こんにちは…。
とうとう11月に入ってしまいました。そして、日を追うごとに寒さが増してきました。
散歩に出ていくて、突然北風が吹いてきたときはなおさら寒さが身にしみる季節がやってきました。
今年もあとわずか…、などという声も少しずつ音量がおおきくなっていくように思えます。
最近、毛布で頑張っていたのですがとうとうかけぶとんが登場してきました。「よる年波にはかてず」といいところでしょうか。本当の寒いのはいやですねえ…。
さて、今週はあい変らずの与党の「強行採決」が報じられていました。「数」で強行とは、やることが昨年の「集団安保法」のときとなにも変わらないことがつくづくわかりました。さすがに、昨年の暴力的な「パンチ」は出てはいませんでしたが…。
日本国憲法が11月3日(文化の日)で公布70年を迎える。短くはない年月にもかかわらず、それが「押し付け」だったと問題視する動きが再び出ている。まもなく始まる衆院憲法審査会でも「制定経緯」はテーマのひとつだ。(11月3日/朝日)
「文化の日」とはどうでもいい人たちの文化勲章の日だと思っていたが、メインは「憲法公布」の日だったとは、今までの考えをあらためないとと思います。こんな大事な日をどうして、今まで「文化人」の日だと思っていたのでしょうか。それだけ、憲法が空気のようでうまく機能していたのだろうと思います。ことさら、最近「憲法」ということが耳にすることが多くなってきたということは、それに関係する事柄が多くなってきたということなのでしょう。例えば昨年「立憲主義」という言葉が多く聞きました。憲法が中心になっている言葉でしょう。
今年、参議院選挙で与党(自民党・公明党)当選しました。その結果、「憲法改正の発議の3分の2」議席を獲得したということです。以前から自民党は「自主憲法」制定を目指していたわけですから、選挙でより現実的になってきたということでしょう。
とはいえ、70年間、現憲法で生活してきて何かの不便は感じませんでした。不便を感じたのは権力をにぎる政治家たちなのでしょう。それがいちばん目立つのは「憲法9条=戦争放棄」ということはよく聞きます。
「紛争解決のための武力は持たない」という条文は、昨年の強行採決をした「集団的自衛権」容認の「集団安保法」に参加したい与党にとっては目障りという条文であったのでしょう。いちはやく、採決に持ち込みまさに「強行採決」によって成立させた経緯は記憶に新しいところです。
では、なぜこう急ぐのか。
考えてみれば、現憲法が国民に支持されてきた一方で、政府与党(権力側)のとってはいいものではないのでしょう。だから、変えたいという発想がでてきたのでしょう。変えるための理由はどうするかとなって「押し付け」ということを言い始めたように思えます。大部分の国民にとっては「押し付けとは思えません。
憲法の成立経緯を考える大切さを痛感します。歴史が大事ということもいえるのでしょう。
ちなみに「文化の日」を「明治の日」と呼ぶ日がくるのでしょうか。なんとも、時代がが逆行していくことはかんべんしてほしいものです。
※参考「読むための日本国憲法」東京新聞政治部編(文春文庫)を読んでみるのもがいいと思います。
隣国の韓国で、朴槿恵(パククネ)大統領が演説草稿などの機密を民間人などに漏らした問題で、ソウル中央地検は2日、出頭した青瓦台(韓国大統領府)の安鍾範前政策調整主席秘書官の聴取を始めた(11月3日/東京)
他国の政治はそれほど知らない。それでも隣国の韓国で大統領が機密文書を民間人に文書を見せていた。結局、大統領の違法の行為を見た民間人はそれを利用して利益を得ていたことは疑いないだろう。利益供与はまぬがれないだろうと思う。ときの権力者の弱みにつけこんで徹底的に利用されていたようだ。事実、文書などを見せてもらっていた人を通して企業に多額の金額を要求していたという。
