計算気象予報士の「知のテーパ」

旧名の「こんなの解けるかーっ!?」から改名しました。

梅雨末期に潜む鬼

2018年06月29日 | 気象情報の現場から

 梅雨も後半~末期に差し掛かると、梅雨前線が日本海上まで北上してきます。夏の気候に影響を及ぼす太平洋高気圧の勢力が強まるためです。

 天気図上の気圧配置でも、梅雨前線が北日本にまで押し上げられると、梅雨明けの便りもちらほらと聞かれるようになります。この時期になると、東北地方や北陸地方の近くで梅雨前線が停滞することになるため、大雨には特に注意が必要となります。


 さらに、上空の気圧の谷が近づくことで、梅雨前線が折れ曲がり、さらにはそこに低気圧が発生するようになると、その周辺では、特に強い雨が降りやすくなる可能性があります。


 梅雨前線の構造や特に雨の降りやすい地域については、記事「梅雨前線の構造」にて述べた通りです。ここからさらに、新潟県内にクローズアップすると、梅雨前線の位置によって、その影響は大きく変わります。


 梅雨前線が佐渡島の近くを通る場合、新潟県内では雨が降りやすくなります。

 記事「梅雨前線の構造」で述べた通り、前線記号は梅雨前線帯の北端に対応しています。そして、そこから100~200kmの幅で梅雨前線帯が広がり、その南端で特に活発な上昇流となります。

 佐渡島の南北の長さが約60kmとすると、梅雨前線から見て佐渡島2~3個分だけ南の辺りで雨の降り方が強まり易くなります。もちろん、この辺の地形は複雑なので一概には言えませんが、県内で強い雨となる可能性を疑う必要はあると考えます。


 続いて、梅雨前線が佐渡島よりも北側に抜けると、今度は猛暑の可能性を疑う必要があります。梅雨前線が北上するのは、太平洋高気圧の勢力が強まるためです。太平洋高気圧から暖かい空気が流れ込むとき、新潟県内では南寄りの風となります。

 この南風が越後山脈などの山々を乗り越えて、風下側の平野部に吹き降りるので、フェーン現象(風炎)を伴います。このため、ただでさえ暖かい空気が、さらに暖かさを増した状態で、県内にもたらされるのです。

 梅雨前線が北日本付近にある時、予報業務に際しては「鬼のような雨」と「鬼のような暑さ」と言った2種類の「鬼」の出現の可能性を常に意識する必要があるのです。

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梅雨前線の構造

2018年06月16日 | お天気のあれこれ
 中学生の頃、梅雨前線は「太平洋高気圧からの暖かく湿った空気オホーツク海高気圧からの相対的に冷たく乾いた空気がぶつかり合ってできる」と学びました。当時は何も考えずに「そんなものか」と受け止めていました(実は当時、天気には全く興味がなかった・・・と言うのも一つの要因です)。


 それから時が流れ、天気図を見るようになってからというもの「それにしては、随分と西側に延びているな・・・」と疑問に感じてました。

 その後、様々な学びの機会を経て、梅雨前線は「太平洋高気圧~モンスーン気団からの暖かく湿った空気オホーツク海高気圧や大陸気団からの相対的に冷たく乾いた空気がぶつかり合ってできる」と理解するに至りました。これなら、梅雨前線が西側に延びることも理解できます。


 さて、南から流れ込む「暖かく湿った空気」と北から流れ込む「(相対的に)冷たく乾いた空気」がぶつかる領域(収束域)では上昇気流となります。すると、その上空では雲が形成され、湿舌が現れます。また、梅雨前線の南側では大量の水蒸気が流れ込むため、発達した積乱雲が発生しやすい状況となります。

 つまり、集中豪雨は湿舌の南縁で起こりやすくなります。この構造を模式的に描いてみます。


 南から流れ込む「暖かく湿った空気」と北から流れ込む「(相対的に)冷たく乾いた空気」は100~200kmの幅を持つ領域でぶつかり合います。この領域を梅雨前線帯と呼び、上昇気流の場となっています。地上天気図における梅雨前線の記号は、梅雨前線帯の北端付近に沿って表記されます。

 一方、集中豪雨を引き起こす水蒸気の大半は、高度約1km以下の低い層の中に蓄えられています。南から流れ込む湿った空気が梅雨前線帯の上に乗り上げる際、梅雨前線帯の南端付近では積乱雲が発達します。これが集中豪雨につながりやすい要因です。

