
山本太郎がほぼ個人営業のような、れいわ新選組である。ネットを大いに活用した訴えは、新鮮であるが主張の多くは日本共産党に重なる。昨年の衆議院選挙で、得票数でも議席数でも共産党を上回った。小選挙区への候補を多く抱えないれいわの票は共産党に流れていただろうから、時数は相当数れいわは共産党を上回っているといえる。
れいわ新選組の公約と言うか主張でどうしても受け入れられないのが、国債なんて印刷して国民に配ればいいのだという主張である。お札を印刷して国民に配ればいいという主張である。
つまり財政規律なんて存在しないという考えである。主な主張は国債はほとんど日本人が持っているから、倒産などありえないというのである。
しかし、現実は日銀が半数以上を保有している。国の政策の下にある日銀が買い支えしているのは、矛盾している。日銀は国債を買い支えることで、政権支援をしているとも言える。
一般会計の20%もの金額を、国債の金利負担になっている。1200兆円もの国の負債は、何処かで払い戻さなければ、国の信用は破たんする。れいわの主張は、自国民であるから破綻しないというのであるが、半数以上を日銀が買い込んでいる現実の説明がない。日銀以外は保険年金機構と銀行を合わせれば、80%になる。国の運営を彼らに支えてもる不健全さは説明のしようもない。
経済破たんは、株安、通貨安、国債安という現実を国民に突きつける。幕末に備中松山藩の山田方谷は乱発した藩札が信用失ったため、藩内の商人など有力者を集め、高梁川で藩札をすべて焼き尽くした。藩を実体経済の復興によって立て直したのである。山本太郎はお札刷りすぎて破たんした国家はないという。
国債を発行し始めた1971年ころには、現金で買わなければならなかったし、5年ほどで国に戻すシステムであった。
日本には幕末にこうした方谷のような例がいくつかある。お札を刷っても少量なら影響が見えないが、実体経済が支えなければ金融社会は成り立たないのである。