脱あしたのジョー

MTオリーブフィットネスボクシングクラブのブログ

実戦は大事だよ

2019-04-20 | Weblog
新撰組に斎藤一という男がいた。彼は三番他隊長で相当剣術の使い手で会ったそうで(一説では沖田よりも実力があると言われているが新撰組の解散後警官になり、後に師範学校で剣術を教えていたそうだが、その師範学校でこういう逸話が残されている。それは斎藤が剣術の時間、ある剣術の優れた生徒にカンか何かを持ってきて「君はこのカンを木刀でひとつきできるかね」とたずねたそうだ。しかし学生はそのカンをひとつきしようと試みるが、何度やっても木刀でそれをつくことができない。彼はできませんというと、斎藤はその木刀をとってひとつき、すると見事にカンは穴をあいて木刀にささったのだ。斎藤はその様子を唖然として見ていた学生達にこういう「これが実戦を経験したものとしていないものの違いだ」

ボクシングにおいても実戦つまり試合経験と言うのは重要だ(これは成年期においてのみ、子供は医学的にも脳などの影響から禁止すべき)、これはある意味練習では十分鍛えることのできない本能的な動きや勘、そして技術面においても今まで自分のやってきたことが通用するかしないかと言うことが試される機会であり、このことを通してボクシング面において大きく成長すると信じている。現にここでは一度試合経験をしただけであんなにかわるものなのかと感心するのだが、やはり実戦という場は我々を成長させる意味では大きな課題であることは間違いない。

私自身実際外国でボクシングを経験したが、そのことは非常によかったと思っている。外国に行って格闘技を経験すると言うことは、ある意味たいへん勇気がいることだ。私なんかは根性がなかったので対戦する相手すべてが強く見えて、トーナメントで勝って次の相手を見ても、次あいつだったら絶対けがをするなあなんてびびったものである。しかしおおがさだがそういうある種の極限では、自分の今までやってきたことを生かそうとする力がでてくる。たぶん意識的には無意識的にかわからないが、そういう力を発揮しようという力が働くのだろう、だから実戦というのは技術において一番成長できる場であると考えている。

私のクラスはヒスパニック系が多かったのだが、我々はヒスパニック系の人間に比べてパワーがないし、バランスも悪い。現に私の友人の台湾人がコーナーに吹っ飛ばされるのを見ているし、見ていて分かるが筋力が違うのだが、こういう人間を相手に競技すると言うことは事実自分の実力以上のものを引き出さなくては勝てない。しかししばらくして気づいたことだが、その筋力の違いはおもに練習法にあることにわかった。日本人は試合できつい減量をさせるがあれは間違いだ、ひどい話しになると成長期に10キロ以上の減量を強いるのだが、正直アマチュアで成長期にそういうことをさせるというのは狂気じみてるし、間違っている。日本人は何をするにもマイナス的なことからとらえるのだが、これに対して米国ではまずパワーをつけてくる。筋トレをしたりして体をつくってそしてパワーをつけてから、自分にあった階級を選ぶと言うようなやり方で、非常に合理的であるように思える。正直小学生でもこんなことぐらいわかると思うが、向こうがどんどんパワーをつけてくるのに対して、階級のことばかり気にして、体重をへらすことばかり考えるのでは差が出てくる。東洋人は他の人種に比べて筋肉量が少ないと言われているが、ヘビー級や大きいクラスではない限り体重は同じなのだから、パワーアップしていく選択肢もあると思うが、こういうことも私が海外と言う実戦という場を通して見聞広げたから考えさせられたことで、おそらく実戦は技術だけではなく、戦略や戦術なども考えさせられるいい機会であり、それはその競技をコーチしていく人間にも言えることだと思っている。

私はアジア人の友達とつるんでいたのだが、自分たちが冗談で言っていた言葉がある。
それは「See you later Humberger(試合が終わったらハンバーガーを食べよう)」であるが、私は試合を見に来てくれた友人たちと試合のたびにマクドナルドやバーガーキングに行っていたが、緊張がとけた試合後のハンバーガーとコークは格別であったことを思い出す。



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