 また、梅雨前線帯の上空3km付近には湿った空気が広がります。この湿った領域は、梅雨前線帯に沿って舌状の形をしていることから「湿舌」と呼ばれています。これは、梅雨前線帯の対流活動の結果として、下層(1km以下)の水蒸気が上空(3km付近)まで運ばれたものです。

 湿舌については「湿舌と梅雨前線」で詳しく述べておりますが、水蒸気のイメージを描くと次の図のようになります。



 梅雨前線帯の南側から、南風に乗って水蒸気が運ばれてきます。この水蒸気はこのまま上昇流に乗って、さらに上空へと輸送されます。これに伴って、積乱雲が形成され、発達します。

 さらに下層から熱や水蒸気が持続的に供給されるため、積乱雲はどんどん発達します。また、上空に昇った水蒸気は、上空の西風に乗って東側に広がります。


 これまで、梅雨前線の南側では「暖かく湿った空気」が流れ込むと述べてきました。

 実は、この「暖かく湿った空気」も大きく分けて2種類あります。それは、中国大陸上に起源をもつ「大陸性湿潤気塊」、東シナ海上に存在する「海洋性湿潤気塊」です。

 梅雨前線帯の形成に伴って、大陸性湿潤気塊が東シナ海西部に流れ込むと、もともと東シナ海上に広がる海洋性湿潤気塊との間でぶつかり合いを生じます。この両者の境界として現れるのが「水蒸気前線」です。

 陸上と海上では供給される水蒸気量は異なります。このため、海岸線沿いに水蒸気量の境界が生じるようです。
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天気と博打の経済学

2018年06月07日 | 経済・金融気象分野
 北陸地方も、そろそろ梅雨入りが近づいてきました。

 梅雨前線の位置がちょっとズレるだけで、地域の空模様は大きく変わります。メディア用天気原稿の影の担当者としては、神経をすり減らすシーズンの到来です。日々の予報があたかも博打のように思えてくる心境です。

 最近、天気に保険を掛ける「天候デリバティブ」というのは、「天気と博打の経済学」のようなものだと感じています。保険もそもそも「不幸な状況に見舞われるかどうか」の博打です。金融商品も資産を賭けた博打です。(私の大好きな)時代劇でお馴染みの「丁半」も博打です。実は、原理的(数学的)には全て「確率過程」なのです。

 それでは、保険や金融商品とギャンブル(丁半など)の違いは何か、と言いますと、それは「実用性娯楽性の違い」ではないかと思います。

 保険は「万が一への備え」、金融商品は「資産を増やす」という実用的な意味を持つのに対し、ギャンブルは単に娯楽・道楽としての意味合いが強いのです。どちらも本質的には「確率論」の話ですが、人間との関わり方やその意味合いに応じて、実用的であったり、娯楽であったりするのです。

 また、保険や金融商品は、エビデンスを基に設計された(実用的な)商品です。このエビデンスを与えているのが、数学や物理学に基づく「金融工学」の理論です。直観とインスピレーションで、それこそ適当に「丁!」だの「半!」だのとやっているわけではありません。

 さて、「天候デリバティブ」は「天気の動き」を賭けています。言うなれば「天気を対象にした博打」になります。さらに、その結果として「経済的な見返り」を期待しています。それこそまさに「天気と博打の経済学」です。しかし、博打でありながら「天候リスクを定量的に評価」している興味深い研究対象です。

 ここ2ヶ月ほど天候デリバティブの勉強に取り組んでいました。確率的に変動する金融資産(原資産)を仮定して、そこから派生するデリバティブ商品(コール・オプション)の価値の変動をコンピューターで計算する手法を検討しておりました。

 これをベースに天候デリバティブのシミュレーションに発展させることを目指しておりますが、それは当分先の話になりそうです。

(p.s.)
 私は競馬・競輪・パチンコ・パチスロなどのギャンブルは嗜みません。興味があるのは、あくまで「確率論(数学)」の方です。念のため。
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オプション・プレミアムの数値シミュレーション

