毒物カレー事件が起きたのは、11年前のことである。無差別殺人事件は、卑劣な犯行で断じて許すことができない。ヒ素と言う極めて特殊な手段・凶器による非人道的な事件であった。
当初から、特定の人間が犯人として報道されていた。その頃の映像が、今日の判決報道でしばしば用いられていた。犯人とされた女性とその夫は、保険金詐欺などの犯罪もやっていたようであるし、一般的に言うと社会的な悪行を重ねていた。
裁判の経過の報道の範囲から推察するに、たぶんこの女性による犯行であったと思われる。しかし、ワイドショウ的な視点がどうしても抜けきれないようである。
客観的にみると、この女性は一度も犯行を認めていない。何よりも状況証拠しかない。物証が何一つないのである。いくら状況証拠を重ねても、犯行を立証するとは思えない。疑わしきは被告の利益は、今回は実行されなかった。しかも判決は、死刑である。
今回の事件は、重ねた状況証拠を認めると「死刑」、認めないと「無罪」となる極端な事例である。来月から、裁判員制度と言う、素人に判断を願う裁判制度が始まる。こんな、人の生死を分けるようなことについて、状況証拠だけで司法判断を素人に任せようとしているのである。
今回彼女は8つの事件でも起訴されている。状況証拠と同じように、他の事件と重ねることで判決を下している。こうした、囲い込むような検察の誘導は、素人である裁判員にある種の思い込ませをやっているようにも見える。
今回の裁判に見られるように、裁判員制度が大きな矛盾と課題をもっていることがはっきりした。なぜ国は、裁判員制度の導入を強行しようとするのかわからない。
歴史的に、構造的に今回のような「冤罪」を作り出してきた、この国の腐敗・硬直化した司法のあり方から見ても、それがますます酷くなっている現状から見ても、今回の裁判の結論には重大な疑義を持たざるを得ません。
もし冤罪であったなら、ともかく彼女の死刑執行は何としてもやめさせなければなりませんね。
他人事ではないのです。日本の司法権力がこのような有様なら、私たち自身がいつ同じような無実の罪を着せられ、最悪国家に不当に殺されるかわからないのですから。中国や朝鮮を非難している場合ではありません。結局、我が日本も本質的には同じような(もしかしたらもっと酷い)体質を持っているのですから。
こういう国であるからこそ、やはり死刑制度は廃止を真剣に検討するべきですね。
また裁判員制度自体が憲法違反であることは確実ですし、権力の真の狙いである、「市民を動員し、体制内に取り込み、現在の司法権力のあり方を市民に追認させる」その思い通りにさせないためにも、このような日本社会をますます歪ませる悪制度は、市民の力で潰さなければ。
こんなものを始めさせてしまったら、それこそ今回のような不当・杜撰極まる判決がますます増えるだけでしょうし。
市民が、国家による不当な人権侵害・殺人の加担者にもなり兼ねません。
また裁判員制度が、究極的には権力側の最大の企みである「徴兵制」の突破口になる危険性さえ、大いにあります。
今の日本の危険な流れの中では、それも杞憂とは言えません。それくらいの危機感は持たないと。
死刑は当然と思う。
そもそも陪審員制度は裁判官の職責放棄に近い。