半透明記録

もやもや日記

『狐と踊れ』

2012年01月31日 | 読書日記ーSF

神林長平(ハヤカワ文庫)



《内容》
5Uという薬を飲みつづけないと胃を失ってしまうという奇現象に翻弄される人びとは……。オリジナリティあふれる作風で第5回ハヤカワ・SFコンテストに佳作入選した表題作をはじめ、宇宙海賊課の刑事である猫型宇宙人アプロと相棒のラテルが活躍する〈敵は海賊〉シリーズの記念すべき第一作「敵は海賊」、ビートルズマニアの少女の不思議な体験を描いた「ビートルズが好き」など、神林作品の魅力を伝える初期作品集。


《この一文》
“ 「(略)つまり人間の体が人間自身のものだと信じて疑わなかった。いまの人間にしても同じだ。胃は自分のものだと思っている。これは悲劇だ。自分のものを失うのは不幸だからだ。しかしもともと別の生物だと認めればなんの不合理もない。そしてそう気づいた者にとっては幸せなことに、ここから逃げだすのをだれも阻止しない。門は出てゆく者に寛容だ」
 ――「狐と踊れ」より ”




神林長平作品を初めて読みました。「敵は海賊」シリーズは前から一度読んでみたいと思っていたのですが、その最初のお話がこの本に収録されています。短篇集であるということを知らずに読んでしまった私は、これが短篇集であることに驚き、「敵は海賊」の連作短篇ではなかったことに更に驚き、そしてそのほかの短篇の雰囲気が作品ごとに随分と違っているということにも驚きました。意外な作品集でしたね。

1冊読んでみた上での率直な感想としては、この人の文体はいささか読みにくく、私はなかなか物語の中へ入ってゆくことが出来ませんでした。会話が多いのはいいのだけれども、3人が同時に話しだすと、どれが誰の台詞なのかがいまいち判別できません。そのためかどうか分かりませんが、いくつかのお話ではどのようにオチがついたのかさえ分かりませんでした。まあしかし、それは私の読解力の問題ですね。

各話個別に簡単にまとめてみましょう。


*「ビートルズが好き」
ビートルズ好きがこうじて高価な音響セットまで揃えるほどの葉子。付き合っている男性はいるけれども、どうも本気にもなれない。デートにでかけようとしたある日、テープを止めてアンプも切ったのに、曲が鳴り止まない。いつまでもいつまでもビートルズの曲が聞こえてくる。

というお話。ラストはちょっと幻想的でロマンチックでしたかね。葉子の付き合っている彼がいい奴過ぎて泣けます。


*「返して!」
親になるためには「親資格」を取得することが義務づけられている社会で、親資格もなく、しかも実弟との関係で身籠ってしまった女性の物語。

最初から最後まで暗かった。けれども、親になるために社会が資格を要求するというのは、興味深いテーマですね。


*「狐と踊れ」
5Uという薬を飲みつづけないと、胃が体から逃げだしてしまう。5Uは社会によって厳密に管理され、人々は胃の状態によって住む場所さえ階層分けされており、主人公の雄也は最上階のA階の住人である。雄也の上司である北見部長とその美しい娘・美沙、そして雄也の妻・麗子との会食の席で、美沙は薬を無くしたことに気がつきそのまま彼女の胃は逃げだしてしまう…

というお話。奇妙な話でした。とても面白かったのですが、残念なことに私にはオチがどうなったのか正確に読み取れませんでした; なんとなく集中力が持ちませんでしたね。誰がしゃべっているのかいまいち分からなくて。
オチはいまいち分からなかったものの、ちょうどこのところ「自分とはどこまでが自分か」「肉体と自我との関係性は」というようなことを考えていた私には、とても面白いテーマが扱われていました。人間の本体は一体どこにあるんでしょうかね?
いずれきちんと読み直したい作品です。


*「ダイアショック」

あれ? これはうっかり読み飛ばしてしまっていたや……。そのうちまた読みます……



*「敵は海賊」
冷酷、残忍、人でなし、と一般市民からはある意味では海賊よりも忌み嫌われている「宇宙海賊課」の刑事たち。そんな海賊課の刑事であるラテルは、ある日上司のチーフ・バスターから呼び出され、特別休暇を与えられた上に、火星連邦へ行って女の子とデートしてこいと言われる。ラテルは相棒の猫型宇宙人アプロと連れ立って火星へ赴くのだが…

というお話。これまた台詞が立て続くと誰がしゃべっているのか分からなくなりましたが、猫型宇宙人アプロが可愛いので、私は気に入りました。でも猫型宇宙人って二足歩行する大猫なイメージでしたけれど、アプロは本当に猫そのもののような姿をしているらしい。それで、しゃべる。可愛いですね!!(荒っぽい海賊課の刑事だけど!)
このお話がこの本の中ではもっともSFらしいというか、娯楽的というか、気楽に楽しめるような内容でした。
「敵と海賊」第一作の本作は、宇宙的、未来的な描写のなかに様々なトリックを仕掛けて、ちょっとしたSFミステリのような雰囲気です。シリーズは長く続いているようですので、そのうち続きを読んでみたいところですね。


*「忙殺」
フリールポライターの一文字はとにかく忙しい。いつも追われるように書いているが、なんだか今追いかけているネタではとくにその忙しさが増しているように感じ…

というようなお話。もうちょっとうまいまとめ方があったかな、すみません。
最初は精神病院と新興宗教の教祖を巡る謎を追いかけるというミステリかサスペンス風のお話なのかと思って読み進めていたのですが、最後の方で急激にSF化したので驚きました。これは面白かった。
人間は仕事を機械化することでそれだけ暇になるはずなのに、一向にそんな気配がないばかりか、却ってますます忙しくなっているような気がするのは何故だろう? と私も以前から疑問に思っていたのですが、その問題に焦点を当てたなかなか興味深い作品でした。




神林長平の初期作品集だそうです。あまりに荒削りで急展開な文体が、はじめは私にはあまり合わない作風かしらとも思いましたが、まくしたてられるような文章の中には時々ハッとするような鋭いものが混ざっていて、なにかしら心に突き刺さるようなところがありますね。最後の2作品はとても面白く読めたので今後も少しずつ読んでみたいところです。







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