり、新しい時代の波を引き起こす位の気概を持っていく事が大切なのではないかと思います。私自身、地方から日本の気象界を変える位の気持ちでいます(できるかどうかは別にして)。だからこそ「次の段階として」学会を目指すのです。

 前の半導体の職場を去るに当たって、私の原籍子会社からの出向メンバーで送別会を開いてくれましたその席で私は退職の挨拶に加えて次のような趣旨を述べました。

 「日本の国土の70%は地方である。現在は大都市圏がイニシアティブを牛耳っているが、今後は地方から新しいインセンティブを発信していく時代にならなければならない。これからは新たなる地方の挑戦が始まる。」

 考えてみれば気象、特に局地気象という分野は地方が主役になれるフィールドではないでしょうか。その地域毎に異なる気象特性を持っているのです。私の気象に関する研究も、地方で進められたものです。研究時代は既に次の段階に移っています。新たなの知見がまとまるのは当分先の事になりますが。私の挑戦はまだまだ続きます。先の木村賞受賞、そして今回の「てんきすと」への投稿及び掲載は一つの大きな節目となりました。

「いま、地方の気象が面白い」そんな新時代を切り開いていきたいですね。
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