計算気象予報士の「知のテーパ」

旧名の「こんなの解けるかーっ!?」から改名しました。

山越え気流の2次元解析

2018年10月25日 | 計算・局地気象分野
 今から7年前に「山越え気流の解析モデル」と言う記事を掲載しました。局地気象の特性を把握するためには、地形の影響を理解する必要があります。この出発点となるのが山岳地形を乗り越える気流の解析(山越え気流)です。そこで今回は、2次元の熱流体数値シミュレーションを用いて、この問題にアプローチしてみました。

第1図・山越え気流の解析モデル

 第1図は、山越え気流の理論解析に用いられる古典的な解析モデルです。

 まず、三角形状の山を中心にその周辺の大気を二層構造と仮定します。ここで、上下層の境界面を自由表面と呼びます。また、下層の温位(ポテンシャル温度)をθ0[K]、上層の温位を少し高めのθ0+Δθ[K]と設定すると、自由表面は逆転層に相当します。

 さらに、左側面から速度U0[m/s]の一様な風が流入するという条件を付加します。ここで、重力加速度をg[m/s2]、自由表面の高さH0[m]とすると(図では省略)、フルード数Frが定まります(※)。速い流れの場合ではFrは大きな値となる一方、遅い流れの場合ではFrは小さな値となります。

(※) Fr = U0 / { g (Δθ / θ0 ) H0 } 0.5

 今回は、自由表面の高さとフルード数の条件を変化させて、山を乗り越える2次元流れの解析を試みました。

第2図・自由表面の設定(上段:High,中段:Middle,下段:Low)

 第2図は、3種類の高さの自由表面です。

 上段は山頂の2倍(High)に設定しています。様々な文献や書籍で見る山越え気流の図も、概ねこのようなイメージで描かれているものを多く見かけます。中段は山頂と同じ高さ(Middle)に設定しています。さらに、下段は山頂の半分の高さ(Low)に設定しています。逆転層が山頂より低い場合などを想定しています。

 また、フルード数Frは、Fr=0.3, Fr=0.6, Fr=0.9の3つの場合を設定しました。この時、レイノルズ数Reは一貫して、Re=1.02×103を用いています。

 以上の条件を基に数値シミュレーションを行いました。ここで、今回使用した数値計算のスキームは次の通りです。

・対 流 項:3次精度風上差分(UTOPIA)
・拡 散 項:2次精度中央差分
・時間発展:2次精度Adams-Bashforth法
・圧力解法:MAC(Marker And Cell)法

第3図・計算結果(Fr=0.3の場合 上段:High,中段:Middle,下段:Low)

 第3図は、フルード数Fr=0.3の場合の計算結果です。3種類のフルード数の中では最も「遅い流れ」に相当します。また、図中の黒い帯状の領域は自由表面に相当します。

 自由表面の高さで比較すると、Highの場合には、風下側の斜面上で剥離が生じ、時計回りの渦(鉛直循環)が形成されています。この渦の真上では、風速が部分的に増しています。また、その上空では自由表面が部分的に陥没していますが、概ね水平の状態を保っています。

 Middleの場合は、風下側の斜面上に渦は形成されないものの、部分的に風速が増しています。しかし、風下側の麓では風は弱くなっています。その上空の自由表面は、山の風下側で少し波を打ち始めています。

 Lowの場合には、風上側の斜面上で時計回りの渦が形成される一方、風下側の斜面上では部分的に風速が増しています。その上空の自由表面は、山頂から風下側で少し波を打ち始めていますが、概ね水平の状態を保っています。

第4図・計算結果(Fr=0.6の場合 上段:High,中段:Middle,下段:Low)

 第4図は、フルード数Fr=0.6の場合の計算結果です。3種類のフルード数の中では「やや速い流れ」に相当します。

 自由表面の高さで比較すると、Highの場合には、風下側の斜面上で剥離が生じ、時計回りの渦が形成されています。この渦の真上では風速が部分的に増しており、地上に向かって強い風が吹き下ろすような形になっています。上空の自由表面は、山頂より風上側では水平を保つ一方、山頂より風下側では波を打っています。

 Middleの場合は、風上側の斜面上で風速が増して、自由表面を押し上げて山頂を乗り越える様子が解析されています。この結果、風下側の斜面上で剥離が生じ、薄いながらも時計回りの渦が形成されています。この渦の真上では風速が部分的に増しており、地上に向かって強い風が吹き下ろす形になっています。また、上空の自由表面は、山頂より風上側では水平を保つ一方、山頂より風下側では地上に打ち付けるような波を形成しています。

