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『ひとりにしないで』

2009年08月13日 | 読書日記ー漫画

相模なつき
(マーガレットコミックス 集英社)



《あらすじ》
水姫は水泳部の練習中にプールサイドで出会った年下の唯彦くんに想いを寄せているのだが、彼は水姫の親友 菜花ちゃんのことが好きで――表題作「ひとりにしないで」。
硝子は同じ学校に通うピアノの上手な男の子の夢を見るようになる。夢のなかで彼と仲良くなった硝子は、彼を好きになっていくのだが、実際の彼とはうまく話すこともできなくて――「僕の夢を見てくれ」と続編「バレンタイン・シュガー」、「波音」の4篇を収める。

《この一文》
“ 全然うまく言えなかった
 ただ ばかみたいに
 紅茶の色ばかり見ていた

 好きなのはあの曲じゃなくて
 あなたのピアノなんだって

 言いたかったのに
 夢でなら
 言えるのに……
   ――「僕の夢を見てくれ」 ”



ようやく取り戻した、大好きな短篇集。


相模なつきさんの漫画の魅力は何かと申しますと、まず、モノローグの美しさということがあるでしょう。この人のモノローグは、本当にもう、ただただ美しいのです。静かなんだけれど強い、心に響く美しい言葉が連なっています。泣きたくなる。

また、柔らかく優しい細い線で描かれた透明感のある絵柄も素敵です。
実にうまい描写。ざわざわと心が揺れ動くさまを、登場人物たちを取り巻く世界とうまく同調させています。胸の苦しさに月を見上げたり、お別れのときに雨粒がぽたっと垂れたり、夏の日の海岸沿いを歩いての帰り道、しばらく休もうと柵の上に屈んだ肩の上を長い髪がゆらゆらとなびいたり、珍しい表現方法ではないと思うのですが、この人がやると何か違って見えます。

現実の恋愛を扱っていながらも、いつもどこか幻想的なところがあって、それもまた素晴らしい。

私は特に「僕の夢を見てくれ」という作品が好きなのですが、これは本当に傑作。昔から好きでしたが、今読み返してもやはり好きです。15年以上前に描かれた作品ですが、これは決して古くならない物語です。
「わたしは夢でしか生きられない女の子なのかもしれません」というモノローグから始まり、夢で出会った男の子を好きになるという。なんというロマンチックなお話でしょうか。二人は夢のなかで仲良くなり、彼女はそれで楽しいのですが、最後は夢を見るのを止めてしまいます。夢の楽しさと喜びを現実へと移し替えるために。勇気を持って、その美しい夢を実現するために。

すがすがしく美しい物語です。これはこの短篇集のなかでは、唯一はっきりとハッピーエンドを迎える作品ですね。他の作品の結末はわりとどっちつかずなのです。だがそこがこの人のいいところなのですけれども。


というわけで、かなり久しぶりに読み返してみて気がついたのですが、私はこの人の影響を深く深く受けているようです。私がこのあいだ描いた夢の漫画「夢のなかで」は、あらためて比較してみると、モロに「僕の夢を見てくれ」の影響下にありました。雨とか音楽とか言葉で伝えられないもどかしさとか、そもそも夢のなかでだけ会える恋人たちとか、重なるイメージが多過ぎますぜ……! しかし、この人のようにはうまく描けませんでしたね。当然ながら。もしも私にこの人のような力があったなら、あの美しさを、もっと伝えることができたでしょうか。残念だわ。

と、私の漫画の出来はさておき、つまり私が漫画に描きたかった、実際に私が夢に見たあの美しい世界は、たとえばこの人の漫画の世界を下敷きにしていたんだなーということが分かりました。他の要素ももちろんありますが、そう、私は美しいものが好きなのです。美しいものをもっと集めるんだ。夢のために。ただ美しい夢を見るために。


月明かりの夜のような、遠くから聴こえるピアノのような、静かに寄せて返す波音のような、ひっそりと美しく、どこか悲しげな物語ばかりです。だけど、美しい、美しい。まるで誰かの夢のなかのようで――。