そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

自主性のない日本のメディア

2009-04-15 | 政治と金

北朝鮮によるミサイル発射の日本報道は異常であった。何処のマスメディアも、一斉にまるでミサイルが東北地方を標的にしているかのようであった。アメリカから購入したパトリオットが、ミサイルを打ち落とす瞬間を狙ったような、ワイドショー番組が騒ぎ立てていた。新聞の号外まで出た。

世界最貧国の北朝鮮がミサイルを持つのは、新たな外交カードを欲しかったためである。ミサイルを中東に売りつけるか、この開発止めるから食料か燃料を下さいと、日米にごねるためのものである。国内的には、専軍国家の国威の発揚にはなるだろう。

そして日本は、こんな危険な国家がいるから国防費をもっと上げなくてはならないとする、良い根拠になる。ミサイル発射の本質はこうしたことにある。ところが国内外の権力者の動きと思惑に沿った形で、メディアは一斉に面白おかしく報道をするのである。

明日(16日)発売される「週間新潮」が連載してきた、朝日新聞阪神支局襲撃事件の、実行犯記事の間違いを謝罪するとのことである。朝日新聞が、事実関係に矛盾があると何度も申し込んだが、受け入れられなかった。新潮は実行犯とする人物の裏をとっていなかったのである。無責任極まりない。

私の遠縁の人物が、ある公共団体の参与をやっている。この団体が時代の流れを認識しないような判断をして、一斉にマスコミに叩かれた。すると週刊現代は、事実関係をほとんど無視した個人攻撃記事を書いたのである。事実に即したところは、全く陳腐な内容であり、重大な内容については全く事実無根であった。こうした場合、一個人は泣き寝入りするしかない。不実に基づく攻撃内容を知る周辺では、暖かく反応してくれた。週刊誌にとっての興味は、販売高しかない。

私が環境保護問題で奔走したことがあった。何とか開発を阻止したが、翌日一誌だけが一面で大きく報道してくれた。すると、他の記者たちは記者会見場でつかみかからんばかりの、口論になった。新聞各紙は発表する時を決めていたのである。日本の新聞各紙は、お互いが出し抜かないようにそして記事の内容を統一するように、協議しているのである。

日本のメディアは、自主的な取材力に乏しく、記者個人が自らの責任で報道内容に判断を加えることが、極めて少ない。常に反権力であるべきとは思わないが、報道は権力者へのチェック機関でなくてはならない。

コメント (1)
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