 Lowの場合も同様に、風上側の斜面上で風速が増して、自由表面を押し上げて山頂を乗り越えています。この結果、風下側の斜面上で剥離が生じています。この様子は自由表面の形状にも反映されています。また、自由表面は風下側では地上に打ち付けられるような激しい波となっています。

第5図・計算結果(Fr=0.9の場合 上段:High,中段:Middle,下段:Low)

 第5図は、フルード数Fr=0.9の場合の計算結果です。3種類のフルード数の中では最も「速い流れ」に相当します。

 主な流れの特徴は先の第4図(Fr=0.6)と同じですが、山頂より風下側の自由表面の波動、およびHighとMiddleの風下側の斜面上における渦が顕著になっています。
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気象学会・秋季大会が間近

2018年10月14日 | 気象情報の現場から
 10月29日~11月1日の日程で「日本気象学会2018年度秋季大会」が仙台国際センターを舞台に開催されます。

 さて、近年の気象学会・秋季大会では、期間最終日に日本気象予報士会(CAMJ)が主催する専門分科会も開催されています。

 10年前の「日本気象学会2008年度秋季大会」は仙台で開催されました。その際は、CAMJ東北支部主催の大気象サイエンスカフェ「かだっぺや ─天気を知って家庭や地域をもっと元気に!─」が開催されました。

 実はこの「2008年度秋季大会」が、私の学会発表の「デビュー戦」となりました。研究テーマは「山形県置賜地方における冬季局地風の力学的機構とフルード数の関係」です。当時、私は1日目のポスターセッション、「かだっぺや」は3日目、という事で、結局「3泊4日」の日程で仙台に滞在しました。何だかんだと言いつつ、今となっては良い思い出です。当時のことは、次の3つの記事にも書き記しています。

(速報) 日本気象学会2008年度秋季大会 + 大気象サイエンスカフェ「かだっぺや」 無事終了
大気象サイエンスカフェ「かだっぺや」・・・杜の都で「かだりまくった」夜。
今回の研究発表の要旨


 今年の秋季大会も、再び仙台で開催されます。CAMJの専門分科会は、東北支部主催の「局地気象とくらし」(11月1日)です。

 私はこの場で「ニューラルネットワークを用いた新潟県内の冬期降水域の解析」というテーマで発表します。いつもは「ポスター形式」ですが、今回は(学会では初の)「オーラル形式」です。

コメント (2)
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AIやロボットが労働を担う時代

2018年10月07日 | オピニオン・コメント
NHKスペシャル(2018年10月07日)
マネー・ワールド ~資本主義の未来~ 第2集 仕事がなくなる!?
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20181007

 人間の仕事のほとんどがAIに奪われる・・・そのような危機を煽られながら、歴史上の出来事が幾つか脳裏に浮かんできました。

 中世の日本における武士の主従関係、すなわち「御恩と奉公」の体制が確立したのは、鎌倉幕府の頃と言われています。将軍(鎌倉殿)と御家人は、互いに「ギヴ・アンド・デイク」の関係が成立しています。しかし、元寇の後の御家人への恩賞給与は僅かに留まったことなどから、この「ギヴ・アンド・デイク」の関係に綻びが生じました。御家人は次第にの経済的に圧迫され、幕府に対して不満を持つようになりました。この結果、鎌倉幕府の滅亡にまで発展しました。

 また、19世紀初頭のイギリスでは、資本家は労働者に賃金を与え、労働者は資本家のために労働を担っていました。資本家と労働者は、互いに「ギヴ・アンド・デイク」の関係が成立しています。さて、産業革命によって生産の機械化が進み、生産労働が人間から機械にシフトすることで、こちらも「ギヴ・アンド・デイク」の関係に綻びが生じました。労働者の失業不安は次第に高まり、機械化の波に抵抗する機運も高まりました。この結果、ラッダイト運動の嵐が巻き起こりました。

 現在の資本主義社会でも、資本家は労働者に賃金を与え、労働者は資本家のために労働を担っています。資本家と労働者は互いに「ギヴ・アンド・デイク」の関係が成立しています。さて、AIによる業務の自動化・効率化が進み、多岐にわたる分野で、「ギヴ・アンド・デイク」の関係に綻びが生じ始めています。資本家は労働者に頼ることなく、AIやロボットを使って収益を上げることが出来ます。労働者は収入を得にくくなり、さらにレーゾンデートルも失われるような事態も予想されています。

 さらに、「レーゾンデートルの喪失」という点では、明治維新に伴う徴兵令の発布が思い浮かびます。この徴兵令の発布により、レーゾンデートルを失った士族(旧武士)達の不満が高まりました。そしてそれは、後の西南戦争にまで発展しました。

