柔道連が助成金を不正に受け取っていたことが発覚した。なんでも不正受給していたお金のうちから連盟に10万円上納金として渡していたとかここまできたらあきれかえって何も言えない。しかしもうこういうことは驚くべきことじゃなく、よく似たようなことはあることで、おそらくボクシングの独占販売なんて言うのも団体が小さいので相手にされていないが、明らかにこれは不正であるが、たぶんこう言ったことは他の団体でもあるのではないかと思っている。
おそらく贔屓目に見てそれらは試合などを運営していくために仕方がなくやったというのが理由ではないかと思っているが、しかしアマチュアの性質と青少年の教育的配慮から見て、そういうことはすべきではない。
今回柔道界がよごれきっているということで、組織を中途半端であるが改革し、そして暴力根絶宣言などと言うスローガンをかかげた。
しかしこういう発想は下品極まりない、第一スポーツの世界に暴力団でもあるまいし、暴力追放なんていかがなものであろうか?
はっきり言ってスポーツ界は縦社会で先輩の言うことが絶対の縦社会なので、こういう問題が起こった時にきちんとした対処ができない。
そういう奴らが集まって考えに考え抜いた結果こういう宣言が出て来たのだからおそろしいものである。
なんでも思ったことや感じたことを伝えればいいと言うものではない。
そういう世の中のルールでは当たり前のことをあえて宣言などする必要があるのだろうか?
はっきり言って暴力をふるったり、非常識なことをする人間と言うのはスポーツマンとしての問題ではない。人間としてレヴェルがひくいからそういうバカなことをするのだが、もはやこういうことを宣言すること自体小学生以下あるいは暴力団レヴェルだということができると思う。
私は前から「こういう奴らにはきちんとした教育をうけさせろ。特別扱いするな。」と言うようなことを言ってきたが、まさにこういうスポーツと言う特殊な狭い世界での特別待遇がこう言った世間一般では考えられないようなバカな過ちをおかすのだと思っているからだ。
暴力根絶宣言なんてするよりもスポーツバカゼロ宣言と言うスローガンを掲げてみたらどうか?
ロンドンオリンピックでロンドンはどこと言うことを聞かれてフランスを指さすバカを出さない、オリンピックに出場する人間はせめて最低の常識レベルのことは理解させる必要があるのではないかと思うが、こういった狭い世界だけで生きてきたアスリートの常識のなさが暴力やレイプなどの凶悪犯罪に結びつくのだと思っている。
正直言って日本は一般的な学力は高いが、しかしアスリートの学力は世界でも最低レヴェル、ボクシング界でも公用語が理解できる人間がどれだけいるか数えてみればいいと思うのだが、この世界はろくに日本語も話せない奴がいることも事実で、そういう奴が子供や青少年の指導をしているからおそろしいものである。
言葉をおぼえたり、何かを学ぶと言うのは生きていくうえでは大事なことである。なぜならこのことによって人間は本当の意味で自尊心を持つことができると思うからである。
逆にこれを軽んじている奴は本当の意味で自尊心など持つことができない。
だから人を傷つけたり、暴言をはいたりするのだと思っている。
さらに暴力根絶宣言なんて言っても、こういうポーズは具体的にどういう改革を自分たちはしていくんだという方針と案がなければ意味のないことで、いくら記者会見で潔く自分たちの非を認めこういうスローガンを掲げてもこういう説明内容では不十分すぎると言うか人をなめている。
そらくこういうことは過去の指導にさかのぼって、制度やあるいは教育的なことを見直して抜本的に改革していくことが求められるのだが、
スポーツバカと言うのは、おそろしいものでそのことを認め、悪かったこれからは心を入れ替えて、そういうことがないように責任を持って指導していくと潔く公の場で頭をさげればそれでメンツが保たれ十分釈明したと思っているが、しかしこいつらの記者会見は自分たちのメンツを守るためと他のことに飛び火しないように慎重になっているだけのことで、本当に徹底的にその問題に取り組んで解決していこうと言うような姿勢には見えないが、こういったことがスポーツマンシップと言うやつなのだろうか。
おそらく贔屓目に見てそれらは試合などを運営していくために仕方がなくやったというのが理由ではないかと思っているが、しかしアマチュアの性質と青少年の教育的配慮から見て、そういうことはすべきではない。
今回柔道界がよごれきっているということで、組織を中途半端であるが改革し、そして暴力根絶宣言などと言うスローガンをかかげた。
しかしこういう発想は下品極まりない、第一スポーツの世界に暴力団でもあるまいし、暴力追放なんていかがなものであろうか?
はっきり言ってスポーツ界は縦社会で先輩の言うことが絶対の縦社会なので、こういう問題が起こった時にきちんとした対処ができない。
そういう奴らが集まって考えに考え抜いた結果こういう宣言が出て来たのだからおそろしいものである。
なんでも思ったことや感じたことを伝えればいいと言うものではない。
そういう世の中のルールでは当たり前のことをあえて宣言などする必要があるのだろうか?
はっきり言って暴力をふるったり、非常識なことをする人間と言うのはスポーツマンとしての問題ではない。人間としてレヴェルがひくいからそういうバカなことをするのだが、もはやこういうことを宣言すること自体小学生以下あるいは暴力団レヴェルだということができると思う。
私は前から「こういう奴らにはきちんとした教育をうけさせろ。特別扱いするな。」と言うようなことを言ってきたが、まさにこういうスポーツと言う特殊な狭い世界での特別待遇がこう言った世間一般では考えられないようなバカな過ちをおかすのだと思っているからだ。
暴力根絶宣言なんてするよりもスポーツバカゼロ宣言と言うスローガンを掲げてみたらどうか?
ロンドンオリンピックでロンドンはどこと言うことを聞かれてフランスを指さすバカを出さない、オリンピックに出場する人間はせめて最低の常識レベルのことは理解させる必要があるのではないかと思うが、こういった狭い世界だけで生きてきたアスリートの常識のなさが暴力やレイプなどの凶悪犯罪に結びつくのだと思っている。
正直言って日本は一般的な学力は高いが、しかしアスリートの学力は世界でも最低レヴェル、ボクシング界でも公用語が理解できる人間がどれだけいるか数えてみればいいと思うのだが、この世界はろくに日本語も話せない奴がいることも事実で、そういう奴が子供や青少年の指導をしているからおそろしいものである。
言葉をおぼえたり、何かを学ぶと言うのは生きていくうえでは大事なことである。なぜならこのことによって人間は本当の意味で自尊心を持つことができると思うからである。
逆にこれを軽んじている奴は本当の意味で自尊心など持つことができない。
だから人を傷つけたり、暴言をはいたりするのだと思っている。
さらに暴力根絶宣言なんて言っても、こういうポーズは具体的にどういう改革を自分たちはしていくんだという方針と案がなければ意味のないことで、いくら記者会見で潔く自分たちの非を認めこういうスローガンを掲げてもこういう説明内容では不十分すぎると言うか人をなめている。
そらくこういうことは過去の指導にさかのぼって、制度やあるいは教育的なことを見直して抜本的に改革していくことが求められるのだが、
スポーツバカと言うのは、おそろしいものでそのことを認め、悪かったこれからは心を入れ替えて、そういうことがないように責任を持って指導していくと潔く公の場で頭をさげればそれでメンツが保たれ十分釈明したと思っているが、しかしこいつらの記者会見は自分たちのメンツを守るためと他のことに飛び火しないように慎重になっているだけのことで、本当に徹底的にその問題に取り組んで解決していこうと言うような姿勢には見えないが、こういったことがスポーツマンシップと言うやつなのだろうか。