どこの権力者も自分の弱みが世間にばらまかれてはもうやめるしかない。それも、絶対、権力があり、法を守るべき側の人間だけに疑いなく辞任だろうと思う。それにしても、その後の韓国国民の徹底した疑惑解明の抗議行動はすごい。だから政治家もえりを正しているんだろう。日本の政治家もこんな国民であればおそらく、安易な発言もしないだろうと思う。歴史が違うのだろうか。それも、抑圧された歴史や自分らで歴史をつくってきたという自負もあるのだろうか。とくに若者が怒っている。
朴槿恵の父親は、演説中に銃で撃たれて死亡した。光州事件があった。
そんなこともあって民衆のことを一番しっていると思っていたが、どこでどう間違ってしまったのか。今後の調査がまたれる。議員が政治を私物化してはならない、ということが大事だろう。日本では富山の議員が政策活動費を私物化して辞任した。ことの大小はあれ同じだろうと思う。
定年後に佐雇用されたトラック運転手の男性3人が、定年前と同じ業務なのに賃金を下げられたのはいほうだとして定年前と同じ賃金を支払うよう勤務先の運送会社に求めた控訴審判が2日、東京高裁であった。杉原則彦裁判長は、「定年後に賃金が引き下げられることは社会的に受け入れられており、一定の合理性がある」と判断。運転手側の訴えを認めた一審・東京地裁判決を取り消し、請求を棄却した。(11月3日/朝日)
この裁判は東京地裁のときから注目してきた裁判だった。なぜなら、わたしも、再雇用の身分であり仕事は何ら再雇用の前とは変わらない…、というより前より労働密度がある仕事についているからだ。
基本給はもちろんのこと残業代単価も減少した。これで、同じように仕事をしてくださいとはなんとも間尺にあわないことかと普段から感じていた。いいところと言えば、通勤距離が短くなったということぐらいだろう。なんでこうも最後の最後まで痛めつけらなくてはならないのだろうか、と思う。
まして、「利益は少ない」といっているにもかかわらず新入社員ととっているということはなんとも不合理ではないかとも思う。
労働組合はいったいどう考えているのだろうか。なにか改善はないのだろうか。
※この裁判は最高裁までいくのだろうか。ちょっと注目していきたいと思います。
今年は駆け足で過ぎていったように思うことがる。いろいろと月末には忙しく…という理由が一番多かった。今月も同じように月末が近づくとそんな理由で時が過ぎていくのだろうか。
ここ一年、本社の同じ職場にいた人たちの電話での声は聴くが素顔をみたことがない。こんな感じでいいのだろうかと思う。これで年賀状で「昨年は大変お世話に云々…」はないだろうと思えた。いったい、こんな仕組みはどう変えようとしてくのだろうか。いやいや、本社は何も考えていないのではないかと思うこともある。
いずれにせよ、私もここはもう限界のような体力だろう。再雇用の時、一年で終わりで来年は違うところにという希望を出しておいた。いったいどうなるのだろうか。
年末に時間を見つけて「この一年再雇用で考えたこと」でも提出しようか。
人は話もしなくても何人かの人の温もりが必要だろう。
今の職場は人はいるが、正確には同じ土俵の人たちではない。普通に話せても、最終的にはお客である。その垣根をとりはらうことも大事だと思うが、体力がいるのだ。人を納得させるにはエネルギーがいる。
とにかく今年を乗り越えるしかないようだ。「月末は忙しいので…」という理由をもちつつ…。
やはり寒いのはつらいですね。
昼間はそれほどでもないが朝夕は、寒さもきつくなっていくようです。もうすぐ年末か。
毎年、年末はボーナスという時期にはあたりまえにボーナスという言葉があったが、今年から再雇用者はない。季節も寒くなったが、懐も寒くなり、二重の寒さで今年はきついです。
これでモチベーションをあげるとはなんとも残酷ではないのかね。
そういうことだと、仕事もちょっと力がぬけるように思えます。まあ、一つずつ片づけながら進めていこうと思います。
読者のみなさん、くれぐれもカゼなどひかないように。通勤途中のマスクは必需品になっています。
今週はこのへんで。
読んでくれた人、ありがとうございました。