 人間による「財の消費」が無ければ、そもそも経済は回りません。収入を得られなければ、人間は消費行動を起こすことが難しくなります。また、レーゾンデートルが無ければ、人間は自らの社会的な居場所を見出すことが出来ません。

 経済活動の本質は「ギヴ・アンド・デイク」です。現在のビジネスにおける「ステークホルダー」としては大きく分けて「経営者・従業員・出資者・顧客」の四者が存在します。そして、この四者は互いに「ギヴ・アンド・デイク」の関係でつながっています。この中で、AIやロボットは「従業員」のポジションにはなれますが、その他のポジションにはなれません。

 人は誰でも「財の消費」を行う際は、「顧客」のポジションに立ちます。しかし、その前提として「財の消費」に対する「貨幣(対価)」を支払う必要があります。つまり、収入があることが前提となります。その収入を得るために、多くの人は「従業員」のポジションに立って、労働に従事しています。このポジションをAIやロボットに取って代わられることは、多くの人の「収入を得る手段」が断たれることにもなり得るのです。それはすなわち、経済活動の先細りにつながるリスクでもあるのです。すなわち、「賃金収入の減少→購買意欲の減少→経済活動(消費活動)の縮小→企業収益の減少→税収の減少」という負の連鎖になるでしょう。もちろん、少子化も加速するでしょう。

 将来を見据えて、「ベーシックインカム」など、何らかの対策を考えて行かないと、経済活動が立ち行かなくなる恐れもあるのではないか、と感じています。財源の確保については「法人税」がまず候補に挙がりますが、EUでは「ロボット税」を導入しているようです。また、AIやロボットによる業務効率化を活用して、国全体としてのGDPの向上を目指すという考え方もあるでしょう。単純に「AIに仕事を奪われる」等と目先の事をセンセーショナルに煽っている場合では無く、資本主義社会の体制や構造が大きく変わってしまうかも知れません。

 「AIが得意なことはAIに、人間が強い分野は人間に」「AIに奪われるのを恐れるのではなく、AIを使ってどんな事業を進めていくのか」と言った発想の転換が必要ではないでしょうか。

 例えば、事業の方向性を示し、計画に落とし込むまでは「人間」が行い、実際の現場の最前線の仕事を「AIやロボット」が担うのです。個々の細分化された業務は「AIやロボット」に任せ、それらを統括・監督する役割を「人間」が担えば良いのです。

 世間では「AI」は何やら「不気味な存在」のようなイメージで語られることが多いですが、結局の所「過去の蓄積」に依存します。蓄積された過去のデータを与えられ、その枠の中で学習・類推し、判断する存在です。この枠の中でパターン化された仕事に特化することで威力を発揮します。従って、ある程度パターン化、シーケンス化、あるいはルーティン化された「個々の細分化された業務」に強いのです。

 一方、人間は、枠にとらわれず自由に発想することができます。従って、パターンにとらわれず柔軟な発想で臨機応変に進められる分野については、AIに対して優位性をもつのです。パターンにとらわれず柔軟な発想で事業の方向性を示し、臨機応変に計画を修正し、不測の事態に対処するのは人間の範疇です。人間は機械とは異なり、自由な発想ができます。それは機械に比べて「アバウト」であり「いい加減」、さらに言えば「気まぐれ」な気質を持っているという事も出来ます。一見、ネガティブな言葉にも見えますが、見方を変えれば「AIに対する優位性」と捉えることもできるでしょう。

 進化論で有名なダーウィンの言葉とされているものに「強い者が残るのではなく、賢いものが生き残るのでもなく、変化に対応できるものが生き残る」があります。AIが台頭する時代は、社会が大きく変化する時代です。時々刻々と変化する社会の流れを見据えつつ、何が求められているのか、その要請に応えるためには何をどうすれば良いのか、それを常に考え、試行錯誤することが人間に役割なのかもしれません。その上で具体的な作業はAIにどんどん割り振って行くような分業体制になるのかな・・・と漠然と考えています。
コメント (7)
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(一社)日本気象予報士会の講習会

2018年10月06日 | CAMJ参加記録
今日は(一社)日本気象予報士会の講習会を受講してきました。


 講習の中では、温帯低気圧や前線の構造、コンベアーベルトに関する気象学の講義と、専門天気図のマニュアル解析の実習がありました。

 数値モデル(LES)や人工知能(AI・NN)によるデータ・アナリシスをメインとしている私にとっては、ある意味「懐かしい」とも「初心に帰る」とも言えるようなもので、新鮮さを感じました。
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