ブルーベルだけど

君にはどうでもいいことばかりだね

かつて何度も歩いた道

2020-12-03 00:18:52 | 日記

高校卒業までは、当たり前に歩いた。
大学進学で上京してからは、ちょっと懐かしく歩いた。
就職して、結婚して、子供が出来て、その帰省時には、待っている大切なひとが喜ぶ顔を思い浮かべながら歩いたものです。

段々疎遠になって、何年も歩かないこともありました。 本当にごめんなさい。
今年前半はコロナ禍による緊急事態宣言で、歩けなくなってしまいました。
今日は少しワクワクしながら、少し寂しい気持ちで歩いています。


悲しいことがあったとき、嬉しいことがあったとき、辛かったとき、楽しかったとき、前を向きながら、俯きながら、ドキドキしながら、落胆しながら…

暑い日も、寒い日も、風の日も、雨の日も、夜明け前に、早朝に、昼時に、昼下がりに、夕方に、夜に、深夜に、何度も何度もこの道を歩きました。


家に帰れば、笑顔の母、寡黙な父、優しい祖母、変わり者の兄、元気な妹がいた。
家族6人が賑やかに暮らす生活感に満ちた空間がありました。

でも、それは永遠ではなかった。
祖母が亡くなり、父が亡くなり、兄も妹も大人になり家を出て、母も緊急入院して車椅子の生活になり老人ホームへ。


母が、認知症と闘うように、か細くなった声で僕の名前を呼んでくれることが有難い。
そして兄夫婦が日中仕事で家に来ていることが有難い。


もう、あの頃とは違う。

誰もいなくなった母屋。
骨董品や雛人形、五月人形、鯉のぼりを収めた蔵も、新婚時代に父母が住んだ離れの棟も、母が草むしりをした土地に建つプレハブも解体され、今は駐車場。

それでもこの道を歩く。
昔は賑わっていた、今は閑散とした、僕にとって特別な道。


そんなに遠くない将来、かつてこの道を家族のそれぞれが、或いは連れだって歩き、様々な想いを抱きながらここで暮らしていたことなど誰も知らない時代がやってくる。

そうやって代替わりしていくのだろう、これまでも、これからも。
僕の時代も既に終わり、息子達の時代になりました。


それでも6人の想いは残り、引き継がれる。
ひとは遺伝子の方舟なのだから。




また帰ってきましたよ。
今から会いにいきますからね、母さん。 今月は3回来るからね。

「有難い」という言葉の真意が、今はよく分かる。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする