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―プロローグとエピローグのある十の断章からなる叙事詩―
ブルガーコフ 水野忠夫訳(『ロシア短篇24』集英社 所収)
《あらすじ》
ゴーゴリの『死せる魂』の主人公チチコフは遍歴の末、モスクワで馬車から自動車に乗り換え、百年前に出発した旅館の前へと戻ってきた。そこで天才的チチコフはその類いまれな才能で、巨万の富を築き上げていくのだが――。
《この一文》
“「チチコフをこちらに連れてこい!」
「探しだせません。みんな、姿をくらましたので……」
「ああ、姿をくらましただと? そいつは結構! それじゃ、おまえが身代わりになれ」
「とんでもない……」
「黙れ!!」
「ただいま……いま……少し時間をください。探します」
またたくまに、チチコフが発見された。”
はあ~~、面白い!!
なんて面白いんだろう! ブルガーコフ! ブルガーコフ!
このお話の元になっているのは、ゴーゴリの『死せる魂』らしい。私はまだ『死せる魂』は読んだことがないので知らなかったのですが、ブルガーコフのこの短篇の内容は『死せる魂』を下敷きにして書かれているそうなので、ここへきてはじめて急激に読みたさが募りました。死んだ農奴をどうしたこうした…という話らしいということと、3部作の予定だったのにゴーゴリがせっかく書いた第2部を火にくべてしまったとかいう逸話があったような気がすること以外には私は『死せる魂』について知っていることはないのですが、なんだかとっても面白そうではないですか。またしても古典的作品を誤解していたことが判明。ロシア文学は結局のところどれも面白いんですよね。読んでない大物が山程あるわ。楽しみだわ。
さて、ブルガーコフの短篇です。この人の作品には色鮮やかで豊かなイメージとわくわくするような疾走感があるので、私は大好きです。この『チチコフの遍歴』も震えるほど面白かった。ブルガーコフの作品で私がとりわけ好きなのは『巨匠とマルガリータ』ですが、『悪魔物語』もなかなかです。『悪魔物語』では主人公のコロトコフが現物支給されたマッチを夜通し擦ったあと、緑の草原に巨大なビリヤードの玉が二本足で出現するという夢を見る場面があるのですが、この夢の洒落たグロテスクさというか洗練された不気味さというか、そういう雰囲気がたまりません。ブルガーコフの夢の描写は、ものすごく魅力的です。私もこんな夢が見たい! といつも思わされます。
さて、『チチコフの遍歴』もブルガーコフが見た夢という形式をとって描かれているようです。そして、空を飛ぶような軽快なスピードで、物語はどんどんと進んでいきます。いちいち皮肉めいたユーモアを満載し、猛スピードのまま結末へ。上に引用したクライマックス直前の部分では爆笑でした。オチも最高です。ちょっと悲しいというか、痛いような気持ちになるけれど。そこがいい。
それにしても、うーむ。うーむ。なんて面白いんだろう。ブルガーコフってほんと天才だな。素晴らしい、素晴らしい!
というわけで、短いながら、猛烈に面白かったです。