ジムに行ってはじめてスパーで対戦したのがヒスパニック系のボクサーなんでもゴールデングラブの代表になったことがあるとか、事実彼はけたはずれに強かった。何が強いのかと言うととにかくバランスにすぐれていた。私はディフェンスを無視して思いっきりうっていくタイプで相手の体が細いので思いっきりうちまくったらぼこぼこにできるとたかをくくっていたが、しかしうってもうっても相手の距離が縮まるどころかバランスを崩した時にカウンター気味のパンチをくらってしまう。自慢のスピードのあるパンチも相手の懐に入って行けなくては意味がない、うってもうってもかわされパンチをいいようにあてられる。ハワイとは言えどさすがアメリカボクシングの歴史の違いを感じた。結局スパーは3ラウンド行われたがいいところなしの結果に、その時非常に悔しい思いをしたことは今でも鮮明におぼえている。でなぜそのことを鮮明におぼえているかというのはその時が私と日系人のジョージの出会いであるからだ。とにかく悔しくて悔しくてずっと悔しそうな顔をしていたらジョージが近づいてきて「強くなりたいか」と私が「ああっハイ」と答えたら「じゃあ明日来い、私はいつでもこれぐらいの時間にいるから学校が終わった時でもいつでも君がここに来たらボクシングを教えてやる」と言うのが彼と私の出会いであった。そしてまずジョージが言ったことは君はガッツは十分にある。しかし足りないのはバランスだ「see」と言って最初にしたのはステップをおぼえるためのラダートレーニング(一般のラダートレーニングとは違うが)である。ラダートレーニングと言うのはおいているラダーに足をかけて前後に動きながら横に動いていくトレーニングである。このトレーニングをしつづけるとスタンスが確立する。スタンスをキープして動くと言うことはバランスがよくなるということで、ジョージは私のバランスのわるさが足の運びにあると考えて(現に追いかけていくときはバタ足であった)このトレーニングをさせたのだと思う。向こうの選手はとにかくバランスがいい、日本人はパンチをうつ時は腰をまわせとか言うけれども、しかし向こうの選手はそう言った日本人がいうところの基本はなく、バランスとリズムでうっている。現にこういう態勢からよくあんなパンチが出せるなあというのはバランスがいいからであり、日本人の言う腰をまわしてうつというのは基本的な動きではあるけれども、しかし私の考察では腰をまわすと言うのは空手の基本であってそういう武道からぬけきれていないのが当時の日本のボクシングである。確かにボクシングのパンチをうつ動作はthrow(投げる)と言う言葉でしばしば表現されているが、しかし投げると言うのはメジャーリーグでも見られるようにその投げ方は千差万別であって一つの基本に従ってというよりも、そこに到達するにはどうすればいいのかということを問題にしていて、パンチを強くうったりするためにはバランスが大事である。現にアメリカの入門書は余計な理屈ばかりで丁寧にパンチはこううつんですよというようなことはあまり丁寧に書かれていない。おそらくだいたいのイメージをそこでつかませて後は自身が持っているバランス感覚とリズムでうてということであると思う。向こうの競技者は子供のころからいろいろなスポーツをやっているので、それぞれがやってきたスポーツによってアドバンテージがある。おそらく型とか基本とかと言うとそのアドバンテージを生かすことができない、いろいろなスポーツをやっていると体幹が鍛えられバランスがよくなる、そういうアドバンテージを生かすシステムなのだろう。たぶん私から見てアメリカのボクシングがバランス重視だと言うのは競技者との関連性においてであると思う。
試合をした人間はわかるが、向こうの選手はえっなぜこんなところからパンチがとんでくるのということが多々ある。日本じゃあこんなパンチはうてないうたないというパンチがとんでくるが、ある時試合で斜めからのスマッシュを見事にうっていた人間に、どうやったらああいうパンチがうてるのかと聞いたら「its a magic」とふざけて答えやがったが、特にスマッシュ(たぶん日本では反則)はえげつない、斜めの態勢からスコーンと入ってくる威力のあるスマッシュはヒスパニック系とフィリピン系の人間がよくうってくるが警戒すべきパンチであった。笑える話だが、私が向こうで特訓したのはスマッシュとコークスクリューである。コークスクリューは使えなかったがものになっていたのでまわりがおどろいていたが、スマッシュはかなり有効であった。現役時代の話なので多少言葉がわるいが、ジョージが試合で私を送り出す時にパーンと背中を押してただ一言「you must break him(本当はもっとえげつない言葉だが)」と言っていたがボクシングは単純なスポーツだ、リングに上がって相手をたおす。私は競技者中心にしたくないのはこういう危険さをよく知っているからだ、外国のリングにひとりで上がって「俺ここでえらい目にあったらどうなるんだろう」と考えたこともあるし、ボクシングと言うのは競技者として競技している限りは100パーセント安全とは言えない、それなりのリスクはあるものだ、さもそういう世界がかっこいいかのごとく煽るようなバカがいるが、ポロボクサーとアマチュアボクサーの語源は違う、プロボクサーの語源は剣闘士から来ているが、われわれはただ単にボクシングを愛する人間でアマチュアは戦うのではなく競技するだ、さらにうちのクラブは健康維持やダイエット中心、あしたのジョー的な世界が決してかっこいいとか男のロマンだとか思わないし、興味がない、ただここに来たら楽しくボクシングを楽しむ、そういう人たちのクラブである。