2018年06月03日 | 経済・金融気象分野

 オプションとは、将来の一定期間に、約束した金額で金融商品(金融資産)を売ったり、買ったりする事ができる「権利」です。ある金融資産を例にとって考えてみましょう。


 この金融資産は最初の時点(起算時)で100万円の資産価値を持っているものとします。

 この金融資産を「半年後に購入しよう」とした場合、幾らで購入できるでしょうか?・・・それは半年後にならないと判りません。しかし、早めに購入することを決めておかないと、他の投資家に先に購入されてしまうかもしれません。

 そこで、半年後に「95万円」で購入する「権利」を、今の内に購入してしまうのです。この権利がオプションです。

 この時、売買対象の金融資産のことを「原資産」、半年後と言う時期のことを「満期」、95万円という価格を「権利行使価格」または「ストライク」と言います。

 オプション取引の対象となる金融資産は、その資産価値(資産価格)が時々刻々と上下に激しく変動するします。このような資産を運用した場合、大きな利益を上げることも期待できる半面、元本割れを起こしてしまう危険性もはらんでいます。このような金融資産を「危険資産」と言います。


 危険資産を数理モデルで表現する際は、平均的な変動(トレンド)は安全資産に準じるものとして、さらに不規則に変動する成分(ノイズ)を考慮します。ここで、トレンドの利率をリターン(μ)、ノイズの変動の大きさをリスク、またはボラティリティ(σ)と言います。

 危険資産の利率は確率的に変動します。有名なブラック・ショールズモデルでは、その確率分布を「正規分布」と仮定しているのが特徴です。

 続いて、満期時の資産価格とオプションの取り扱いについて考えてみましょう。


 満期(半年後)の時点で、この原資産(金融資産)の価格が暴落して、95万円を下回った場合、このオプションを「放棄」することで、損失を免れることができます。

 一方、満期(半年後)の時点で、原資産(金融資産)の価格が高騰して、95万円を上回った場合は、このオプションを「行使」することで、差額分だけ利得が発生します。


 オプション取引を行う際は、予め「使用料」を支払う必要があります。このオプションの価格(価値)のことを「プレミアム」と言います。

 オプション取引に伴う利得は青のグラフで表されますが、実際には既にプレミアムを支払っている状態なので、実際の収支は青のグラフよりもプレミアム分だけ下にシフトした赤のグラフのようになります。

 プレミアムは、将来時点で見込める利得を、現在時点での価値に換算したものです。オプション取引では、原資産の価値が時間と共に変動しています。これに伴って、オプションの価値・プレミアムもまた、時間的に変動しています。

 このような原資産の価格やプレミアムの時間的な変動を数値シミュレーションで見てみましょう。

【 設定条件 】
 資産価格の初期値:S0 = 100[万円]
 リターン    :μ = 3[%/年]
 ボラティリティ :σ = 10[%]
 無リスク利子率 :r = 3[%/年]
 時間間隔    :Δt = 1[日]
 積分期間    :T = 183[日]

 まずは原資産の価格変動です。


 今回は起算時点から満期までの価格変動のシナリオを2000パターン計算しています。183日間に渡る価格変動をグラフに重ねてみました。時間が経つにつれて、変動の幅が広がる様子が判ります。

 なお、確率微分方程式の数値解法はエクスプリシット法(時間積分)とモンテカルロ法(ランダム変動)を使用しています。また、乱数生成においてはフォン・ノイマンの棄却法を適用しています。

 続いて、満期時点での資産価値の予測を見てみましょう。2000パターンのシナリオを基に、満期時点での資産価値の分布をヒストグラムで表示してみます。


 満期時点における資産価格は確率的に決まりますが、その分布は正規分布に従う様子が判ります。そもそも資産価値の確率微分方程式が正規分布に従っているので、その性質が反映されたものと考えられます。

 そして、いよいよ「プレミアム」の時間的な変動です。


 プレミアムは各時点における資産価値S(t)と権利行使価格K、さらに無リスク利子率rを用いて計算します。

 プレミアムは「期待値」で表されるため、予め2000パターンの各々における決済額(利得)を計算し、その平均を求めます。この平均値に対し、無リスク利子率と時点(日数)から決まるディスカウント・ファクターを乗じることで、プレミアムとしています。

 プレミアムは時間の経過と共に増加していく傾向が表れています。細かい上下変動を伴っていますが、概ね安定的に右肩上がりとなっているようです。プレミアムの価値は原資産の価値から派生しているため、その変動の性質も危険資産に準じています。その様子も視覚的に理解することが出来ます。

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