半透明記録

もやもや日記

『南十字星共和国』

2008年04月08日 | 読書日記ーロシア/ソヴィエト
ワレリイ・ブリューソフ 草鹿外吉訳(「20世紀のロシア小説」白水社)

《あらすじ》
南極諸地方に存在した鉄鋼工場のトラストから生まれた新国家【南十字星共和国】の首都「星の都」では、世界中がうらやむような豊かな都市生活が営まれていた。ところが、ある伝染病が突然蔓延し―――。
「南十字星共和国」ほか10篇。


《この一文》
“わたしは推察するのだが、人間はその原始的状態においては、たったひとつのこと、つまり自分にそっくりなものたちを虐げることばかり、渇望していたのであろう。われわれの文化が、この本能に手綱をかけたのだ。奴隷制度の幾世紀が、人間の心をして、他人の苦痛を見るのは痛ましいものだと信じこむまでに至らしめたのである。そして今日、人々は、他人のことですっかり本気になって涙を流し、かれらに同情するようになっている。しかし、それは、単なる幻想であり感情を欺いているにすぎない。
  ―――「いま、わたしが目ざめたとき……――精神病者の手記」より”




タイトルが格好良いので読みたくなった1冊。ブリューソフの名前は知りませんでしたが、読んでみたら、ここにも収められているこの人の「防衛」という作品を読んだことがありました。もの覚えの悪い私…。
さて、『南十字星共和国』というタイトルからして、私はもっとSF風味な短篇集かと思い込んでいたのですが……。

最初の「地下牢」という物語の舞台はどうやらイタリアあたりで、トルコが攻めてきた時代を扱っているようです。この物語がまた驚くほどに残虐で情け容赦がないので、私はのっけから開いた口が塞がりませんでした。お、おそろしい!
しかも、この「地下牢」の驚くべき点は、その残酷描写にとどまらず、物語の展開の意外性(あまりに意外な展開)にもあるでしょう。目が回るほどに感情が浮き沈みします。これは驚きました。そして震え上がりました。なんたる救いのなさ!

この「地下牢」によって、どうやらこれがSF短篇集ではないらしいことが分かります。当ては外れました。それはまあ、いいんですけど。

「地下牢」に続く物語はいずれも、主人公の夢と現実の境界線があいまいになってゆく状況を迫力をもって描いています。なかには「ベモーリ」「大理石の首」のように幻想的でわりとほのぼのした物語もありますが、どちらかというと残虐な場面が多いので、私などはちょっと頭の中がボワーっとするようです。しかし、これらの物語に恐ろさを感じるのは、その残酷描写のためというよりも、むしろ現実感というものの頼りなさ、あやふやさというものをあらためて考えさせられるからかもしれません。

どちらが現実で、どちらが夢か。
これはこれまでにも随分と考えられてきたテーマだとは思いますが、いまだに何か人を不安にさせるような、それでいて興味が尽きない面白さがあります。

そういう面白さに加えて、ブリューソフという人の筆の確かさ、アイディアの豊かさ、ダイナミックな物語の構成力などもあり、この短篇集は私にはかなり面白かったです。


そして、表題作の「南十字星共和国」。
これより前の作品はいずれも期待していたようなSFではなく、幻想怪奇小説というべきものだったので、この「南十字星共和国」もその系列の物語になるのかと思っていました。それにしても美しいタイトル。
ところが、読んですぐに気が付きますが、この作品だけは他の作品と違って「SF風味」がはっきりとあるのです。私の当初のカンはやっぱり外れていなかったのです。私は物語のジャンル分けなんていうのはあまり意味のないことだとは思っていますが、しかし驚きました。うーむ、どこまで裏切ってくれるのかしら、ブリューソフったら。
この作品だけどうも手触りが違う。結末も、やっぱり暗いけれども、人間のしぶとさを感じさせる少しの明るさがあるようでもあるし。さりげなく社会問題も盛り込まれているようで。どうしちゃったんだろう、急に。でもやっぱり面白いな。
狂気が内側からやってくるか、外側からやってくるかという違いはあるかもしれませんが、恐ろしさには違いはないようです。どういう形式をとろうとも、ブリューソフが描きたいことは一貫しているのかもしれません。



「20世紀のロシア小説」という白水社のシリーズは、どうやら全8冊で、ブルガーコフの巻もあるらしいです。が、常軌を逸した高値で取り引きされているようで、さすがの私も手も足も出ません。今回は図書館で借りてきましたが、シリーズのなかで読みたいのに置いていない巻もあるのです。…残念だ。ああ、残念だ。残念だ。
ついでに、ブリューソフの作品はほかでも読めるのでしょうか。調べてみなければ。深いなあ、ロシア。深くて面白いロシア小説。どんどん読まなきゃ追い付かないです。




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