そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

渥美清が亡くなって20年経ち、古里は消えつつある、なぜ?

2016-08-05 | 格差社会
昨日は渥美清さんが亡くなって、20回目の命日であった。放送各局は渥美清の特集をたくさん組んでいる。渥美清と言えば、男はつらいよのフーテンの寅こと車寅次郎が殆ど重なって見える。若いころは、プロデュース永六輔の”夢であいましょう”というNHKテレビのバラエティー番組で、渥美清を見ていた。男はつらいよシリーズは、ほとんど劇場では見ていない。20作以降と思うが何作か見たような気がする程度である。テレビの放送では何度も見ている。全作品を3度以上は見ていると思う。懐かしく思いおこされることが少なくない。
戦争で夫(私の父)を亡くした母は、戦後女手一つで子供を懸命に育てた。そういう時代だったともいえるが、母は働かない寅さんが大嫌いだった。渥美清が嫌いではなかったと思われるが、何しろ寅次郎の行状を、母はいいだけけなしていた。
仕事もしない寅次郎ではあるが、高度成長の時代に日本人は盆と正月にせっせと映画館に通った。48作はギネスにも登録されている。懸命に働いた時代に背を向けるような、寅次郎は必ず地方に出かけて観客に故郷を見せていた。
もうすでに都会の住人達も3代目になり、故郷が都会になってしまった。故郷を持っていない世代になっていることと、その故郷そのものが崩壊し始めている。日本の原風景が消失するに伴って、非経済、非効率で動いていた地方の伝統が次第に崩壊してきている。

根釧原野の開拓が未だ大きな開発がされていない頃、風連湖周辺の小学校の教師をされていた先生がいた。趣味が写真なので、白黒写真であるが数冊の写真集を出版されていた。周はじめさんという方で今でもネイチャー写真家として、真っ先に挙げられる先駆的な方である。
3年ほど前のことである。知り合いの酪農家から電話がかかってきた。周はじめさんが撮った写真の風景を見たいという方が訪ねてきたというのである。
このような、牛がのんびりと放牧していて、小鳥が鳴いて鬱蒼とした森が湖を貯えているような風景はどこにあるというのである。「そんな風景は懸命に探さなければない」という説明を理解できなかったようである。そして「誰が壊した」と聞いてきた。
都会の人たち(消費者)は、安価な農産物を生産者に求める。農民は従来型の農法を放棄し、設備投資をして大型化し農薬や化学肥料を多用するようになる。後継者は汚れないきれいな仕事、収入が安定して高い仕事、土日や祝日の休める仕事を求めて大都市へ、都会へと流れ出て行ったのである。
寅さんがトランクを抱えて佇んで、マドンナを見送った駅舎の多くは消えてなくなった。寅さんが遠く眺めた渚には、テトラポットごっそりと積まれている。寅さんがバスを待った停留所は今はなく高速道路にとってかわっている。

今でも多くの農協は8月15、16日は休日になっている。都会へ出た次三男が嫁や孫を連れて墓参りに本家に帰って来るからである。最近は核家族化と田舎でも少子化が進み、実家には帰ってこなくなった。何よりも代を重ねて関係が薄くなっている。そもそもその実家なるものの存在が危うくなってきているのである。消滅する集落は高齢者が細々と生きているだけなのである。近頃は集落で葬儀を出すことができなくなって、業者任せになってきている。
寅さんの人情話は、懐かしさをもって語られる世界になってしまった。農村を疲弊させ、食料自給率を下げさせ、若者を奪ったのは経済効率至上主義である。農村にはゆったりとした時間はなくなってしまった。

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