ぶらぶら人生

心の呟き

ササユリを眺めながら

2020-06-18 | 草花舎の四季
 昨日は、久しぶりに草花舎へ出かけた。
 入り口に、<OPEN>の札がかけられていた。
 コロナのために、閉店の日が続いていたが、先週から、週4日、午後のみの開店となった。

 

 紫陽花の咲く庭に入ってゆく。 

 


  みずみずしい緑の溢れた庭。

 


 久々に、草花舎のYさんやTちゃんにお会いする。

 常連のお客の方たちにも。

 

 コーヒーとケーキをいただく。

 ケーキ皿には、桑の実が添えてあった。

 草花舎の中庭に、桑の木がある。その完熟の実と赤い実と。

 


 桑の実に関する二つの思い出がよぎる。

 ☆ 戦争中、桑畑で、桑の皮剥ぎをしたこと。その作業の合間に、桑の実を採って食べ、甘酸っぱくておいしかったこと。採った実をポケットに入れ、白い服の一部を赤紫色に染めてしまったこと。

 ☆ 家から500メールのところに、今も桑の大樹がある。それを知ったのは、70歳を過ぎてからであった。(その木の実も、もう熟しきっているのだろうか?)

 当時、朝の散歩を日課としていた。ほぼ同じ時刻に散歩する同年の友達がいて、「桑の実が熟したよ」と教えてくれ、その木の存在を知ったのだった。(私は子どものころに見た桑畑の桑の木しか知らなかったので、庭木として、また自然木として存在することなど想像したこともなかった。)

 熟すとたくさんの実が落ちて、アスファルトの道を桑の実色に染めたものである。

 その同級生は、5年以上前に故人となり、比較的近所にいて、気楽に声をかけてくれる身近な友だちは存在しなくなった。

 

  


  カウンターに、ササユリの花。

  家から遠からぬところに、今もササユリの原があるはずである。しかし、一人で出かけるには寂しすぎる場所である。

 その山里を案内してくださった知己も、今は亡き人である。私より10歳も若い方だったのだが……。 


 今日は、ケーキ皿に、アクセントとして添えられた桑の実と花瓶のササユリを目にし、ひと時、思い出に浸ることになった。

 

 食欲の増進につながる「ニラだれ」の作り方を、料理センス抜群のTちゃんに教えてもらった。

 スプーン 一匙分を試食させてもらったところ、いろいろなお菜の引き立て役にもなりそうな味であった。栄養もたっぷりで。

 材料やその分量を記したメモをもらった。次回、買い物に出かけたとき、材料を求めてきて、作ってみようと思う。Tちゃんのように、上手には作れないだろうけれど。


 草花舎の庭歩きもせず、カウンター席でコーヒーをいただいたり、話したりしているうちに、ササユリが開花しので驚いた。

 そこには、静かな<時>の経過があって。


  

  気づくと、葉の形が、笹そっくりである。

  名前の由来は、葉の形から来ているのだろうか?

  <ささ>には<小さな>という意味があるから、<小さな>百合という意味もあるのかもしれない。

 

  Yさんによって、センスよく活けられた花が、所を得て美しい。

  

 

 

 

 

 これは、常連客のHさんが育てられたカエデの盆栽。

 以前見たときより、背丈が少し伸びたようだ。


 帰途につこうと、草花舎の外に出ると、今年二度目のホトトギスの声が耳に届いた。

 ずいぶん、もの哀しい鳴き声であった。

 夕べのせいか、私が心身疲労気味であるせいなのか?

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